第3話


 目の前では、オサナがベッドに座りつつも、タツカに圧をかけながらの詰問が続いている。



「その幼馴染みの娘と何かなかった?」


「うーん……なにかと言ったら……」



 タツカは、腕組をしながらいまだ天井を見上げ、考えるふりをしながら遂に、決定的な一言を口にする。




「サナミの結婚を断った事くらいかな……?」



 それはまさに瞬間だった。俺とオサナ、ツキカゲの三人は、まるで同調したかのように立ち上がり、同じ言葉を口にした。



「それよ!!」

「それだよ!!」

「ござるで我輩!!」


「えええぇぇぇ!!!」



 まるで何が起こったのか、わからない、と言う感じの大声を上げるタツカ。だが、俺とオサナとツキカゲは両手で頭を抱え、理解に苦しみ悶える。



「あんた馬鹿じゃないの!? サナミが必死の思いでした結婚の申し出を断るなんて!!! どうかしてるわよ!!」

「お前だって、彼女のことが好きだったんだろ!? それなのに、何で断るかなぁ!? 何で断るかなぁ!?」

「もおぉおぉ!! ござるうぅ! ござるうぅうぅ!! ござるで我輩!!」




「で、でも……もうすぐ魔王を倒しに行くっていうのに、結婚だなんて……」



 確かにタツカの言い分も、もっともかもしれない。もともと俺達は魔王を倒すためにここまで来たのだから。だが……



「あんた、食事中ずっと号泣してたじゃない!!」

「お前、食事中ずっと号泣してたろうが!!」

「ござるで我輩よぉぉおおぉぉ!?」



 俺達はあふれ出す感情を抑える事ができずに、目にしたそのままを口にしてしまう。



「ええええぇぇぇぇ!!?? みんな見てたのおぉ!?」



 見てたのおぉ!? じゃねぇよ。しかも、号泣しながら飯を食うもんだから、涙や鼻水や食べかすが飛び散って、もう夕飯を食べるどころじゃなかった。

 異世界が異世界なら、裁判ものだ。


 ……なに言ってんだ? 俺?



 頭によく解んない事を想像していると、オサナは何時の間に手にしたのか、感情のおもむくまま月の杖をふりかぶり、その先端をタツカを指し示すようにふり下す。



「だいたい、そんなに泣きじゃくるんなら、今からでも『ごめん、サナミ……この前のあれは一瞬の気の迷いだった。結婚しよう!』とか言って来なさいよ!!」



 怒りが頂点に達して、今にも暴れ回りそうなオサナ。それを知ってか知らずか、タツカは俯きながら、蚊の鳴くような声で、こんな事を言いやがった!!



「……もう……手遅れだよ……」

「なんでよおおおぉぉぉ!!??」


「わあああァァァ!!!! オサナ!! 落ち着け! 物理攻撃反対!!」

「ござる! ござるで我輩よおおぉぉ!?」



 俺は、脊髄反射的にタツカを血祭りにあげそうになったオサナを、すんでのところでツキカゲと取り押さえると、俺の座っていた椅子のところまで引きずり離す。




「離しさないよお! ふたりとも!! タツカのやつ、殴ってやらないと解んないだから!!」


「やめろって……なあ、タツカ。教えてくれ。なんでもう手遅れなんだ?」



 すると、タツカは思い出したくないのか、苦しい顔をしながらこう言った。



「彼女は……サナミは、もうこの村にはいないんだ……」



「はあ!?」

「はあ!?」

「ござるで我輩!?」



 驚きの声を上げる俺達。



「い……いないって、どういうことだよ!?」


「実は……サナミは……前々から結婚を申し込まれていたらしい……それも……盗賊に捕まる前から……仲介役は村長さんだから……断るのは、難しかったみたいだ……」


「その……結婚相手って誰だよ……」


「ここ来る前に立ち寄った……トアール街の……町長の子供……らしい……」


「サナミが村を出て行ったのは?」


「二日前の……あさ……ちょうど陽がのぼった頃だ……」


「あれか……!!」



 言われてみれば、確かにその日、宿屋の窓からこの村にはあまり似つかわしくない、豪勢な馬車が村の入り口に止まっているのが見えたから珍しいなと思っていたが……


 サナミはあれに乗って行ったのか!








