ついでに連座で断罪返しされる取り巻き共の漢道
語部マサユキ
ついでに連座で断罪返しされる取り巻き共の漢道
卒業パーティー、それは次代の王国を担う若者たちが学園を卒業するという最後の祝いの宴。
能力のある者は分け隔てなく学問をという王国の方針もあり学園には下位の貴族のみならず平民も通っていたのだが、卒業したら身分というモノに左右される社会が始まる。
人によっては着飾ってパーティーに出られるというのは本当に人生で唯一となるかもしれない……そんな大事な行事なのだ。
「皆の者! 静粛に、今宵は皆に聞いて貰いたい重要な事があるのだ!!」
そんな盛大なパーティーで賑う会場の壇上で自身も本日卒業する王国の第二王子は楽し気な楽団のBGMを勝手に止め、本来エスコートすべき婚約者にして公爵令嬢のセシリー・ロックハートではなく在学中は常に一緒にいた男爵令嬢を隣に声を張り上げた。
楽し気な雰囲気に水を差された人々だが、一応は王族の言葉を無視するわけにも行かず全員の視線が一斉に壇上へと向く。
壇上には件の王子と男爵令嬢の背後に才人と名高い宰相の息子や剣の腕は既に現役クラスと言われる騎士団長の三男、更には教会の若き教徒やら商会の跡継ぎやら果ては新任の教師やら……種類は違ってもそれぞれ立場のある顔の良い男たちが立っていた。
しかしまるで男爵令嬢の騎士であるかのように並び立つ男たちにも会場の人々は軒並み冷え冷えとした視線を向けていた。
というのも、そいつらは学園ではみんな知っていて見て見ぬフリをしていた『男爵令嬢の逆ハーレム要員』として有名な腰抜けとして捉えられていたのだから……。
「ロックハート公爵家令嬢セシリー・ロックハートよ、前に出よ!!」
そして勝ち誇った顔で高らかに婚約者の名を呼ぶ第二王子に大半は『あのバカ何をやらかす気だ?』という想いだったのだが……この会場内に存在する3人の人物だけはこの時同時に全く同じ事を考えていた。
『『『このバカ、本当にやる気だ! 婚約破棄の断罪劇!!』』』
「どうしたセシリー・ロックハート! 余の声が聞こえておらぬと言うのか!!」
「聞こえております殿下……セシリー・ロックハート仰せの通りに参りました」
事前に今日何が起こるのかを知り、実行した王子に内心溜息を吐いた3人の中の一人がこの公爵令嬢セシリーだったりする。
幼少期から政略で婚約したのも気に喰わなかったが、昔から文武共に優秀だったセシリーが自分よりも常に上にいるというのが最も気に入らないらしく、学園に入学してから出会った男爵令嬢に篭絡されてからはその行いは露骨に悪化していった。
かと言っても身分の問題で婚約破棄やら男爵令嬢を王妃に~なんて国王に話せば反対されるって事だけは理解していたらしく、大衆の前で公言してしまおうと考えたという……何とも分かっているようで分かっていない作戦を決行。
ただそれだけでは自分たちが不貞の烙印を押されるとして、せっせとありもしない罪を捏造してこの場でセシリーを悪役として断罪しようという茶番をするというどこかで聞いた事のある内容も付けて……。
セシリーは王子たちの前に出る際にチラリと会場内を見渡し、その中に実に楽し気な顔で見ている留学生の、隣国の王子の姿を認め内心舌打ちをする。
『あの王子……事をシャレにならなくする事だけは天才的ね。こんな愚かな茶番を王国の代表として“他国の王子の前で”やらかそうって言うのだから……』
彼女は最悪のケースを考えて、最悪の最悪、王国よりも公爵家と領地を守る事を念頭に王子の断罪を“王家の恥”として断罪し返す算段もしていた。
自分が罪人として断罪されれば実家にまで波及してしまうのだから甘んじて受け入れるワケには行かないが、それは逆に“王国の次期国王候補はこんな愚か者だ”と他国に公言する事になり……王国としては今後の外交に響く醜聞となる。
セシリーは最悪国よりも家を取る……そんな思いも込めてチラリと自分と同じ思いを抱く二人に視線を送った。
『さあ……どうするのですかお二人とも?』
*
それは卒業パーティーの数日前……とある貴族の別邸で起こった。
「「アホかああああああああああ!!」」
機嫌よくかつベタベタと見せつけるようにイチャ付く王子と、まるで“本当は貴方の事を想っているの”とでも言いたげな眼差しをコッソリと向けつつ出て行った男爵令嬢が屋敷から出て行き、もう絶対に声が聞えないところまで行ったのを確認してから屋敷全体に響き渡るくらい男二人の本音がシンクロを果した。
心からの、魂からの感情の籠った怒号は部屋どころか屋敷全体をも揺らす激震となり、使用人になってからまだ日の浅い者は“地震か!?”と慌てふためくが、古株の先輩たちは落ち着いた様子で“いつもの事”として流していた。
王国の頭脳と名高い宰相の次男にして魔術に見識の深いヘイデンは細身だが切れ長の瞳のクールな美男子、そして騎士団長の三男坊であるグランツは筋骨隆々、剣の腕も父に認められる程であり将来を期待される偉丈夫。
どちらもタイプの違うイケメンであるのだが、二人ともここ最近共通の厄介事を抱える羽目になっていた。
事の起こりはさっきまで媚びた笑顔で王子とイチャ付いていた男爵令嬢が学園に入学して来た事である。
幼少期に決められた公爵令嬢は血筋、教養、果ては美貌に他者を思いやれる性格と、まるで言うことなく普通であれば不満を持つ事すらおかしいと言える好物件であったのだが……王子的にはその完璧な事が気に入らなかったようなのだ。
アッサリと自分よりも劣り、自分のなす事全てに『すご~い』と言ってくれる男爵令嬢に入れあげのめり込み……そして学園生活の全てを男爵令嬢との逢瀬という名を借りた浮気に費やしたのだ。
「……まあアイツ、クソ頭悪いからなぁ」
「グランツ、間違っちゃいけない。学問が出来ないくらいならまだ問題無かったがプライドだけは高いという厄介者だから尚たちが悪いのだよ」
「違いない……」
二人は全く同じ、死んだ目をしつつ溜息を漏らす。
互いに同じ不幸を抱えた者同士、気持ちは誰よりも理解できる親友、もしくは苦難を共に歩む戦友と言っても過言ではないくらい通じ合っていた。
