隣の席の三眼さんは色んなものを見つめてる

戸森鈴子(とらんぽりんまる)

隣の席の三眼さんは色んなものを見つめてる


「はぁ」


 学校で俺はため息をつく。

 なんだか、最近ものすごくダルい。

 割と早めに寝るようにしているし、部活もやってないし

 どうしてこんなにダルいのか、わからない……。


 とりあえず買ってみた栄養ドリンクを飲んで、俺は机に突っ伏した。


蓮沼はすぬま君、ダルいの?」


 少し低めの、でも可愛い声が隣の席から聞こえる。


「あ、三眼みつめさん、おはよう」


「おはよう」


「そう、なんだか最近ダルくって……あは、おっさんくさいよね」


 三眼さんはクラスでも目立たない女の子だ。

 前髪が厚くて目にかかりそうなボブカット。

 冷え性なのか、いつも首にぐるぐるマフラーやストールとかを巻いている。

 今日も寒いからセーラー服にカーディガンを着てマフラーぐるぐる巻きだ。

 だから顔も、みんなよく知らないのだ。


「蓮沼君、最近……暗いものを見なかった?」


「え?」


「何か……暗いところへ行かなかった?」


 普段は朝の挨拶くらいなので、こんなに会話が続くことに俺はドキマギしてしまう。

 こんな事でドキマギしてるのがバレたら気持ち悪いと思われてしまう!

 冷静になれ俺!


 実は三眼さんは、むちゃくちゃ可愛いんだ。

 目立たない存在なのが信じられない。

 どうしてみんな気付かないんだって俺はいつも不思議で、この子を見ていた。

 白い肌に、少し切れ長の目は長い睫毛が揺れている。


「蓮沼君?」


「あ! ごめん! ……暗いところか……

 暗いところ……? う~~ん……夜道はよく歩くけど」


 俺は慌てて考える。


「淀んだところ……穢れたもの」


「えっ?」


 なんだかホラーっぽい言葉に俺は驚く。


「あなたって……そういう人だから」


「えっ?」


「蓮沼ーーー!! 頼む助けてくれよぉ~」


 急に会話に割り込んできた友人の里田。


「なんだよ、朝からっ」


「部活のサボりがバレて一週間、体育館倉庫の掃除やらされることになってよー」


「自業自得だろう」


 里田はバスケ部員の陽キャってやつだ。

 中学校も一緒で、その時は俺と同じ陰キャだったくせに高校デビューを成功させた男。

 同中おなちゅうだっていう理由だけで、何かと話しかけてはくるが……


「頼む!! 今日だけ掃除手伝ってくれよ!

 俺、バイト入っててさ! 絶対遅刻できないんだよ」


 まぁ基本、こういう頼み事が多い。


「……はぁ。俺が手伝って時間に間に合うのかよ」


「適当に掃いて、ゴミ捨てて名前書くだけだからバレない!」


「今日だけだぞ」


「蓮沼~~!!」


「名前書いておいてやるから、お前は放課後すぐバイト行けよ」


「は、蓮沼~~!! お前なんていいヤツなんだよぉ」


 ガバっと抱きついてきやがった! 

 えーい! 俺はダルいんだ! 

 腐女子にニヤニヤされるだろっ!!


「心の友よ~~すりすりすり!」

「やめろよバカ!」


 ふっと、横を見ると三眼さんが俺を見ていた。

 そして……優しくふっと笑ったんだ。

 マフラーから少しだけ見える紅色の唇が微笑んだ。

 いつも、無表情なのに……なに? その優しい微笑み……可愛すぎる……。

 俺の胸が高鳴る。


「蓮沼君の、そういうところだよ」


 三眼さんはそう言った。

 まだ話がしたかったのに、チャイムが鳴ってしまった。


 ◇◇◇


 三眼さんと朝の会話の続きをしたかったのに結局出来ず、放課後になってしまった。


 体育館に行くと、てっきり部活でワイワイしてるかと思いきや静まり返っている。

 今日は運動部が一斉に休みの日なのか。

 だから里田も早めのバイトを入れたんだろう。


 誰もいない静かな体育館は、結構怖い。

 もう夕方で、薄暗い。


 でもわざわざ体育館の灯りを点けるのも億劫で、俺は急いで体育館のすみっこにある体育館倉庫に向かった。


「だる……」


 また身体が重い。


 結局走れずに暗い体育館をトボトボ歩いていると、俺は三眼さんに聞かれた事を思い出した。


『淀んだところ……穢れたもの』


 そうだ、俺は……なんだか暗い……汚れみたいなものが見える時がある。

 この前も、夜道を歩いていた時ビルとビルの隙間に夜よりもっと暗いものが見えて……。


 ゾワッとして俺は走り出す。

 体育館倉庫に行って電気を点けるんだ!!


 でも倉庫のドアを思い切り開けたら……


「わぁああ!?」


 倉庫内を埋め尽くすような、暗い、いや、もう黒い霧が立ち込めていた。

 走って逃げようとしたが、俺は腰が抜けてひっくり返った。


 ただの黒い霧だけど、それは蠢いて、意志があるように動く。


「ひぃ!」


 黒い霧はいっぱいの手のようになって、俺の方へ伸びてくる。

 この手に掴まれたら、俺はどうなってしまうんだ!

 絶対ヤバイ! これだけはわかる。


「ひっ……」


 金縛りのようになって動けない身体、涙だけが滲んできた。

 これは、怨霊ってやつなのか!?

