猫のるつぼ

足音

猫のるつぼ

 喫茶店で小豆コーヒーを飲んでいると膝の上が重くなった。テーブルの下を覗くと柔らかい毛並。猫だ。そっと撫でると細くにゃーんと鳴く。

 可愛い。猫のいる店だったのか。意識して見回すとあちこちに猫らしき背中や尻尾が見える。初めて入る店で、普通のこぢんまりとした個人経営店に見えたけれど猫カフェだったのだろうか。たくさんいるようなのになぜか猫の顔は見えない。

 はしゃいで猫と遊びたいけれど時間が取れないのが恨めしい。いっそ猫になってここで猫と暮らしたい。

 温かい重みを膝に乗せたままノートパソコンを叩いているといつの間にかもう一匹が横にいて膝の上に無理矢理乗ってきた。

 膝の上でどつきあいをしている、と見る間に融合して三毛と鯖トラの混ざった大きな塊となってくつろぎだした。


 窓の外では桜が散り始めている。春の暖かい陽気が眠気を誘う。膝の上の生物は猫じゃないのかもしれないがともかく温かく柔らかい。

 いつの間にか店内の猫の数が増えている。あっちの棚の上にこっちのソファの隙間に気がつくと白黒や茶トラがいる。隅の席に座るスーツ姿の初老の男性客が猫まみれになっていた。足元に猫。ソファーシートの左右に猫。膝に猫。肩に猫。背中に猫。頭に猫。男性客の体に取りついた猫たちは互いに融合し始めた。

 よく見ると彼らは猫ではない。猫っぽい体型と毛並を持った不定形の生物である。

 一匹のときはまだ猫に近く見えたが融合し始めるとよく伸びる餅のようになり男性客の体を包んでいく。模様だけは猫を保っている。

 男性客はそれが猫でないことに気付いているのかいないのか、真剣な顔で膝の上の猫を撫でながらもふもふに包まれていった。顔まで覆われてもう毛皮の塊にしか見えない。

 同様の状況がそこここで展開された。私も猫に包まれながら自我が吸い取られていくのを感じていた。私は猫であり猫は私である。猫の望みが私の望みである。

 どこにあるのかわからない口で猫たちが鳴きだした。店のあちこちから合唱するように満足げなトーンでにゃー、にゃー、にゃー。

 店内は猫たちに制圧されつつある。

 目元まで毛皮に覆われる寸前、先ほど男性客が包まれた毛皮の塔がゆっくりと崩壊し何匹もの猫に分かれて走り去るのを見た。

 ああこうやって猫は殖えていくのか。


 私は膝の上の猫をそっと降ろし猫を脱いで立ち上がった。

 合唱のトーンが一段高くなり非難がましくなった。襲ってくるかと思ったがその様子はない。

 用心しながら出口まで歩き「ごちそうさまでしたー」と奥に声をかけ、店の戸口をくぐったところで「無銭飲食ッ!」という叫びとともに後ろからヤリで心臓をひと突きにされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫のるつぼ 足音 @ashioto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