「なんで僕らは……あと一年早く、あるいは遅く生まれなかったのかな。あれと同級生だったばっかりに」
「言うなヘイデン……俺だって何度その事を嘆いた事か……」
件のアレ……王国の第二王子と同じ年に生まれたという事で幼少期に王国から下された密命が二人を大いに苦しめていた。
将来国王になる可能性のある王族である第二王子と友人として、そして側近として常に傍に控えているように、その為に第二王子の不興を買う事無く太鼓持ちに徹しろと……。
その命令は癇癪もちで自分に意見する気に入らない人間を傍に置きたがらない第二王子に同世代のお目付け役を置く為の苦肉の策、王国にとっては同年代の丁度いい監視役として選ばれてしまったのだ。
『『つーか、あり得るワケねーだろ……あのバカが国王になるなんて……』』
幼少期、二人が思わずつぶやいた言葉がユニゾンした時……二人は生涯の友を認識したとか何とか……。
まともな神経を持つ二人にとってその日々は地獄そのもの……無能であり道理に反すると思っても判断できても直接止める事も諫める事もしてはならない。
何故ならそれをした瞬間にアレが友人として傍に置く事を許さないであろう事は明白だったから。
仲間のフリして高慢で高圧的な王子のゲスな笑顔に同調しつつ、密かに王国の影に連絡してバカをする前に潰した狼藉が何度あった事か……。
その度にアレと一緒に学園の生徒達には白い目で見られ、爵位だけの礼儀知らず、顔だけのスケコマシ3人衆何て揶揄されていた事すらある。
しかしどれほどくだらなく思っても王命は王命……お家のためには従うしかないのが現状で、しかも質が悪い事にバカのクセして自分が優先されない事にだけは敏感な王子の腰巾着を務める為に内情を他者、特に婚約者にすら話してはならないという状況。
ぶっちゃけ二人とも、何度第二王子を秘密裏に消そうと思った事か……数えるのもバカらしいほど恨みを募らせていたワケだが……それも卒業と同時に終わる、これで晴れて自由の身だ!
そう思っていた矢先に第二王子が齎した卒業パーティーの計画を聞かされて、冒頭の雄叫びとなったワケだ。
「しかしバカだバカだとは思っていたが、卒業パーティーで婚約破棄して婚約者を断罪するとか……アイツ自分の後ろ盾がその公爵家だってわかってねーのか!?」
「分かってないんだろうね……それどころから後釜にあの
「後ろ盾のない側妃の子だからって公爵家の婚約者を付けて貰えたから王位継承権を持ってられる事なんて戦いしか脳の無い俺でも分かるってのに」
「卑下する事はないさ……君の方がアレより何百倍国王に向いてるよ」
「俺で何百倍ならお前なら何千倍だな」
アハハと乾いた笑いがこぼれ、いつの間にか部屋に来ていたメイドが物凄く同情するような表情で紅茶のお代わりを注いで行く。
二人はその入れたての紅茶を酒でも煽るかのように一気に飲み干し……再び溜息を洩らした。
「……グランツ……先日だがキャシーの親御さん、フェリシアーノ侯爵家から抗議の手紙が来たのだ。学園での素行、娘との交流についてという名目で」
「そ……それは……」
普段冷静沈着で動揺など見せた事も無いヘイデンの持つカップが小刻みに震えているのを見てグランツはその手紙が単なる抗議では無い事を察する。
キャシーというのはヘイデンの幼少期からの婚約者であり学園では一学年下の後輩に当たる令嬢なのだが、クールな外見とは裏腹にヘイデンは婚約者にベタ惚れであり彼女と正式に結婚できる日を心待ちにしているのだが……最近その婚約関係に不穏な気配があった。
それは第二王子の傍にいなくてはならないという王命による弊害の延長で……曰く、王子の浮気相手である男爵令嬢は側近の二人とも逢瀬を重ねているという風聞であった。
婚約者がいる身で別の女と……そんな噂が立つだけでも問題なのに、否定したくても王命のせいで王子の傍を離れる事が出来ず、結果件の男爵令嬢とも顔を合わせる事になる。
結果、秘密裏の王命を公言できない事でフェリシアーノ家から『そんな男に娘を任せるワケにはイカン』というお叱りの手紙が来たというワケなのだ。
「ち、ちち、近いうちに、両家顔合わせで……婚約の解消を含めて……ははは話し合うとか何とか……」
カタカタとカップを鳴らすヘイデンは顔面を真っ青にして、最愛の婚約者に突きつけられかけている最後通牒に恐れている。
しかしグランツは慰める事も笑う事も無く……同じような顔で、同じような事を呟いた。
「そうか……お前もか……」
「え……お前もって、まさか!?」
「この前の休日、ティファ姉がコイツを持って来たんだ……俺と面会する事も無く……」
「そ……それは……」
幽鬼のような青白い顔でゴトリとテーブルに置いたのは一本の武骨な剣。
一見何の変哲も無いような剣なのに、それが意味する事をヘイデンは何時も目の前の友人から耳がタコになるほど聞かされていたから瞬時に理解できた。
一学年年上のティファニアは既に卒業しているのだが、正式なグランツの婚約者。
現在騎士団に所属してゆくゆくは王家の王女たちに仕える専属の近衛兵を目指し、共に王国を守って行こうという騎士同士の婚約者として送り合ったその剣は、まさに何年も前に彼女にグランツが送ったもの。
色気の無いやり取りと婚約者が笑った事を何度も自慢げに語り、常日頃から対になるティファニアに送られた剣を腰に帯びるグランツにとってそれは婚約者に送った婚約指輪と同義になる意味を持つ代物。
それが返されてきたという事は……。
「俺さ……実家から除名して貰おうと思ってんだ」
「……え?」
「そうすれば何が起こっても、家には迷惑を掛けずに済むだろ? 喩え国家転覆の犯罪を犯しても、ここまでの経緯を王家は分かってんだから情状酌量もあるだろうし……俺一人の首で済むなら……」
「お、お前……まさか!?」
「ヘイデン、お前は俺が事を起したら速攻でキャシー嬢に今までの任務の事を説明しろ。な~に俺と違ってお前はまだ間に合うさ。想い病みの元凶が消えれば俺たちの長年の任務すら意味の無いモノになるからな」
そのどこか絶望しつつ決意を込めた瞳でヘイデンは親友が何をしようとしているのか理解した。
元凶、すなわちあのバカ王子とアホ令嬢を只の暴漢として亡き者にしようとしている。
