第73話 アイアンハウス

 懐かしの教会は相も変わらぬぼろ家だが、ランセン神父の居た時よりはこざっぱりした感じだ。

 後任のゾラート神父は人が良さそうな雰囲気で、王家治癒魔法師の肩書きで正式訪問したアイリを出迎えた。


 暫し神父様と歓談の後見知った子供達と話した後で、神父様に孤児院の建物が古いので建て替えさせて欲しいと願いでて、快く了承された。

 前日の夕食後サロンで寛いでいると、アイリが孤児院に寄付をすると言い出したのだが、大金を預けてでっぷり神父の様な事になっても困る。

 教会と孤児院に、金貨10ずつ寄付しそれ以上は伯爵様に預けて、国の定めた支援金に少額を上乗せして長く渡す様にしろと説得する。


 でも建物も古くて何とかしたいと言うので、執事のグロズから巻き上げた金を使い、アイリの名義で俺が建て替える事にした。

 アイリが、あんた何故そんなにお金持ってるのと聞くので、間抜けな侯爵様のおこぼれをたーっぷり頂いたと言ったら、伯爵様が大笑いしていた。


 教会と孤児院に寄付をして、別途ザクセン伯爵様に金貨100枚を渡して、月々の支援金に少額ずつ上乗せして渡してくれる様にお願いしていた。

 俺は金貨10袋を渡して、孤児院の建て替えをアイリの名前でして欲しいと伝える。

 建て替え費の残りはアイリが預けた金貨に上乗せして貰う事にする。


 「侯爵殿の執事は、優秀だったんですね」


 「まあ、優秀と言うより主人が間抜けすぎました。世襲貴族のプライドだけで、領地経営など碌に知らぬ様でしたので誤魔化し放題ってところです。俺を名指しで呼び出さなければ、侯爵様も執事も安らかな人生を送れたものを、お可哀想に」


 そう言ったら、又爆笑されてしまった。


 * * * * * * *


 アイリが王都に帰る日が近いので、ギルマスに頼み王都に戻るアイリの馬車の護衛を依頼する。

 条件は王都冒険者ギルドと同じだが俺達がいないので人数は倍の20人。

 ギルマスに金貨280枚を渡して、信頼出来る者を集めてもらった。

 旅立ちの日、街の出入り口で護衛達と落ち合い、ギルマスの選んだ冒険者達と顔を合わる。

 無事王都まで送り届けて帰って来たら、一人金貨1枚を礼として渡すと伝えると俄然張り切っていた。


 俺が、アポフで大儲けしているのを知っているので、ギルマスの前での言葉は守られると判っている。

 アイリは又今年の冬に王都に来いと煩い。

 今度は春にしろと言ったが、クロウがアイリの味方をして根負けした。

 俺のバッグの中で寝ている奴は気楽なものだ、お前を歩いて運ぶのは俺なんだぞ。


 俺からアポフの実をたっぷりせしめて、アイリは王都に戻って行った。


 * * * * * * *


 アイリを見送るとギルマスが相談があると言うので、ギルドに行きギルマスの部屋へ。


 「実はな、以前お前の言っていた薬草の見本の事なんだが、何か良い方法はないか」


 「有りますよ、先ず見本の薬草を根元から持ってきて下さい。後は大きな紙が必要ですね。他の道具は俺が用意しますよ」


 俺は大きな板を数枚と、古着屋で買ったシーツを数枚用意してギルドに向かう。

 会議室を借りて、集められた薬草や手持ちの薬草を押し花にしていく。

 ギルマスや薬草買い取り担当の職員が、興味津々で見ている。

 絵の上手い冒険者を探させ、数名に押し花にする前に同じ物を描かせ、一番写実的に描けた者に同じ大きさの紙に夫々の薬草の絵を描かせる。


 薬草の絵が描かれた紙を薄い板に張り付けて、十数枚で一冊の本の様にする。

 その本1~2冊で初心者が必要な知識を得られる様に仕上げる。

 貴重な薬草とか、季節物の薬草別の本も揃える。

 一ページ1枚の薬草の絵と、見開きに草丈、採取時期、必要部分、採取方法等々を書き込んでいく。

 描かれた本の薬草名の横には番号が書かれている。

 同じ番号の押し花にした標本を見れば、実物の大きさや葉の形が判る様になっている。


 結構日数が掛かったが、少しずつ出来上がっていく物を見てギルマスや薬草買い取りの職員が感心していた。


 「よくこんな事を知っているな。これなら新人でも最低限の知識を持って、街の外に出て行ける」


 「それだけじゃ、俺が冒険者になった頃とさして変わらない。ギルドで新人や希望者に、職員を使って武術の基礎を教える事は出来るかな」


 「訓練場を使う奴は殆どいない、実戦で身につけるしかないのが現状だ。貧しい奴や穀潰しと呼ばれる次男以下の奴等は、生活に追われるからな」


 「格安の宿と安い食事が与えられたら、鍛える暇は出来るな」


 「何を考えている」


 「ゴルドーの街から出した、書状を覚えているか」


 「ああ、ギルド本部に通報して、ゴルドーのギルマスと協力者は捕らえて犯罪奴隷にした。ヘインズ侯爵殿は降格になったらしいな」


 「ゴルドーのギルマスと結託して荒稼ぎしていたのが、ヘインズ侯爵の執事だ。此奴が侯爵家からも相当横領していたんだが、溜め込んでいたお宝は俺が全て頂いた」


 ギルマスが、俺の顔をマジマジと見てくる。


 「其れがバレたらお前は・・・知っているのか?」


 「手数料として貰ったと、伝えている。で、金は腐る程ある。新人達にベッドと朝夕の食事を、登録から2年程度を目処に提供しようと思っている。金の無い新人が安宿とはいえ、少ない稼ぎを小汚い宿に毟り取られなくて済むだろう」


