天使がロボットである事を知っているのは僕とキミだけ

空花 星潔-そらはな せいけつ-

第1話 天気◎

 今日は天気がいいのでベランダで授業を受ける事にした。

 

 オンライン授業が当たり前になった昨今。


 僕みたいにこうやって好きな場所で授業を受ける生徒は少なくない。

 

 と言っても、安全な場所というのは限られているのでお風呂とかトイレとか、押し入れの中とかベッドの上で授業を受ける人が多いんだけどね。

 

「サエビさん、窓開いてる?」

 

 先生が僕の名前を呼ぶ。

 

「ベランダです。うるさかったですか?」

 

 ロボット達の動き回る音が遠くから聞こえている。

 

 もうすっかり慣れ親しんだ音だし、元々は飛行機がよく飛んでいた地域だから騒音には慣れていると思うんだけど。

 

「うるさくはないけど……大丈夫?」

 

「あー大丈夫です、ウチ7階なんで」

 

 エネミーとは人も虫も犬もコンクリートもビニール袋もフルートも何でもかんでも溶かして吸収して栄養に変えるとんでもないスライム状の生き物だ。

 

 2年くらい前に突然各地に現れて、人類は1度滅びかけている。

 

 今はロボットがエネミーを駆除してくれるから僕達の生活が脅かされる事が大幅に減った。

 

 とは言えやっぱりクラスメイトは3分の2が死んだり行方不明になったりしてるから、窓を開けて授業を受ける人なんてほとんど居ない。

 

 7階だからと言ってベランダで授業を受ける人なんて全世界探しても僕くらいしか居ないだろう。

 

 だけど僕はロボットが見える場所に1秒でも長く居たいんだ。

 

 僕の初恋が……ううん、僕の一生の片思いが今もロボットに乗ってどこかで戦っているから。

 

 ————————

 

 エネミーが現れる前、中学3年生だった僕とレピヤは初めて同じクラスになった。

 

 僕もレピヤも出身小学校は同じだったから存在くらいは知ってたけど、1度も同じクラスになった事がないから話した事はなかった。

 

 当然同じクラスになったからと言って突然話し出すはずもなく、席が近くなったら交流する程度の距離感で過ごしていた。

 

 その距離がグッと近くなったのは高校に入ってから。

 

 僕もレピヤも同じ中学のやつが居るなんて思って居なかった。

 

 だから進路指導の授業で第1志望一緒じゃん、と盛り上がり勉強を教え合い、入学する頃にはどうして今まで接点がなかったのか不思議に思うほど仲良くなっていた。

 

 レピヤは変なやつだった。

 

 授業中に先生が「あ」と言った回数を真剣に数えてカウントしたり、僕の髪の長さを毎日測りたいからと言って諭吉を数枚差し出してメッシュを何本も入れさせたり。

 

 彼の奇行は数えたらキリがない。

 

 そうそう、彼と僕は高校と実家の距離がかなり離れているので一人暮らしをする予定だったが、家賃を抑えるために2人で住んでいたんだ。

 

 この提案をしたのはあいつなのに、僕が女だと意識したら困るからと言って「私」だった一人称を「僕」か「俺」にしてくれと頼んできた。

 

 断ればいいのに同居も一人称の変更も受け入れた僕も大概だと思うけどね。

 

 まァそんな事はどうでもいいんだ。

 

 エネミーが現れた時、かなり早い段階で彼は動き始めていた。

 

 まず最初に僕の前から消えた。

 

 友達が死んだ直後だったし、レピヤも死んでしまったと思ってショックを受けた。

 

 だけどドローンで彼からの映像が送られて来たんだ。

 

 ロボットを開発している様子がね。

 

 1度来たらそれから何回も来たよ。ほぼ毎日さ。

 

 それから3ヶ月くらいでロボットがエネミーを駆除し始めた。

 

 映像の中で解説されたんだけど、ロボットはエネミーが吸収できない物質でできているんだって。

 

 さらにエネルギー元はエネミーの亡骸らしい。

 

 おいおいキミは僕と同い歳の高校1年生だろう?

 

 と言ってやりたかったが、残念ながら手段はなかった。

 

 ドローンは僕のメッセージを受け付けてくれなかったんだよね。

 

 もしかしたら僕が死んでる可能性を考えてるのかもね。だって毎日ドローンが来るんだ。話す内容が無い日は「生存確認。生きてるよ」とだけ言ってさ。

 

 高校2年生の夏頃に授業が再開した。

 

 5クラスあったのに2クラスになっていた。

 

 先生もごっそり減って数学基礎と世界史と古典と政治経済と音楽と家庭科と保健体育と美術と生物の授業が無くなった。

 

 レピヤは行方不明者のリストに入れられていた。

 

 ドローン、僕の所にしか届いてないみたいなんだよね。

 