自分だけがすべての罪をかぶり全てを無かった事にする為に……。
ヘイデンは次の瞬間にはテーブル越しにグランツの胸倉をつかんで激高した。
「バ、バカヤロウ!! お前一人で全部背負うつもりか!? カッコつけんじゃねぇぞ! お前だけを悪者にして俺だけ幸せになれるモノか!!」
「…………ティファ姉に捨てられたら……俺にはもう生きる理由はねぇ。あの人か他の男と寄り添う未来なんか死んでも見たくねぇからな…………ならせめて死に花くらい咲かせてから終わりたいじゃないか」
元々二人とも王命に従いバカ王子の側近に徹していたのは一重に今後の仕事につなげる為と、婚約者との結婚が目的でもあった。
卒業まで役目を全うすれば晴れて想い人を迎えられ、逆に発覚した場合は王国からの命令により現行の婚約を破棄させるという、完全なる脅しとして二人は縛られていたのだ。
その人質にしていた婚約が、図らずも王命による任務のせいで無くなってしまうとなれば二人にとってその命令に従ういわれも無い。
ヘイデンにも彼が実家に迷惑かけないように除籍した後に、事が起こる卒業パーティーの前にあの二人を亡き者にしようという考え方は嫌という程理解できる。
自分だって万が一本人から婚約解消を言い渡されたとしたら……と考えるだけでヘイデンは背筋が寒くなる気分であった。
しかし、だからこそヘイデンは親友にして戦友の目を真っすぐに見据えて落ち着かせるように話す。
「……グランツ、気持ちは痛いほど分かるし親友として有り難いが冷静になれ。ティファニアさんはお前に直接渡して解消を告げたワケでは無いのだろう? その剣は彼女からの確認の意だと僕は思うぞ」
「……確認……だと?」
「ああ交わし合った誓いの確認だ。お前がもしもその剣を見ても“何だコレ?”で済ませる程に不義理な男であるなら遠慮なく婚約を解消しに来るというメッセージさ」
「……そう……だろうか?」
「そうに決まっている。大体お前らは似た者同士だから決定したなら一直線、直接的に破棄を告げて来るハズだろう?」
「た……確かに昔からティファ姉はハッキリした人だ」
そうヘイデンが諭していくとグランツの瞳にも徐々に正気の光が灯り始める。
予測ではあるもののヘイデンはその意図をほぼ確信していて、返された本人は自分の名も人生も全て捨てる覚悟さえ決めてしまうくらいに誓いに思い入れがあるのだから。
「だからさグランツ……バレないように全部無くなれば良いとは思わないか?」
「…………どういう事だ?」
「僕だって今、キャシーとの関係が不穏になりつつあるってのにバカの禄でもない計画に巻き込まれたら連座の醜聞に巻き込まれて婚約破棄待ったなしだろうからな。まあ二次的な理由としてはアレがもしも王国の要職にでも付いたらエライ事になりそうだってのもあるけどね……」
そう言いつつ今度はヘイデンの瞳から正気の光が失われて行き、釣られてグランツの瞳も再び闇色が濃くなっていく。
「……つまり……秘密裏に始末すれば良いって事だな」
「ああ……奴らは大抵しけこむ時は人目を気にして郊外の安宿を利用するからな。あそこ一帯を買収して他に延焼しないように処置しておけば被害は出ないだろうし、何だったら僕がポケットマネーで買い占めても良い。実はあの一帯の住人とは既に話は付けていてね」
「なるほど……流石は学園一位の頭脳。資金どころか交渉すら終えているとは恐れ入る」
「よせよ、お前のような自分を犠牲に王国を守ろうとする気概があったワケじゃない」
ククク、と端から見れば単なる悪人の会話にしか聞こえない……というか完全に犯罪の計画なのだが、さっきとは打って変わって話は楽し気に盛り上がって行く。
死んだ目のまま……。
「とりあえず逃亡されるのだけは避けたいからな……足は必ず落とす必要があるだろ? それは俺に任せろ! な~にあのバカ王子は剣すら碌に振れないからな~」
「僕は延焼を広げないために結界を張るけど、燃やせる部分は残しておけよな~。これまでの恨みを考えればすぐに死なれたら勿体ない……」
「まてまてまてまて! 落ち着け二人とも!!」
その瞬間、物騒な話で盛り上がり最早なぶり殺しの計画と化し始めていた二人の会話に唐突に割り込む存在が“天井から”現れた。
黒い装束を見に纏った壮年の男は『王国の影』と呼ばれる存在で、国の要職に就いている者には常に監視役として張り付いていた。
そしてこの男こそ影の首領であり二人にとっては長年の知己、『ハンゾウ』その人である。
「冗談でも王家の人間の暗殺とか口にするんじゃない! お前ら二人は次期騎士団長、魔導士団長とすら言われている実力があるだけに、殺れるから余計にシャレにならん!!」
「「シャレで言っているとでも?」」
「……思ってないからこそ影のワシが慌てて出て来たんだろうが」
ハンゾウの登場に二人は少しだけ驚いたものの、死んだ目はそのままに見つめるのみ……長年の影として生きて来たハンゾウは二人の切羽詰まった様子に息をのむ。
「く……ここでハンゾウさんに知られたって事は俺たちはお終いか。しかしまあ、これであのバカから解放されて振られる未来が無くなるなら……」
「ハンゾウさん、せめて俺たちが家から除籍されるまでは報告を待ってもらえないか!?」
「ええい! だから落ち着かんか若造共!! どうせあのバカ王子は黙っていても廃嫡は免れん、既に国王からその辺は了承済みでセシリー公爵令嬢も独自に調査してバカ王子の不貞の証拠やら冤罪の計画やら……卒業パーティーでやらかす計画まで掴んでいるのだ」
ハンゾウの言葉に二人は目を丸くして……全身から力を抜くとドサリとソファーに座り込んだ。
「……ま~そうだろうな~、考えてみればあのセシリー嬢が黙って見ている分けねーものな~。自分の身ぐらい自分で守れるって事か」
「そこまで進んでんるなら秘密裏に暗殺は無理か…………クソ、もっと早くに決断していれば!」
万策尽きる……そうなるとどうやっても婚約者にも実家にも被害が被るから不用意に動き辛くなる。
結局は自分よりも他人を慮る気質の二人は逆に何もできなくなったという絶望に深いため息を吐いた。
しかしハンゾウはそんな二人に情報を伝える。
二人にとって起死回生となるかもしれない情報を……。
