Zero to One

「起きるのだぞ!」


 揺すられて起こされて、知らない女の人の顔が目の前にあって「わっ!?」と大きな声を出してしまった。

 ……あれ?


Hello, world!おはよう 四方谷よもや拾肆じゅうし! これからは参宮さんぐうを名字とするといいぞ!」

「ここは天国?」


 ではなさそうだ。

 池のほとり――池には白鳥を模したボートやカヌーが浮かんでいる――のベンチに、あたしは寝そべっていて、その隣に知らない女の人がいる。


「天国ではなく、パラレルワールドだぞ!」


 我が天使のように美しいのは我自身が理解しているぞ、という余計な言葉は聞き流すことにする。


 パラレル、ワールド。

 あたしのいたあの世界とは、別の世界。


 創は約束を守ってくれて、侵略者と怪物はどこかに行った、その後の世界……ってわけじゃあないんだ……。その後の世界なのだとしたら復興が進み過ぎている。


「結局、あたしは逃げ出したってわけか」


 あたしの生まれたあの世界を救いたかった。

 結果だけ見たら、救世主にはなれなかったってことになる。


 途中までは上手くいってたのにな。


「ふむ。おなかが空いているのか?」


 そういう風に見えたのかよ。

 あたしは己の不甲斐なさにがっかりしてたんだが。


「別に空いちゃいねェけど……そういや、なんであたしの名前を知ってんの? あたしはおねーさんとは初めましてじゃねぇの?」


 さっき、四方谷拾肆って言われたような。

 あと、これからは参宮って?


 参宮……。

 顔を思い浮かべる。

 身体がデカいから、見上げることしかできなかったあの顔。


 そうだよ、あたしの助手はどこ行ったんだ?


「初めましてではないぞ!」


 こんな笑顔が素敵で、綺麗な女の人――研究所にはいなかった。Xanaduには女性研究者はいない。長い黒髪で、オレンジ色のタートルネックのセーターと、ショート丈のパンツ。美人なんて、過去に会ってりゃ覚えてそうなもんなのに。あたしは大天才なのに、どうも人に関する記憶は抜けがちだな。


 思い出せない上に、あの助手がどこにいるかも気になってきた。


「おねーさん、参宮は知ってる?」

「もちろんだぞ! だからな!」

「は?」


 あいつ、あたしの知らないうちに!

 ……そうか! 参宮があたしの話をしたから、このおねーさんはあたしの名前を知ってんだな?


「拾肆よ。ついてくるがよい。我がとびきり美味しいドーナツを食べさせてやろう!」


 助手の恋人だってなら、色々と話を聞いたほうがよさそうだ。

 腹は減っていないが、参宮のことだけではなく、この世界についても詳しく聞き出したい。


「拾肆のママの好物でもあるからな。ふんふん!」


 得意げに鼻を鳴らすおねーさん。


 いや、ママ?

 ママってなんだ?


「あたしはオルタネーターだから、母親は」

「ふむ。そこから話をしていかねばならぬな。これは長くなるぞ!」




【√Zero-Sum Game fin.】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Zero-Sum Game supported by TGX 秋乃晃 @EM_Akino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