No.21【ショートショート】天使とナイフ

鉄生 裕

天使とナイフ

彼を初めて見たのは、先週の水曜日の夜中のことだった。


私はパパとママの三人家族で、

いわゆるマンモス団地と呼ばれる集合住宅の四階に住んでいた。


その日、いつものようにベランダへ出て外を眺めていた私は、

ふと視線を一階に落とした。


真っ黒い服を着た何者かが、

大きな黒いカバンを持って何処かへ行こうとしているのが目に入ったからだ。


暗闇の中、たった一人で大きなカバンを必死に運ぼうとしている彼のことを、

私はなんとなくじっと見ていた。


するとその時、彼の持っていたカバンの隙間から何かが飛びだした。


それを見て、私は思わず声が出そうになった。


暗くてよくは見えなかったが、

彼のカバンから飛び出してきたのは、人間の頭だった。


彼は慌てて頭をカバンの中に無理矢理押し込むと、

そのまま何処かへ行ってしまった。




翌日、またしても私は夜中に一人、

ベランダに出て外を眺めていた。


すると、彼が昨日と同じように大きなカバンを持って

何処かに行こうとしているのが見えた。


だが、それだけではない。


彼のカバンの隙間からは、人間の女性の頭が出ていたのだ。


暗くてよくは見えなかったが、たしかにあれは女性の頭だった。


恐怖心と好奇心の狭間で私の感情はグチャグチャだったが、

目だけは彼のことを追っていた。


そんな私に気付いたのか、彼が突然こちらを向いた


彼と目が合い、恐怖心が好奇心に勝ったその瞬間、

私は慌てて彼から目をそらした。


しばらく経ってから恐る恐る一階を覗き込むと、

そこに彼の姿は無かった。




土曜日の夕方、

「お客さんが来るからおとなしくしていなさい」

とママから言われた私は、押し入れの中でママとお客さんの話をじっと聞いていた。


すると突然、ガタンガタンという物音が聞こえた。


何が起こったのか気になった私は、

押し入れの隙間から外を見た。


そこには、真っ黒い服を着た彼がいたのだ。


怖くなった私は押入れの扉をパタンと閉め、

両手で耳を塞いだ。




日曜日の昼、私はパパとママと一緒に

車で一時間半ほどの場所にある大型ホームセンターにお出かけに来ていた。


駐車場に着き車から出ようとした私に、

「車の中で待っていなさい」

とパパが言った。


私もパパとママと一緒に行きたかったけれど、我慢した。


車の中で待っているのは退屈だし、暑くてクラクラしそうだったけど

それでも我慢した。


なぜなら、パパとママが私を車に残したかった理由が分かったからだ。


もうすぐで、私の誕生日だ。


パパとママは、私の誕生日会の道具を買うためにここへ来たに違いない。


私を車の中に一人残したのは、

私に内緒で何かサプライズを考えているからだ。


だから、私が一緒について行くと駄々をこねた時、

パパとママはあんなことをしてまで、私を車に一人残したんだ。


二時間以上が経ってもパパとママは戻ってこなかったけれど、、

誕生日会のことを考えたら、これくらいの暑さはいくらでも我慢できた。




ケーキはイチゴのやつかな?

それともチョコやつかな?

プレゼントは何だろう?

どんなサプライズを考えてくれたのかな?


八歳になったその日、私は朝からそんな事ばかり考えていた。


私はワクワクしながら学校から帰ったが、

どれだけ待ってもケーキやプレゼントは出てこなかった。


ガッカリしている様子の私を見て、

「今日は、三人で一緒に寝よう」

とママが言った。


そういう事かと、私はすぐに理解した。


きっと私が眠った後に、パパとママはこっそりサプライズの準備をするんだ。


そういえば、いつもならパパはお仕事の日のはずなのに、

明日はお仕事を休むって、この前ママとコソコソ話をしていたのを思い出した。


明日は朝から私の誕生日会をするに違いない。


そうじゃなきゃ、

「今日は、三人で一緒に寝よう」

なんてママが言うはずがない。




パパとママと三人で一緒に寝るのは、随分と久しぶりだった。




テレビ画面の向こう側で、

スーツを着た男の人が緊迫した表情で必死に何かを話している。


『速報です。

本日未明、都内にある集合団地で三名の遺体が発見されました。

遺体の身元は、その部屋に住んでいた新井康太さん(29)と妻の新井紗枝さん(26)、さらに押入れからは数日前から行方が分からなくなっていた児童福祉課勤務の鈴木良子さん(54)の遺体が発見されました。

殺害された新井さん夫妻の一人娘である鈴ちゃん(8)が血だらけの状態で大きなカバンを引きずっているのを、同じ団地に住む住人が見かけ今回の事件が発覚しました。

鈴ちゃんが引きずっていた黒の大きなカバンの中には康太さんの遺体が、部屋の中にあったもう一つの黒い大きなカバンの中には紗枝さんが入っており、その近くにはホームセンターの袋に入ったシャベルやロープが置かれていました。

三人の身体にはそれぞれ無数の刺し傷があり、部屋の中からは殺害に使用したと思われる包丁が見つかっています。

なお、警官が現場へ急行した時には既に鈴ちゃんは現場からいなくなっており、依然行方不明とのことです。

新井さん夫妻は以前より鈴ちゃんに暴力をふるっていた可能性があり、警察は鈴ちゃんへの虐待と今回の事件の関連性も視野にいれつつ、捜査を続けていくとのことです』




駅前の家電量販店のショーケースに置かれているテレビには、

私がパパとママと一緒に住んでいた団地が映っていた。

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No.21【ショートショート】天使とナイフ 鉄生 裕 @yu_tetuki

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