「いや、諦めるのはまだ早い。君らの陰での苦労は我ら王国の影が最もよく知っている。好いた女の為、家の為、ひいては王国の為に自身を殺し“アレ”に仕える為に言いたい事を言えず、言いたくない事を言わされる日常……ワシら影はその姿に何度涙した事か」
「ハ、ハンゾウさん!?」
「う……見ていて……くれたというのですか?」
「ハッキリ言えば君らは影の中では最も苦労人であると……影として王国を守って来た自分たちの仲間であると人気があるくらいだ」
「「……!?」」
影として生きる己の感情を殺して仕事する連中、その首領からの温かい言葉に二人は泣きそうになった。
見ていてくれた人たちはいた、自分たちの長年の苦労を…………。
「本来なら影の情報は国王、または大臣クラスにしか公表しないが……今回は特別だ。現婚約者セシリーが独自に証拠集めをしているとさっき言ったが、その過程であの男爵令嬢の取り巻きの中で君ら二人だけ具体的な証拠が出ないのを疑問視していたのだ。セシリー嬢は君ら二人を別の意味で疑っている」
「それって……どういう……」
「学園内で色んな男たちと浮名を流しているというのに3バカと言われる君らは噂では取り巻き見たいに言われているのに関係した証拠は一切無い。疑うのも当然であろう……君らにとっては朗報だろうがな」
「「!?」」
ヘイデンとグランツは思わず立ち上がった。
それはすなわち立ち回り次第では公爵令嬢セシリーが自分達の味方に付いてくれるかもしれないという朗報。
「って事は俺たちはもうあのバカの御守りをしなくてもいい? あのバカとクソ女に巻き込まれる心配は?」
「パーティーでやらかす前に後ろ盾のハズの公爵家がバカと婚約破棄すれば、あの下らない王命も意味がない! そしてセシリー嬢が味方をしてくれるなら俺達も晴れて無関係者に!!」
「「うおおおおおおおおおおお!!」」
地獄の底で一筋の光を見たような……補給の立たれた戦場に援軍が駆けつけてくれたかのような情報に男二人は泣きながら手をガッシリと掴み合った。
その暑苦しい光景にハンゾウはものすご~く気持ちは分かるが……とばかりに水を差す。
「あ~~~慌てんな、まだ喜ぶには早い。王子のパーティー参加もそうだが、そもそも婚約の破棄すらもまだ確定していない。国王側……というか側妃殿下が抵抗していてな、確定するには日にちが掛かるのにパーティーはもうすぐだからな……」
「「……は?」」
「国王自身も側妃に詰め寄られて最後のチャンスを与えて欲しい、何事も無く卒業出来たら大目に見て欲しいとか…………う!?」
この期に及んでまだ国王サイドの甘すぎる対応……その事をハンゾウが口にした途端、二人の瞳からまたもや光が消える。
「は? ひよってんじゃねえよ老害が……そんな事して甘やかした結果が今だろうが」
「学生の期間、いえヤツが生れてからどれほどの時間があったと思っているのやら……チャンスもなにも、たった今そのバカ息子が禄でもない茶番を計画していたと言うに……」
「……言うな。ワシもこれから報告に行かねばならん事を考えると頭が痛い」
ハンゾウ自身、国益を考えるならこの報告を持って今日中には第二王子を幽閉なり監禁してしまうのがベストだと考えているのだが……国王の対応の甘さを考えると望み薄だと分かってしまう。
日和見に“まさかそこまでのバカはやらんだろう”とか言って目をそらそうとしているのだ。
「そういう老害に限ってセシリー嬢が理路整然と冤罪を論破した後で偉そうな態度で出張って来るんだぜ? さも自分は見守っていたとかそんな態度で“自分は何もしなかった無能ではない”アピールかましてさ~」
「あ~~~わかります。それで責任をガキに全部被せて時には家ごと没落させて“自分は隠居して責任取りました~”とか言うやつでしょ? 実際はそこまで何もしなかっただけなのにですね」
「やめんかマジで! ココでの会話もワシで止めておくにも限度があるわい!!」
その手の断罪劇をパーティーでやらかすヤツもバカだが、知った上で事前に止めなかった方も同罪……二人は国王の対応に心から冷めた見解だった。
結局自分たちが長年バカに付けられていた理由もソレであると思うと……二人にとって国王は治世の能力は別にしても老害以外の何物でもなかったから。
「つまりパーティーは予定通りに行われると? こっちとしては一緒にバカ晒すと連座で地獄に堕ちるだけなんだが……」
卒業パーティーという貴族も平民も、果ては他国の留学生や来賓まで混在する中であのバカと一緒にされたらこの上ない醜聞……二人にとっては最悪の『婚約破棄』が突きつけられる事になる。
「……なあハンゾウさん、だったらどうしろってんだ? このままじゃあのバカ絶対にやらかすぜ?」
「……本当に国王は身内には慧眼が働かんからな……ワシも同意だ。この際パートナーにセシリー嬢を選ばなくても……まあ問題だがそこは大目に見たとしても……王子が何事も無くパーティーを過ごすワケがないだろうな」
「パーティーに不参加には出来ない、その上でヤツにバカをさせてはならない……ワガママが過ぎるでしょう、王子は元より国王も!!」
3人ともが渋い顔で唸る。
何で自分たちはこんなくだらない事で悩まなくてはいけないのか……と。
当日、参加した王子が何事も無くただ黙って過ごしてくれればそれで解決なのだから、いっそのこと気絶、もしくは幽閉して影武者を立てる……何て非現実的な話すら出始めていた。
しかしそんな、何となく話が投げやりになり出した時……グランツの脳裏にフと浮かんだ事があった。
それは何度かあったバカ王子のやらかしに対してハンゾウ経由で伝えても返って来る返答はいつも『学生の内は大目に見てやれ』という
「……そうか……まだ学生。俺たちは卒業パーティーが終わるまではまだ学生なんだ!」
「……どうしたグランツ? 何か思いついたのか?」
「ああ、あのバカの計画にも劣らない大分頭の悪い力業なんだがな。目には目を、歯には歯を……茶番には茶番をって事で……」
*
本日このパーティー会場の中で最もバカになるという決意を……。
「これよりそなたの「そう、これからセシリー嬢! 貴女様には我らが卒業する前に長年の因縁に決着を付ける審判をしていただきたい!!」……うえ?」
