宇宙旅行より大切なもの

丸子稔

第1話 宇宙旅行より大切なもの

 幼少の頃、テレビで宇宙の存在を知った俺は、将来は宇宙飛行士になりたいと、漠然と考えるようになった。

 しかし、中学の時に、宇宙飛行士になるには厳しい訓練が必要なのを知ってから、その夢は早々に捨ててしまった。

 

 そんな俺は、大学の時に始めた株でたまたま大儲けし、その金を元に起業したネット関連の会社が、これまた運よくヒットしたせいで、世間では一応青年実業家として名が通っている。


 地位も名誉も手に入れ、なんの不満もない生活を送っていた俺が、唯一心残りなのは、宇宙飛行士になることを早々にあきらめてしまったことだった。

 それでも、宇宙自体には今でも興味を持っていて、暇さえあれば宇宙関係の本を読み漁っている。


 そんなある日、宇宙旅行の記事を、たまたまネットで発見した俺は、仕事もほったらかして詳しく調べてみた。すると、そこには、宇宙に行きたい人を世界中で募集し、その中から定員の20名を選考すると書かれていて、その方法は、まず最初に書類選考で100名まで絞り、その後、日本円に換算して約100億円の現金を用意できた者が、最終選考であるトレーニングセンターでの訓練を受けられるというものだった。


──100億円はどうにかなりそうだが、訓練の方はちょっときついかもな。でも、こんなチャンスはそうそうあるものじゃないし、ダメ元で応募してみるか。


 と、軽い気持ちで応募した俺だったが、落とされると思っていた書類選考が通過してしまったせいで、その後あらゆる所から金を借りるハメになった。

 そんな苦労をしながら100億を用意した俺は、最終選考であるトレーニングセンターでの訓練を死ぬ思いでこなした結果、なんとか20名の中に残ることができた。


──ダメ元で応募したのに、まさか本当に受かるとはな。でも、せっかくだから、子供の頃から好きだった宇宙を、二週間の間、心ゆくまで堪能しよう。


 そんなことを思いながら、俺は宇宙へ行ける日を、指折り数えながら待っていた。


 そして、いよいよ宇宙に行く当日、俺は20名の仲間とともに宇宙服に着替え、宇宙船に乗り込んだ。

 席はあらかじめ決まっており、俺の隣はアメリカ人で、トムという名の男性だった。

 彼は英語で何やら話し掛けてきたが、英語がさっぱりの俺は、彼が何を言ってるのかさっぱり分からず、コミュニケーションは早々に打ち切られた。


 やがて出発時間が近づくと、案内係のジェームスがカウントダウンを始めた。


「スリー、ツー、ワン、ゼロ!」


 彼の号令とともに、宇宙船は地上から天空に向かって勢いよく弾き出された。

 事前にトレーニングセンターで疑似体験をしていたとはいえ、そのGは凄まじく、首がちぎれるかと思うほどの衝撃を受けた。

 約5分後にその体勢から解放された時は、冗談抜きで生きてて良かったと思った。


 宇宙船が安定飛行に入った途端、船内に一か所しかない窓は、たちまち争奪戦となった。

 事前に一回10分までという説明があったにもかかわらず、誰もそれを守ろうとしない。

 金持ちは皆わがままだということを目の当たりにしながら、俺は痛めた首をずっとマッサージしていた。


 やがて宇宙に来て3日も経過すると、旅行前はあれだけ楽しみにしていたにも拘らず、俺はもう家に帰りたくなっていた。

 その理由は、まず第一に宇宙食に飽きたこと。

 バリエーションが乏しいうえに、味も決して美味しいとは言えず、わずか3日にして、もう見るのも嫌なほどだった。


 次に、みんながルールを守らないせいで、未だに外を観れていないこと。

 そもそも、窓が一つしかないのもおかしいし、それならそれでモニターで外を観られるようにすればいいのに、そういうサービスも一切しようとしない。


 あと、案内係のジェームスが時々何か言ってるのだが、英語なのでまるっきり分からないこと。

 人数制限があるので仕方なかったのかもしれないが、俺としては通訳を付けて欲しかった。


 そんなことを思っていると、そのジェームスが興奮気味に何か言い始めた。

 それを聞いた乗客の反応から、何か良からぬ事が起きたことは容易に想像できたが、何が起こっているか、さっぱり分からなかった。

 慌てふためく乗客を尻目に、途方に暮れていると、「ああ、なんてこと」という言葉が聞こえてきた。

 懐かしい響きに、すぐさまその方向に目を向けると、金髪に青い瞳をした若い女性が、胸の上に十字を切りながら、なにやら祈っていた。


「あのう、もしかして、日本語話せますか?」


 俺は藁をもすがる思いで訊いてみた。


「はい。わたし、ナンシーっていいます。十年前に父の仕事の都合で日本に来たので、もう日本語はペラペラです」


 その容姿からはとても想像できないくらい、流暢な日本語を使う彼女に、若干戸惑いながらも、「本当ですか! いやあ、それは助かるな。俺、木村という者だけど、この中に日本人がいないから、ずっと困ってたんですよ」と、胸の内を明かした。


「それは大変でしたね。でも、今日からはわたしが話し相手になってあげますから、安心してください」


「それは心強いな。じゃあ早速だけど、さっきジェームスは何て言ったんだい?」


「なんか巨大な隕石が、もの凄いスピードでこの宇宙船に近づいているらしいの」


「マジで! でも、それが分かってるのなら、進路を変更すればいいんじゃないか?」


「この宇宙船、自動運転だから、あらかじめ決められた航路しか行けないみたいなの」


「嘘だろ? そんな融通もきかないなんて、最先端の技術を駆使した宇宙旅行が、聞いてあきれるよ」

 

「みんなもそう言ってるわ。でも、そんなこと言ってても仕方ないから、せめて神に祈りましょう」


 そう言うと、彼女は再び胸の上で十字を切り始めた。

 俺は無宗教だったが、彼女の見よう見真似で十字を切った。

 すると、それが神に通じたのか、隕石が急に進路を変え、宇宙船に衝突する可能性が無くなった。


「よかった。わたしたちの祈りが神に通じたみたいです」


「そうだね。なにはともあれ、生きてて良かったよ。はははっ!」


「安心したら、なんか急にお腹がすいてきたわ。でも、宇宙食はもう飽きたし……」


「だよね。実は俺も、飽き飽きしてたんだ」


「早く日本に帰って、好物のお好み焼きを食べたいわ」


「偶然だね。実は俺もお好み焼きが好物なんだ。なんたって、広島人だからさ」


「えっ! わたしも広島に住んでるのよ」


「マジで! 広島のどこに住んでるの?」


「市内の○○町なんだけど」


「俺は○〇町。なんだ、めちゃくちゃ近いじゃないか!」


「そうね。もしかしたら、前にどこかで会ってるかもね」


「こうして知り合えたのも何かの縁だし、もし良かったら、広島に帰った後、食事にでも行かない?」


「もちろん! 木村さんが知ってる美味しいお好み焼き屋さんに連れて行ってください」


「OK。じゃあ、広島で一番美味しい所に案内してあげるから、楽しみにしてて」


 そう言うと、彼女は飛び切りの笑顔を俺に向けてきた。

 つい三日前までは、宇宙に来るのが楽しみで仕方なかったが、今はそのまったく逆だ。

 俺は広島に帰れるのを指折り数えながら、その後の宇宙旅行を彼女と一緒に過ごした。


 


 

 


 

 

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宇宙旅行より大切なもの 丸子稔 @kyuukomu

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