第72話 追放

 キンキラ野郎は一瞬で茹で蛸の如く真っ赤になり、立ち上がった。


 「何と申した、私はヒエル・ザラセン子爵が三男ゲルト・ザラセンだ。貴族の一員たる我に、その様な口をきいて許されると思っているのか」


 「アイリ練習だ、奴の口の中に小さいのを一つ放り込んでみろ。」


 〈グワッ〉喚く口の中に小指ほどのフレイムの火が見える。


 ゲルトちゃん口を押さえて蹲るが、涙と鼻水で酷いお顔ですこと。

 アイリ達に食事を続ける様に言ってから、ゲルトちゃんの襟首を掴んで入り口に引き摺って行き蹴り出す。


 「帰ってパパに尻を蹴られましたと報告しろ」


 ホテルの従業員が真っ青な顔になっているが、王家が相手をするので気にするなと言っておく。

 護衛達が俯いて肩を振るわせている。


 足音荒く5人の男達がホテルの食堂に入ってくる。


 「誰だ、ゲルト様に無礼を働いた者は」


 煩いので即座に目潰しを喰らわせ、鉄棒で頭を優しく撫でる。

 目が見えず頭に衝撃を受け痛みに頭を抱える奴等に〈帰ったらザラセン子爵に、アイリに近づくなと警告されたと報告しろ〉と言い、護衛達にも手伝ってもらいホテルから蹴り出す。


 ・・・・・・


 目潰しで目が見えず頭の痛みに涙目の男達は、目が見える様になるとゲルトを連れて屋敷に帰った。

 然し貴族の一員としてのプライドを傷付けられたゲルトは、即行でパパの所に行き、アイリ様に挨拶しているのに乱暴されたと訴えた。


 「今なんと言った」


 「だから、アイリ様に挨拶に行ったら男に乱暴されたんだよ。ザラセン子爵の三男だと名乗ったのに、無礼極まりない男だよ」


 「アイリ様とは、一級治癒魔法師のアイリ様の事か」


 「そうだよ、王家直属の一級治癒魔法師アイリ様が、私の妻になれば大出世だよ。母上からその話を聞いて、先ずはご挨拶がてら屋敷に招待しようとホテルに出向いたのに」


 ザラセン子爵は立ち眩みをを覚え、足下に闇が開いたと思った。


 「おっお前が、アイリ様に挨拶に出向いただと・・・だっ、誰がそんな事を許した!!! お前は我がザラセン家を破滅させる気か!!!」


 「父上大きな声で何事です」

 「貴方、ゲルトちゃんに何を怒っているのですか」

 「ゲルト、また何かしたのか」


 「母上、アイリ様に挨拶と我が屋敷に招待しようとホテルに行ったのに、ザラセン家の者と知って乱暴を受けました」


 「まて! お前、お前何故アイリ様の事を知っている」


 「えっ、母上から聞きましたよ。王都で有名な治癒魔法師で美人なんでしょう。私の妻になれば兄上達より私が出世する事になります」


 〈ゴン〉


 鈍い音と共にゲルトが崩れ落ちる。


 「貴様はザラセン家を滅ぼすつもりか」


 「何をなさるのユラマさん」


 「何故こんな馬鹿にアイリ様の事を話したんですか。貴女がゲルトを溺愛し好き勝手をさせるから、ザラセン家の危機です。貴女は王家の通達を忘れたのですか、其れともザラセン家を潰したいのですか。父上此の女を放逐し、ゲルトを勘当してアイリ様に謝罪しましょう。其れともこのままザラセン家が潰されるのを、黙って見ている気ですか」


 「私も賛成です。第二夫人といえ贅沢とゲルトを甘やかすだけで何の役にも立っていません。ザラセン家が領民から、どの様に見られているのか知っているでしょう」


 「ホルト、エメリアとゲルトを決して部屋から出すな。私はアイリ様に謝罪に行ってくる」


 ザラセン子爵は嫡男ユラマを連れ、アイリの宿泊するホテルに出向いた。


 ・・・・・・


 エディはザラセン子爵の訪問を知らされ、ホテルの用意した一室に案内された。

 ザラセン子爵の第一声は謝罪の言葉で、不手際からアイリ様の事を教えていなかったゲルトに、アイリ様の事を漏らした者がいた。

 ゲルト共々処分致しますので、ご寛大な処置をと深々と頭を下げた。


 《どうしたもんかね》


 《冒険者スタイルのお前に、グダグダ言い訳をせず謝罪するのは良しとして、ゲルトはなぁ》


 《あれは完全なおバカなボンボンだな》


 《略してバカボンか》


 「ゲルトをどう処分するのですか。こう申してはなんですが、あれは完全に育て方を間違えてますね。そんな貴方達の謝罪を受け入れても、これからも領民が迷惑しますよ」


 「只今自室に監禁していますが、勘当し夜明けと共に領地より放逐致します。あれを育てた第二夫人も屋敷より追放し田舎暮らしをさせます」


 《んな所だな、あのバカボンは世間の荒波を泳いでもらおう》


 《直ぐに溺れ死ぬな》


 「判りました、それで全て忘れましょう」


 それだけ言ってエディは自室に戻った。


 翌朝ホテルを出立して街を出る時、門の外で昨夜の2人が最敬礼で見送っているのを見た。


 《親があれでも子に甘く、他に害をなすからなぁ》


 《自分達の爵位が掛かってなかったら、あの謝罪も無かっただろうけどな》


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 エディ達を見送ったザラセン子爵と嫡男のユラマは、待機させていた馬車に乗り込む。