下卑た笑みでこれから婚約者であるセシリーを断罪と称した見せしめで辱めようとする王子の発言に完全に割り込む形でグランツは声を張り上げた。
身分が上、しかも王族の発言に割り込むなど本来あってはならない事なのだが、国益は元より自分達の事も考えるとそれ以上の発言は絶対に許すワケには行かなかったから。
そしてまさかそんな方向から横やりが入るとも思っていなかった王子は目を丸くしている間に、それに合わせてヘイデンも細身の体格に似合わぬ良く通る声で言葉を重ねる。
「魔術を至上とする私と肉体の鍛錬を最高と世迷い事を抜かすグランツとは常々口論をしていたのですが……このままでは決着も付けずに卒業してしまう事になってしまいます」
「貴様、鍛え上げた筋肉こそ最上にして最高! 魔力による身体強化など実戦では役にも立たない邪道……まだ認めないと言うのか!!」
「ふん……そっちこそ頭脳を持たぬ脳筋具合を認めたくないだけでしょう? パワーだけを追い求めて重量を増やす鍛え方はナンセンスであると言っているのです」
「この野郎…………良い度胸だ!!」
そのやり取りは騎士と魔法使いの間で常々話題になる『筋肉VS魔術』の論争であるのだが、本日は卒業パーティーだというのにそんな口論を唐突に始めた二人に会場は静まり返って……その視線を壇上の王子ではなく壇上から降りた二人に集中していく。
こんなめでたい日に自分たちは何でこんな口論を見ているのだろうと……。
しかし唐突に『審判』なんて言われたセシリーだけは内心感心する。
『なるほど……そう来ますか』
同時に、二人が抱えていた長年の苦労と苦悩、そして自分たちがこの場で道化を演じなければならなくなった元凶たる壇上の二人に対する激しい怒りと恨みを理解した。
壇上から見えない位置でグランツ、ヘイデンの顔を確認したセシリーはその時点で腹を決めた。
ならば自分もこの場では乗ってやろうと……。
「宜しいでしょう……確かに明日からは私たちも学生ではなくなります。お二人の論争もゆくゆくはただのケンカでは済まなくなるのも事実。ならば学生の内であるこの機会に二人のわだかまりを解消しようという殿下のお心遣い、わたくしセシリー・ロックハートは謹んで承りたく存じます!」
「え!? ちょ……ま……」
「皆さま、何をなさっているのですか! 卒業を前に最後の余興、バカ騒ぎを次代の騎士と魔導士が演じようと言うのですよ? そう本日は無礼講、しかも王子殿下のお墨付きです事よ! 場所を開けるのです、中央に!!」
オ、オオ、オオオオオオオオオオオオ!!
そして響き渡った舞台女優の如く芝居がかったセシリーの煽りに静まり返っていた会場が俄かに活気付き、荒事向きの連中を中心に一気に歓声を上げ始める。
中には野蛮なやり取りを嫌う令嬢たちが壁際に下がったりもするのだが、おおむねは強い事を良い事に考える気風のこの国ではこういった決闘云々は受け入れられやすい。
ましてや最後の無礼講、本人の思惑はどうあれ“王子公認”として出来上がった会場の空気は最早完全に“断罪会場”ではなく闘技場のもの。
あれよあれよとパーティー会場中央に出来上がった空間に立たされた二人は荒っぽい歓声が起こる中、未だに壇上で目を丸くする王子と「何のよコレ……こんなの私が見たかったパーティーじゃない!」とか顔を真っ赤にしている男爵令嬢を尻目に……取り合えず安堵の溜息を漏らした。
そんな中でセシリーは床に1メートル程度の円を描く。
「ではお二人とも中央に! 互いにこの円の中へ……ルールは互いの足を止めた拳のみ、ギブアップかどちらかが靴底を晒した瞬間に決着するデスマッチとさせていただきますが、宜しいですね!!」
「ハ……当然だ! 虚弱な魔導士が臆病風に吹かれないのであればなぁ!!」
「ふん……貴方のように知能の低い輩でもルールを理解する事は出来たようですねぇ、私に異論はありませんよセシリー嬢」
「「「「「「「「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」」」」」」」」」」」」
会場のボルテージは最高潮、盛り上がる監修の円に入る二人はニヤリと笑いつつ……決闘というよりも完全に場末のケンカの流儀をこの場で口にしたセシリー公爵令嬢に軽く引いていた。
*小声で
『セシリー嬢? 何でこんな場末の決闘方をご存じで?』
『あ~ら、強い殿方が嫌いな女がいると思って? 武力をチラつかせて屈服させるよりも血潮に滾り争う漢のケンカに熱くなるのに紳士淑女も上も下もございませんわ』
「さあ刮目なさい皆さん! 本日最大のメインイベント、卒業最後のバカ騒ぎヘイデン様とグランツ様の魔術強化対筋肉強化の大喧嘩!! 今夜まではわたくしも学生の内、少々の賭け事くらいは見なかった事にしましょう!」
「「「「「オオオオオオオオ!!」」」」」
その時一瞬見えた彼女の本音の部分、根っこにあるだろう嗜虐的な笑みを見た瞬間だけは……流石の二人もほんの少しだけバカ王子に同情しそうになった。
本当は劣等感とかじゃなくただ単に怖かったんじゃなかろうか? と……。
そんな事を考えている間にセシリー嬢は危機として両者の間に立ち、高々と手を上げ号令と共に開始を宣言……振り下ろした。
「両者共準備は宜しいですね! レディ~~~~~~~~ファイ!!」
「うおおおおおおお!!」
「このおおおおおおお!!」
ドゴオ……鈍くも良く聞える打撃音、それは両者の拳が同時に顔面に突き刺さった音だったのだが、無論それだけで終わるワケも無く両者共に“ニヤリ”と笑い合って再び互いの拳が互いの顔面を殴り合う。
それは正に意地の張り合いのケンカ……血の気の多い連中であればそんな戦いにテンションが上がらないワケも無く、普段は馴染みのないご令嬢たちも段々と場の空気に乗せられてはしたなくも声を上げてしまう。
しかし本日は無礼講、学生最後のバカ騒ぎと最も最上の地位にいる“王子殿下”が認めた場であると3人によって場が作られていただけに、その事について言及する者は誰もいない。
「うおおおおおお! 良いぞグランツ、もっと抉り込むように!!