「あんた、まさかそれを黙って見てたって言うのぉ!?」

「ござる! ござるで我輩よおぉぉ!?」



 怒りの頂点をとうに通り越し、部屋の天井を突き破りそうなオサナ。ツキカゲに抑えられながらも、その身体はじりじりとタツカに歩みよって……あ……考え事してて、うっかり手を離しちまった。すまん。ツキカゲ。


 俺はすぐ様、オサナに抱きつき、ふたりがかりでその身体を抑える。



「し……しかたないだろう!? さっきも言ったけど、俺達には魔王を倒す使命があるし、サナミはもうここにはいないんだ! 一体、俺に、どうしろって言うんだよ!?」


「ああぁもおぉ!! あんたってばさっきから言い訳ばっかり!! 大体、あんた、なんのためにここまで旅をして来たのよ!?」


「そ……それは……」


「幼馴染みを……サナミを助けるためでしょう!? そしたら残った魔王討伐なんて後付けのようなものじゃない!? なんの問題があるの!?」


「……オサ……ナ……っ! 少し……落ち着け……!」

「ござ……る……で……っ! ……わが……はい……っ……!」



 俺とツキカゲの身体を引きずりながら尚、にじり寄るオサナ。遂にタツカの目の前で立ち止まると、いつぞや出会った城の門を護っていた鬼神のように見下ろす。


 ……正直、めちゃくちゃ怖い……



「だ……だから、どうしろって言うんだよ!? サナミは二日前に村を出たんだぞ!? たとえ、今から追いかけたって……どうしようもないじゃないか……」



 オサナから目をそらし、全てを諦めたように俯くタツカ。そんなタツカに向かって、オサナはこう言い放った。



「追いかけるのが無理なら、あっちで待っていればいいじゃない!!」



「は?」

「は?」

「ござるで我輩?」



 その言動に、俺とタツカとツキカゲは示し合わせたかのように、オサナを見つめる。



「お、おい……オサナ。お前、何を言ってるんだ?」



 俺は床に膝をつき、ゆっくりと立ち上がりながら、オサナに尋ねる。



「だから、追いかけるのが無理なら、あっちで……トアール街で待ってれば良いって言ったのよ!!」


「待っていれば良いって、そんな事、出来る訳……」



 そこまで言いかけ時、オサナは言葉を断ち切るように俺の方に振り向き、反論する。



「出来るわよ! 私の転移魔法があれば!!」


「……転移魔法……! そうか……!」

「ござるで我輩!」



 オサナの考えている事を理解した俺は、同調するように笑顔になり、それを確認したオサナも、少しだけ微笑み返す。そして、オサナはタツカに向かって顔を振り向き直すと、こう切り出した。



「タツカ! あんたにその気があれば、私の転移魔法でトアール街まで転移させてあげる!」


「な……何だって!?」


「だから、タツカ! あんたは街門の前でサナミが乗った馬車を待ってなさい!」


「えええぇぇぇ!!??」



 オサナの発言に、驚きの表情を隠せないタツカ。だが、オサナは立て続けに言葉を並べる。



「えええぇぇぇ!!?? じゃないわよ!? あんた、二度とサナミに会えなくなってもいいの!? あんたのサナミに対する思いってそんなものだったの!?」



 その言葉に、タツカは今まで正座していた足を崩し立ち上がると、感情を表すように両手をぎゅっと握り、今まで胸の内に秘めていた想いをぶちまける。



「……あ……会いたい!! 会って、一緒に暮らしたい!! サナミと幸せな家庭を築きたい!!」



 タツカの本当の気持ちを聞いたオサナは少しだけ笑顔になり、ちょっとだけ穏やか口調で話かける。



「なら……なにも言う事は無いじゃない……!」


「ああ! 頼むオサナ!! 俺を、今すぐトアール街まで転移させてくれ!!」


「だから、さっきからそう言ってるでしょ……!」



 オサナはそう言うと、月の杖で部屋の入り口と、タツカのすぐ後ろにある少し広い空間を指し示した。



「じゃあ、そこの少し空いている場所で、転移魔法を使いましょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る