 この世に……無念を残した人達なのか!?


 ――その時、


「そういうところだよ」


 少し低いけど、可愛い声。


「みっ……三眼さん!?」


 座り込んだ俺の横に、三眼さんが立っていた。

 どうしてこんなところに!?


「優しすぎるんだよ、蓮沼君は……」


 見上げる俺を、三眼さんも見下ろす。


「えっ」


 分厚い前髪が、二つに割れて……三眼さんのおでこ。

 そこには三つ目みっつめの目が光っている。


「わっ」


 でも俺は、それが怖いとは思わなかった。

 俺は三眼さんの綺麗な三つの目に見つめられて

 こんな状況なのにドキドキしてしまって頬が熱くなるのがわかる。


「優しすぎるの、君は」


「えっ? あっ! 三眼さん、逃げて!!」


 無数の黒い手が俺達に向かって伸びてくる。


「こんな時にも……そうやって優しい」


 スッと、三眼さんは一瞬目を閉じた。おでこの目も閉じた。


「散れ!!」


 そしてギン!! とまさに眼光鋭く三つの眼が青白く開き

 瞬間に、黒い手は光に照らされたようにして言葉通り散り散りになって消えていった……。


「……すごい……」


 俺は、情けなく腰が抜けたまま、ただその光景を見ていた。

 そして今まであんなに恐ろしかった体育館倉庫は、三眼さんの放った青白い光で浄化されたように落ち着いた静けさになった。

 まるで心地よいくらいに――綺麗になった。


「大丈夫?」


 半泣きして動けない俺の顔を覗き込むようにして三眼さんがしゃがみこんで言う。

 ふわっと、寄せられる顔。


 近い……!


 顔が近くてドキドキする、おでこの眼も俺を見てる。

 良い香り……紅色の唇……が艶めいて……。

 すると、更に三眼さんの萌え袖から見える細い小さな指先が伸びて俺の頬を両手で包み込んだ。


「ほっほわっ!?」


 キ、キスされちゃう!? と思うくらい近い……!

 と、また三眼さんの目が光り輝く……!


「散れ」

「ぐほっ!!」


 放たれた光はビームのように俺にぶち当たった。

 さっきの怨霊みたいに俺も焼き尽くされる!?


「あれ……」


 でも身体が一気に軽くなった。

 ダルさも重さもない。


「これで大丈夫」


 そういえば三眼さん、今はマフラーをしていない。

 白い細い首筋が見えて、少し恥ずかしそうに俺の目を見つめている三眼さん。

 うるうるしてる……可愛い。

 やっぱり、すごく美少女だ。可愛い可愛い綺麗だ。


「あ、ありがとう……」


 三眼さんは、まだ俺の頬を両手で包んだまま。

 え、どうして三眼さんの頬がちょっと赤いの……?


 こんな時、どうすればいい?


 抱き寄せたら、キスしてしまいそうな距離。


 心臓が激しく動く。


 さっきの恐怖なんかもう、どっかいってしまって

 俺はもう、目の前の三眼さんのことだけしか……考えてない。


「それじゃあ……忘れてね」


 突然の言葉が突き刺さる!


「! ダ、ダメだよ!」


「えっ」


 ふわりと三つ目に灯った光。

 三眼さんが、俺にこの事を忘れさせようとしてる事がわかった。

 その瞬間に俺は叫んでいた。


「三眼さんの、その綺麗な眼の事

 誰にも言わない! だから忘れさせないでほしい!」


 この事は絶対に忘れたくない!

 三眼さんは固まっている。


「……き、綺麗な眼……??」


「うん! その綺麗な眼で俺を助けてくれた事

 忘れたくない! 御礼もしたいし……!」


「な……」


「だから、あの、三眼さんと……」


「う、うん……」


「もっと、色んな話もしてみたいんだ……」


 真剣に、三眼さんを見つめると三眼さんは下を向いてしまった。


「……変わってない……」


「え?」


「変わってないね……」


 どこかから取り出したマフラーをぐるぐる巻いて三眼さんは立ち上がる。

 振り返った時に、綺麗な三つ目はもうつぶってしまったのか、また分厚い前髪が下ろされている。

 でも綺麗ないつもの二つの眼が俺を見ていた。


「蓮沼君、じゃあ掃除が終わったら……」


「う、うん! 珈琲飲みに行きましょう!」


 俺は、大声で人生で初めて女の子を誘った。


「い……いいよ」


 そして人生で初めてオッケーを貰った!


「よっしゃーー!!」


「わわっ」


 思わずガッツポーズをして俺は立ち上がる。

 驚かせてしまって、三眼さんのマフラーが揺れる。


「三眼さん、そういえば色々やって疲れてない?

 大丈夫? あのビーム結構疲れそう」


 俺の言葉に、三眼さんは更に二つの目を丸くした。

 あ、ぴこっと前髪の奥で三つ目が少し瞬きしたのもわかった。


「そういうとこだよ、蓮沼君」


 切れ長の目が、優しく三日月になって三眼さんが微笑んだ。


「だから君はいつも憑かれちゃうの」


 疲れちゃう?


 俺は可愛すぎる三眼さんに、恋をした事に気付いた。

 何かが始まる。そんな予感も胸に抱いて、俺の恋が始まった――。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隣の席の三眼さんは色んなものを見つめてる 戸森鈴子(とらんぽりんまる) @ZANSETU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