「きゃああああヘイデン様! ボディーですボディーががら空きなのです!!」
「私はヘイデン様に一口ですわ!」
「おおそうか! なら俺はグランツに賭けるとしよう!!」
突如始まってしまったバカ騒ぎに乗じてそこかしこで起こる軽い“おいた”の数々……壇上の王子や男爵令嬢たちを気に掛ける者は最早誰もおらず、声を上げても歓声と決闘を盛り上げる用にシフトした楽団のBGMにかき消させてしまう。
そんな光景に王家の醜聞を期待して会場入りしていた他国の間者やら留学中の王族やらは苦笑いをしていた。
『こんな本当の茶番では意味がない』とばかりに……。
「祖国には収穫無しと伝えるほかあるまい。上手くいけばロックハート家とも繋がれる良い機会かとは思っていたが……」
「3バカの一員と侮っていたのが失敗でした……あの二人、土壇場での対応力と道化まで演じれる胆力……中々のものです」
「そうだな……むしろバカの身内だからと油断があったのも事実だ。我らも教訓とせねばなるまい……」
「御意……」
むしろ今も自分たちが道化になる事で王子の茶番を塗りつぶした二人の卒業生の方が注目を浴びる結果になったのは何とも皮肉な話だったりする。
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それから数時間後……卒業パーティーで公開決闘、もとい公開ステゴロで前代未聞の騒乱を巻き起こした二人のおバカな卒業生ヘイデンとグランツは元の種類は違えど互いに端正な顔立ちを見る影もなくボコボコに腫らした状態で別室に待機させられていた。
一応は“バカ王子の茶番を自分たちの茶番で塗りつぶす”という大前提があったものの、元々血の気が多く喧嘩自体が嫌いじゃない二人の殴り合いはヒートアップしてしまう。
そしてその光景に触発された連中もいて、本日は無礼講という言葉を拡大解釈し自分達も殴り合いを始めるなど結構な騒ぎに発展した。
もちろんそんな状況で婚約破棄を目論んだ王子の存在など空気と化し、その後で“タイミング良く現れた”国王に制止される事でバカ騒ぎは終焉を迎える事になった。
そしてその場で行われた傷害やら不敬やら細かく重なりまくった軽微な罪は国王からの卒業祝いという体で全て不問に……更に負傷については王国サイドで回復魔法も含めたケアもなされて結果的に卒業生たちには“国王は度量が深い”という印象を持つ事になった。
国王の所業のせいで道化を演じた二人にとっては実に不本意な結果だが……。
そんな二人は徒労感と上半身全体に及ぶ激痛に悩まされながら対面式の椅子に腰かけていた。
「おいヘイデン……聞きたいんだが……」
「何だいグランツ……」
「お前、口では筋力よりも魔力が強いとか言ってたクセに、あの拳の作り方は何だ? コッソリ東方に伝わる『ケンポウ』を学んでいやがったな!? 何だよあの身のこなしは!?」
「ふん……魔力が強力であるという主張は変わりません。しかしその魔力を上手に使う技術が有用なのは当たり前の事でしょう? それに君だって筋力強化の魔法を使っていたでしょう? 殴った感触がおかしかったですよ……」
「筋力向上に魔力が使えるんなら使うだろ? それに俺は防御にしか使ってないぜ?」
「…………く」
「…………くく」
ボコボコになった顔のまま互いにそんな事を口にしていた二人だったが、やがてどちらからともなく噴き出して笑い始めていた。
「あはははは! あ~~あ、やっちまったな~俺たち……卒業パーティーで」
「くくくく……そうだね~。これで国の印象はともかく第二王子殿下からの覚えはすこぶる悪くなった事だろうけど、めでたくも……いてて」
「お互いこ~んな顔ならあの
「おお、そいつは更にめでたい! あのこびまくった“私可愛いでしょ”アピールを見なくて済むと思うと最高だね」
ゲラゲラ笑うたび、動くたびに怪我をしたあらゆる箇所がきしみ痛みを伴うのに二人とも笑う事を止めない。
それほどまでに二人は卒業を乗り切った今、晴れやかな気分を味わっていた。
「わたくしはそのお顔は実に男前に見えますが……」
「「!?」」
「ご歓談中失礼いたします……ヘイデン様、グランツ様。本日は……いえ“本日までの”お役目、誠にお疲れ様でした」
「セシリー嬢!? イジ!?」
「……!? ぐあ!? ギ!?」
そんな空気の中入室して来たのは公爵令嬢セシリーであった。
立場上上である彼女の登場に二人とも立ち上がろうとし……しかし激痛で立ち上がる事も出来ず悶える事になってしまった。
「あらら、無理なさらないで下さい。 別に今は公共の場というワケでは無いのですから……というかお二人にはまだ回復魔法師が手配されていないのですか?」
「……一応名目上は“騒乱の首謀者として反省を促すため”に一番後回しにするのだとか。まあ何にもお咎め無しってワケにも行きませんでしょうから……いてて」
グランツの言葉にセシリー勝気な瞳を露骨に不満気に歪める。
「……気に入りませんわね。今回王家が被りかねなかった損害を食い止めてくださった立役者であるお二人に対して」
「それを言うなら貴女の方がもっとキツイお役目だったでしょう。何せ“アレ”の婚約者って肩書を背負っていたのですから……」
「俺たちは長いと言っても二人でしたが貴方はたった一人で……ホントお疲れ様でした。その心労を考えると尊敬以外覚える感情がありません」
しかし労ったつもりの言葉に対して逆に労って来る二人の“同志”の言葉に……長年の貴族としての教育で感情を抑制する術を身に着けていたセシリーは思わず涙腺が緩みかける。分かってくれる人が他にもいた事の喜びに……。
「!? ……なんでしょうか……貴方がたとはもっと早く友好を築きたかったですわ」
「あ~~~分かります」
「愚痴り合える人がいるって貴重な事ですからね……あんなバカ王子を支えろとか無茶振りされたら……」
「そう、そう、そう! そうなんです!! わたくし、もう幼少の頃からあの男にはうんざりしてきましたのよ!! 聞いていただけますか!!」
同い年であった事で王族だからと傍にいる事を王命として厳命されたのは『友人』でも『婚約者』でも変わらず……晒され続けたストレスを鑑みると……これ程の同調できる存在は他にいない。
そして同じモノが嫌いな者たちが集まった時、そこには友情が生まれる。
まだ卒業して間もないというのに、コイツとならうまい酒が飲める……そんな想いを三人が共有した瞬間だった。