 中には冒険者の様な粗末な服を着せられ、縛られたゲルトが床に転がされている。


 朝いきなり叩き起こされ全ての物を剥ぎ取られた後、与えられたのが冒険者達が着る服だった。

 使用人が食べる様な粗末な食器に味気ない朝食を与えられ、縛られて馬車に放り込まれた。

 そして今、馬車から降ろされた所は草原の中の一本道、足下にバッグと革袋が投げられる。


 「このまま進めば王都まで続く、着替えと路銀だ銀貨5枚と銅貨50枚有る。庶民なら一月近くは楽に暮らせる額だ、お前なら半日も持たないだろうが好きにしろ。以後ザラセンを名乗る事は許さん、名乗るなら死を覚悟せよ」


 子爵にそう言われ呆然とするゲルトに、ユラマが追い打ちを掛ける。


 「以後ザラセン家の領地、ネザーラン地方やヘンリの街で姿を見掛けたら殺せと配下の者達に命じている。覚えておけ!」


 そう言ってゲルトの足下に粗末な剣を投げて帰って行ったが、護衛の騎士達は誰一人振り向きもしなかった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 フルンの街には予定通り18日で着いた、馬車は領主ザクセン伯爵邸に直行する。


 「ん、ホテルに行かないのか」


 「フルンではザクセン伯爵邸に泊まる様に言われているの。あんたも一緒よ、逃げないでね」


 「俺は自分の家があるから帰りたいんだけどな」


 ザクセン伯爵邸では伯爵様以下ずらりと並んでお出迎え、アイリはクロウを抱いて挨拶を受けている。

 王家直属・一級治癒魔法師ってそれ程権力有ったっけ?

 サーミャやイリスの陰に隠れてこっそり降りたら、伯爵様と目が合いにっこり笑って挨拶された。


 「ザクセン伯爵様、私は一介の冒険者ですのでその様な挨拶は不要です」


 「なに、噂になってるよヘインズ侯爵領の事とザラセン子爵の三男の事が」


 あーあ、衆人環視の中での出来事だし、アイリの事も王家の通達が出て間がないし隠せないよな。


 「ちょっと情報が早すぎませんか。侯爵家はともかくザラセン子爵なんてつい最近、三男坊の尻を蹴っただけですよ」


 「エディ殿、貴族の情報網も棄てたものではないですよ。世襲で馬鹿も多いですがね」


 《馬鹿も多いが抜け目のない貴族もいるな、目の前に》


 アイリはフルンに滞在するが、領主の歓待は不要、長期滞在の為ホテルでは安全に不安があるので伯爵邸を借りたいと、カラカス宰相から連絡がきていると教えてくれた。


 「御存知と思いますが、アイリも私もこのフルンの孤児院育ちです。正直堅苦しいのは勘弁願いたいので助かります」


 アイリに与えられた部屋にクロウが入り浸っているので、俺は自宅に行ってくると言ったが、私もエディの家が見たいと俺一人で行かせてくれない。

 仕方がないので翌日俺の家に連れて行くが、護衛が6人も居るんだよなー。 白衣に緑の髪に赤い瞳の美人だから目立つのに、冒険者風とは言え護衛もいる。

 移動は馬車だが俺を含めて8人、護衛は騎馬になるのでこれ又目立つ。

 馬車が俺の家の前に着いたが周囲の視線が痛い、肩身が狭いって此れかよ。


 「あれっ、アイリさんどうして此処に」


 「ヘルドさん、貴方達ってエディと同じ屋根の下に住んでるのよね。お家は何処なの」


 四方山話が始まりそうなので2階の俺の家に連れて行く、護衛達には適当に座ってもらいお茶を入れるが屋上は見せるべきか迷う。

 悩んでいると呼ばれてやって来たヘルド達が、ポロリと屋上の収穫が近いと漏らしてアイリの目が光る。

 こんな目をした時のアイリは好奇心の塊みたいな存在だ、孤児院で俺の転移魔法を見た時と同じ様な目だ。


 「屋上に何を植えているの、見せなさいよ。ヘルド何があるの」


 他言無用を約束させ、アイリを連れて屋上にジャンプする。


 「此処は?」


 「さっきの部屋の上さ。周囲に並ぶ鉢にアポフが植わっている」


 壁際に沿って並ぶ雑草の生えた鉢、一つおきに籠が伏せられている。


 「この籠は何なの」


 「去年の秋に実ったアポフの実が、鳥の大集団に食われたから鳥よけだよ」


 籠を外してアポフの木を見せてやる。

 葉が落ちた小さな木に見えるが、半数以上の枝に実が無い。

 残った実が乾燥して色が少し黒ずんでいる、収納から取り出したアポフの実を見せ、此れくらい黒くなったら収穫だと教える。


 「こんなちっちゃな木に生るのね」


 クロウを抱えて見ているが、周囲を見渡し籠が無い雑草だけの鉢を何故置いているのか不思議そうだ。

 いくらアイリでも肝心な秘密は簡単に教える気は無いので、聞かれなければ答え無い。

 遠くに教会の屋根を見て明日は教会に行きましょうと言うが、俺も行くものだと決めつけている。


 部屋に戻ると見せたアポフを寄越せと言い出す。

 去年俺が渡したものは、食事の味が格段に良くなるのでほいほい使ってもう無いそうだ。

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