 ロボットの開発者の名前は伏せられてるし。

 

 そろそろ高校3年生って頃に修羅場が起きた。

 

 レピヤが最高傑作、心があって見た目も人間そっくりなロボットだ! って言いながらニネラって女の子のロボットの動画を送って来たんだ。

 

 僕以外の人はきっとその子がロボットだって信じないと思う。

 

 実際、ニネラは乗組員の間で天使って呼ばれて完全に人間扱いされてる……という自称かロボットが持ちネタみたいな扱いをされてるんだって。

 

 ロボットのくせにロボットの乗組員をしてるらしいし。

 

 じゃあなんで僕がニネラをロボットだって信じてるのか。

 

 簡単な話、僕とニネラはそっくりなんだ。

 

 メッシュの位置まで一緒。

 

 髪の長さも、最後にレピヤが僕のを測った時の長さと一緒だった。

 

 言っておくけど僕は天使なんて呼ばれるほど可愛くない。

 

 ただ単にニネラは乗組員の中に2人しか居ない女ってだけ。

 

 レピヤが僕の見た目を使った事も、その子が天使と呼ばれてることも、十分修羅場なんだけど僕の修羅場はまだ続いた。

 

 ニネラがレピヤに告白したのだ。

 

 そしてそれを断ったとレピヤは報告してきた。

 

 僕は片思いの自覚すらないうちに失恋したわけだ。

 

 だってすごく悲しくなったから。

 

 3日くらい泣きすぎて眠れなかった。それくらい悲しくて、僕は一生片思いを引き摺って生きていくんだと直感的に理解した。

 

 ただ、レピヤが初恋だっただけに淡い期待は抱いていた。

 

 もしかして……? なんて、本当に淡い期待を。

 

 1週間くらいしてその期待も粉々にされた。

 

 ニネラとは別の女の子、サクラ。

 

 ニネラが天使ならサクラは女神と呼ばれていた。

 

 レピヤがサクラと付き合い始めたと報告してきた。

 

 サクラは本当に美人で、どこに行っても女神と呼ばれるのは目に見えるような勝ち組の容姿をしている。

 

 対するレピヤは頭脳こそ冴えるけど変人だし、顔も平々凡々、なんなら冴えない部類に入るはずなのに。

 

 告白してきたのはサクラの方らしい。

 

 レピヤがイケメンなら世の中結局顔か、と諦めも着いたがそうも行かない。

 

 まぁ、レピヤだから仕方ないか、という気はするんだけどね。

 

 ——————————

 

 ベランダから見える位置に居た高さ3mくらいのロボットがエネミーを撃ち抜いた。

 

 そのまま体内にエネミーを取り込み、歩く。

 

 歩いて倒して取り込んで、歩いて倒して取り込んで。

 

 淡々と動くロボットの中に乗り込んでいるのは多分人じゃない。

 

 レピヤはニネラの前に量産型操縦士ロボットを作っているから、そいつらが乗ってるんだろう。

 

 もう少し目を凝らした先で身振り手振り動いているロボットが見える。

 

 多分操縦士ロボットに指示を出しているんだろう。アレの中には人が乗ってる。

 

 最近は見分けが着くようになってきた。

 

「サエビさ〜ん」

 

 先生が僕の名前を呼んだ。

 

「ごめんなさい、ロボット見てました」

 

「エネミーと流れ弾には気をつけてね」

 

 やたら事務的な対応をする先生。

 

 元々生徒1人1人の事が大好きな人だったから、生徒が死んだり行方不明者になったりが辛すぎて事務的になっちゃった人。

 

 色んな人が変わってしまった。

 

 活発で派手だったクラスメイトが友達を亡くしてから人と関わるのを辞めた。

 

 みんなエネミーのせいでおかしくなった。

 

 だけど僕はレピヤのせいでおかしくなった。

 

 恋なんてする物じゃないな。

 

 インターホンが鳴った。

 

 授業が進行しているスマホを片手に玄関の扉を開ける。

 

 この時僕は過去に気を取られていたせいで忘れていた。

 

 ロボットが現れてから、ドローンが荷物を運んでくれるようになったし人との会話はほぼ全てアプリやソフトを使った通信に頼るようになっていた事を。

 

 アポなしで直接会おうとする人の大半は、物資の独り占め何かを狙った強盗だということを。

 

 冷たいと思った。

 直後に熱が走った様な痛みを感じた。

 

 刺された。

 

 ——死んだ。


 ——————————

 

 レピヤが数枚の諭吉を差し出す。

 

「髪の長さを測りたいから、メッシュ入れて来てよ」

 

 僕はこの光景を知っている。

 

 どうやら僕は過去に戻ってきた——みたいだ。

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天使がロボットである事を知っているのは僕とキミだけ 空花 星潔-そらはな せいけつ- @soutomesizuku

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