しかしそんな盛り上がりかけた空気の中、今の今まで空気の如く存在感を出さずに控えていたセシリーの侍女が淡々とした様子で口をはさんだ。
「お嬢様……男女の垣根を変えた友情に大変喜ばしく思いますが、本日は先に伝えるべき事があるのではないでしょうか?」
「あ……確かにそうですね」
セシリーは侍女の言葉にハッとして居住まいを正した。
「まずはお二人の活躍のお陰でパーティーでの王子殿下の目論見はうやむやになり、結果的にわたくしに降りかかる予定だった冤罪による断罪という醜聞は避ける事が出来ました。それについては本当にありがとうございました。ロックハート家、並びに王国を支える一貴族として貴方たちの行動に敬意を……」
静かに礼の言葉を述べるその姿は公爵令嬢、貴族として相応しく優雅であり……とても自分たちに場末のケンカを吹っかけて来た人物と同じとはヘイデンもグランツも思えなかった。
「まあ……相当に力業だったのは否めませんが……」
「そうですよね……一応発案はグランツの方ですからね? 茶番には茶番という実に脳筋な提案を打ち出したのは」
「しっかり乗っかったお前も十分脳筋だろうが、何自分は違うアピールしてんだよ今更」
「ふふ、まあまあ……わたくしは嫌いじゃないですよ? あのような茶番であれば」
それからセシリーからここまでで決まったモロモロの経緯を簡潔に伝えられる。
まず第二王子は本日のやらかしを有耶無耶にされて実質は何もしていないのだが、在学中の態度と今日のパーティーでセシリーをエスコートしなかった事が決定打となり、ようやく国王もバカ王子を庇う事を諦めたのだとか……。
もうほとんど内定していたのにセシリーとの婚約が王子側の有責で破棄になる事は確定したのであった。
何だか良く分からない雰囲気になってしまったパーティー会場から部屋に戻った王子はここに至っても“何が起こったのかよく分からない”といった、ありていに言えば呆けた状態になっているらしい。
勢い込んで断罪、婚約破棄、そして新しい彼女と改めて婚約~とか意気込んでいたのに突然始まったケンカ祭りで有耶無耶になってしまったのだ。
振り上げた拳の行き場がないということなのだろう。
「……連れ出されて国王様に叱責されても良く分かっておらず『何故だ? 何故ヘイデンとグランツは突然ケンカしたんだ??』と呟いていたそうです。あの方の中では未だに貴方たちは忠実な従僕であるらしいですね」
「願い下げだ……」
「卒業後は本当に他人になります。絶対に!!」
強く強く、本当に力強く拒否の意を示す二人にセシリーは苦笑しつつ「分かります」と同意して見せた。
件の男爵令嬢は本日中に第二王子から引き離され丁重に実家に帰された……との事。
こっちもこっちでやらかす前だった事で決定的な事は起こしておらず有耶無耶になってしまったのだ。
最後まで『私は王子と結婚して王妃になるのよ!』などと宣っていたらしいが、第二王子の甘言に乗せられた憐れな令嬢の一人として扱われたのだった。
妙な事だが王子と男爵令嬢の元凶たる二人は、ある意味でヘイデンとグランツが有耶無耶にしてくれたお陰で助かったとも言えるのだった。
まあ今後王籍を追われる予定の第二王子と、その王子以外にも浮名を流して名だたる貴族たちから不興を買った男爵家が今後どうなるかは……押して知るべしだが。
むしろそれ以外の取り巻き連中の方が結構深刻で……第二王子と同様に自身の婚約者をエスコートしなかったり、調査の段階で男爵令嬢との既に不貞の証拠やら貢物の為に政治資金や商売の儲けやらの使い込みやらが発覚していて……明日以降にそのツケを払う羽目になるという事をセシリーに聞かされ、二人は露骨に眉を顰めた。
「げ……という事はアイツらはあのクソおん……いや男爵令嬢に手を出していたって事ですか? 一応はバカ……いや王子殿下の相手だって知った上で?」
「ええ、むしろバカ……コホン、王子殿下のお相手が誘って来るからとスリルも味わえるお手軽な相手として刺激的だったとか、呑み仲間に自慢すらしていたようですよ?」
「うっぷ……」
「う~~~わ……」
想像以上の貞操観念の無さ、節操の無さに思わず吐き気を催すヘイデン、引き倒すグランツに、セシリーはクスリと笑った。
「でも彼女は貴方たちお二人にも露骨なアプローチをしてませんでした? 一応見た目だけは儚げに装える美貌ですしプロポーションも悪くなかったのですから……性格は別にして少しくらいは~とか思わなかったのですか?」
「「冗談ではない!!」」
冗談交じりにセシリーが言った瞬間、負傷による激痛の事すら忘れて二人は思わず立ち上がる。
それだけは絶対に認められないとばかりに……。
「私の生涯において愛するのはただ一人、婚約者のキャシーのみです! あのバカの御守りのせいで一緒にいられない日々がどれだけ地獄だったか、あのバカ女がその代わりに入り込もうとするのがどれほど不快であったか!!」
「あのクソ女にとか本当に勘弁してください!! ティファ姉との逢瀬の時間を悉く邪魔しやがったヤツに湧くのは怒りと殺意のみ! 欲情するなど虫唾が走る!!」
「在学中に真に苦痛だったのは一学年下に愛しい婚約者がいるというのにあのバカ共のせいで会いに行く事すら出来なかった事です! 人生唯一の学生時代にもっとイチャイチャしたかったのに!!」
「その通りだ! 俺など一学年上で先に卒業してしまうだけに会う機会が限定されて、唯一のチャンスの学校行事ですらヤツ等の自己満足の為に時間すら取れず……挙句に訳知り顔で寄ってきて『家同士で決めた婚約者とか可哀そう』とか……騎士道に反すると分かっていながら何度あの顔をなますに刻んでやろうと思った事か!!」
二人にとって“本当は自分達も男爵令嬢に気が合ったんじゃ?”と言われるのは在学中に耐え忍んだ最大最悪の侮辱であった。
卒業した今、そしてセシリーが同士だと知った今その感情を我慢する事なく激高する。
しかしそんな憤慨する二人にセシリーは失言したと動揺する事も無く、更にイイ笑顔になると大きく手を叩いた。
「ですって! 良いですわね~貴女方は誠実で漢らしい婚約者いらっしゃって……」
「「……え?」」
セシリーがそう言った瞬間、部屋の扉が大きく開かれて二人の女性が部屋に入って来た。
一人は幼さが残るもの上品な佇まいの金髪碧眼の可愛らしい令嬢、もう一人は比較的長身で鍛え上げたプロポーションで見ただけでも強い事が伺える黒髪の女性……。