 「それはホテル側の反発を招くぞ」


 「伯爵様に話を通すさ。宿を潰すのが目的ではないし、新人が生き延びれば結果的に客は増えるんだ。小汚い宿も、綺麗にしなきゃ客が来なくなるので少しは考えるだろう」


 「それなら職員の中から、腕の立つ奴を出して教える事にするぞ」


 「腕の立つ奴じゃ駄目だ、教え方の上手い奴が必要なんだよ。人は夫々得手不得手がある、其れに合わせて教えられる奴が必要だ」


 「判った、そんな見方をした事はないが、そういう奴を探そう」


 ザクセン伯爵様の許可を貰い、商業ギルドに頼んで冒険者ギルド周辺で目的に合う建物を探して貰った。

 紹介された建物は倉庫だが、場所的にはギルドの通りを少し奥に行った所で文句なし。

 大きさは2階建て縦10m横20mといったところかな。

 倉庫なので大きくてがらんどう、改造して3階建てにするのに都合が良いので買う事にした。

 家を建てた時同様に土魔法使いと大工を呼び、1階を調理場と食堂、シャワールーム、トイレ等を配置する。

 2、3階は宿泊設備に使うので窓を多数空けて、壁に沿ってカプセルホテルの豪華・・・ちょっと広い版を作る。

 ドアを開ければ奥行き1m幅1mの入り口だ、ブーツを脱ぎ縦にベッド部分と人一人歩ける通路でその奥が窓になる。

 縦2.5m幅約1.3mのベッドで、大の男でも楽に寝られる造りにしているが快適性は無い。

 此の部屋が壁に沿って12室壁際に階段とトイレがあり、向かい合わせの造りで2、3階合計で48室だ。

 最も2階の片側12室は女性専用になるので、男だけなら36室用意できる。


 土魔法使いも大工も俺の説明にへえーっといった感じだったが、同じ小部屋を多数作るのでそう難しくは無い。

 建物に金貨230枚、内装工事に金貨165枚を支払って完成した。

 食事造りはイクルの親爺さん、エルドバー子爵家の第二コックをしていたのでお願いする、助手に奥さんを使って厨房内はお任せ。

 食事は朝夕の2回、具だくさんのスープと市場で買ってきた鉄貨1枚のパンのみでセルフサービス。


 銅貨1枚で二食付きのカプセルホテル、此れで高いと言われたらどうしようもない。

 ヘルド達が其れを聞き、俺達の時に有ったらなあと羨んでいた。

 料金徴収や建物の掃除と維持管理は、ヘルドとヘンクの家族から夫々出して貰い四人体制で運営する。

 賃金は夫々一日銅貨8枚、赤字にならないギリギリの運営になる。

 俺は慈善事業をする訳じゃない、冒険者になる奴の第一歩を最低限手助けするだけだ。


 ザクセン伯爵様も新人の支援を約束してくれているので、生き延びる確率は高くなるだろう。

 俺が冒険者になった時の様な、屑が居ないだけで新人が増えているのが判るのだから。


 * * * * * * *


 宿の名前は〔アイアンハウス〕冒険者登録をした新人でアイアンランクの者しか泊めない。


 「あのー、此処に行けば安く泊まれるとギルドで聞いたのですが」


 「はいよ、冒険者カードを見せてね。うん、今日登録したんだね。一泊銅貨1枚だけど、30日間は無料じゃ無いけど泊まれるよ。お代は一年以内に返してね。一年経っても返せなかったら出て行って貰うし、冒険者に向いて無いから辞めた方がよいよ。30日過ぎたら一日銅貨1枚で朝夕の食事付き、一月の間に薬草の知識を身につけて訓練にも励みなさい。それと背負子やナイフ薬草袋などは貸してあげるけど売ったら出て行ってもらうよ。質の悪い奴に巻き上げられたら言ってきな。ザクセン伯爵様が其奴等を街から叩き出してくれるからね。はい部屋の鍵、しっかり訓練して簡単に死ぬんじゃないよ」


 冒険者登録から2年以内のアイアンランクの者のみを受け入れているので開業から5日で部屋の半分が埋まった。

 俺の宿の事は冒険者の噂になり、ブロンズランク達も泊めてくれと言ってきたが放り出した。


 俺が宿の準備を始めて間もない時に、アポフの収穫で皆たっぷり稼いでいるのを知ってるんだよ。

 稼いだからと散財してオケラになるのは自己責任だ、俺に縋るなと言ったらブツブツ言いながら消えていった。


 ヘルド達には屋上のアポフの世話を頼み今年の収穫もお願いしたので、世話賃とは別に収穫の半分を渡した。


 * * * * * * *


 《おい、今日は新人のゴブリン狩りについて行くのか》


 「ああ、薬草採取だけじゃ飽きるだろう」


 《薬草採取ってより、お前のは薬草探しだからな》


 「鑑定ルーペのお陰で、この辺りじゃ知られていない薬草が3種も見つかったじゃないか」


 《へいへい、もうすぐ王都に行く季節だぞ忘れるな。しかしのんびりした生活も悪くないな》


 「俺はもともと冒険者生活をのんびりやるつもりだったんだぜ。まっ、貴族が勝手気ままに攻撃して来るので、やり返していたら予定が狂っただけさ。俺もお前も長生きしそうだし、気楽にやろうぜ」



 ** ** 完 ** **

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転移無双・猫又と歩む冒険者生活 暇野無学 @mnmssg1951

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