現れたのはヘイデン、グランツそれぞれにとって最も重要な意味を持つ女性であった。
「キャ、キャシー……」
「ヘイデン様……申し訳ございませんでした」
「……え? うえ!?」
先日抗議と婚約破棄を匂わす手紙を受け取っていたヘイデンは突然の婚約者の登場に激しく動揺を見せるのだが……年下の婚約者が泣きそうな顔で頭を下げたのを見て再度動揺してしまう。
「わたくしは貴方が理由も無く不誠実な行いをするハズが無いと信じておりましたが、お父様が学園の噂を鵜呑みにして勝手にあのような手紙を出してしまい……」
「……え? じゃ、じゃああの手紙に君の意志は?」
「あるワケが無いじゃないですか! お父様には“勝手な事をしないで”と抗議しておきました。案の定ヘイデン様はこのような理不尽な王命に耐え忍んでいたというのに……」
「そ……そうか…………そうかああああああ」
ヘイデンは自分が婚約者に嫌われていなかったという事実を本人から聞いて、実に3年分の安どのため息を漏らした。
しかしそんな穏やかでホッコリするような会話の横では、騎士同士の婚約者による激しいやり取りが交わされていた。
「グランツ! この大バカ者!! 確認の意で渡した剣をまさか決別の証と思い込み、あろう事か除名の上で死を賭して反逆を考えていたなど……ハンゾウ殿から聞いた時は凍り付いたぞ!!」
「ティ……ティファ姉……」
「自分の軽率な行いで……婚約者が死んだとしたら…………私はどうなると思っていたのだ…………」
「う…………」
登場から胸倉を掴んで怒鳴る婚約者だが、その瞳に涙が浮かんでいるのを見てグランツ自身も考えが足りなかった事を自覚する。
自分が愛している分、向こうも同じように愛してくれているという自分たちにとって当たり前の事に気が回っていなかったのだ。
「ゴメン……確かにそうだ。俺、残されたティファ姉の気持ちまで考えれて無かった」
最大の原因が“男爵令嬢の取り巻きの噂”である事は確かだが……どちらも直接会う事も出来ず振り回され余裕がなかったとも言える。
「く……最早仕方がない。結婚後と思っていたがこんな危なっかしい婚約者をこのまま放置は出来ん!」
「……え?」
しかし次の瞬間、何を覚悟したのかシリアスな顔になったティファニア氏は自分よりも体格の大きいグランツを軽々と肩に担ぎ上げてしまった。
そしてドアに向かうと呆気にとられる他の連中に向かってシュタっと片腕を上げる。
「では皆様方、我々はこれにて失礼いたします。私はちょっとこの自分の立場を分かっていない婚約者と既成事実を作らねばならないので!」
「は……はああ!?」
この状況下で突然の下世話な言葉に最も驚いたのは抱えられたグランツである。
自分の事を後回しに考えてしまう婚約者に自分の想いを直接分からせようと言う事らしいが……発想が余りにも直情的であった。
ただ二人の関係性は婚約者であるし、尚且つ想い合っている事は明白である。
「はあ……お元気で……」
「その……頑張ってください……」
残された者たちはみんな目を丸くしてお見送りの言葉を告げるしかない。
「ちょちょちょ!? ティファ姉!? そういうのは結婚してからだって……」
「ええいつべこべ言うでない! なに私も初めてだが女性騎士団の先輩方は中々の猛者揃いでな……そっち方面の学習はバッチリだから心配いらん!」
「そういう事じゃ……てか俺は今負傷のせいで思うように動けな……」
「な~に私自身回復魔法も使えるのは知っているだろう? 心配せんでもお姉さんに任せておきなさい!」
「ちょ……てかなんかコレって男女逆じゃ!?」
「世間では天井の染みを数えている間に終わるらしいぞ~」
「キャーイヤー! ケダモノ~~~!!」
最早捕食される寸前のような親友の今後に複雑な思いを抱きつつ見送るしかなかったヘイデンであったが、婚約者がちょいちょい袖を引っ張った。
「……ヘイデン様、私たちは卒業してからですからね?」
「!!? あ、当たり前だ!」
*
近年まれにみるバカ騒ぎになってしまった卒業パーティーではあったが、一部からは非難の声も上がったものの、卒業前の学生共の最後のオイタとして概ねは問題になる事も無く、せいぜいが『仕方ねーなー』くらいの印象で幕引きとなった。
騒ぎの主犯とも言えるヘイデン、グランツ、そして公爵令嬢セシリーの三名にも公的には精々厳重注意があったと言われるくらいで、誰もがその処置を妥当と考え特別追及する事も無かった。
そして誰もが学園では三バカと呼ばれていた存在を忘れ、パーティーでは一切目立つやらかしを出来なかった第二王子の事など気付く事も無かった。
件の男爵令嬢もなんとな~く卒業後より徐々に徐々に転落していく第二王子以下、取り巻きたちからの接触も無くなって行き……気が付いた時には自分の周りには誰一人いなくなっていたのだとか……。
学生時代の御遊びとして羽目を外し過ぎた者どもの末路は劇的な悲劇も無く、ただほんのりとジワジワと消え去って行くという、本当にどこにでもあるような物であった。
逆に未然に王家の、ひいては王国の恥を晒しかねなかった事態を未然に防いだ功労者として各方面から感謝され、卒業後の進路に有益な結果を齎す結果になったとか……。
卒業早々に“色々あって”子宝に恵まれたグランツは歴代最年少で王国騎士団団長に任命され、ヘイデンは持ち前の魔力と頭脳、そして騎士に劣らぬ体術をも認められて新設された魔導騎士団の団長に任命される事になった。
彼らの出世は彼ら自身の努力と才能があったのは勿論だったが、その後ろ盾に卒業以来酒飲み友達となった公爵家令嬢の後押しがあった事も無視できない事実である。
ただ酔いが回った3人が集まった時には特定の人物の悪口で盛り上がるという悪癖があったのだが……それは知る人ぞ知る仲間内での事であった。
「聞いたか? あのバカ、廃嫡されてから誰にも相手にしてもらえず七十のメイド長に言い寄って振られたらしいぞ!?」
「あら、その情報は古いですのよ? 最近は王宮の閉鎖区画に迷い込んだ4歳児に手を出そうとして捕縛、その後地下牢にぶち込まれたのですよ」
「ああ聞きましたよ。節操無しもそこまで行けば大したもんですよね~」
ついでに連座で断罪返しされる取り巻き共の漢道 語部マサユキ @katarigatari
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