#終 それからの世界

 有菜と沙野は、高校を卒業した。

 有菜は東京の、大学の寮に引っ越して、新生活を始めていた。沙野もいまはアメリカにいる。

 有菜が講義の内容を整頓していると、メッセージアプリ経由で翔太から電話がかかってきた。はいもしもし、とスピーカーフォンで答える。どうやら向こうも同じようにして、春臣も電話口にいるようだ。

「有菜先輩、来月に異世界……魔法世界物産展を東京でやるらしいっすよ」

「自分たちは行かないでござるが、なにやら面白そうでござるよ」

 物産展。すごく楽しそうだ。翔太と春臣によるとでっかいデパートで堂々とやるそうなので、ぜひ行きたい、と有菜は答えた。


 最後に異世界を訪れてからのち、異世界の長老会は世界各地にある「繋ぎ目」を経由して現実に現れ、現実の世界との交渉を進めた。

 実は、羊歯高校の園芸部の作業場所以外にも、異世界と繋がっているところは世界各地にあって、それらの繋ぎ目もすべて解放されたのだった。

 そして現実と異世界の交流が始まり、異世界を暮らしよくするためのさまざまな方法を、現実の人間が考えるようになった。

 そもそも異世界、という言い方もおかしいので、異世界は「魔法世界」と呼ばれるようになった。異世界でしか魔法は使えないからである。

 二重うつしになった世界は、どちらもよいものになりつつあった。


 魔法世界物産展が開かれるデパートに、有菜はどうにかたどり着いた。大学がわりと東京の真ん中から離れているので、こういうすごい人混みにやってくることはなかなかない。原宿に洋服を見にいったときは、あまりに人が多すぎて途中で帰ってきたくらいだ。田舎者なので仕方がない。

 魔法世界物産展はとても盛況だった。みんな、フライドジキの袋やエキ・ロクのお茶、クオンキのジュースを買っている。クライヴとルーイがいたので声をかける。

「元気そうでよかった。しかしこっちの世界はすごいね、タガヤスさんから話は聞いていたけど、都どころじゃない大都会だ」

 ルーイが穏やかに言う。もうすぐ子供が生まれるらしい。

「あっちはどんなですか」

「水車小屋ができたよ。今度見においでよ」

 クライヴが笑顔で応えつつ、お客さんにフライドジキを勧めている。

「よっ、有菜。すっかり垢抜けちゃって」

 と、石井さんが話しかけてきた。しれっと土方さんもいる。

「石井さんに土方さんじゃないですか。綾乃さんはどうしたんですか?」

「あー、腹ボテでな。昔病気したこともあって無理はさせらんないんだわー」

 石井さんは恥ずかしい顔をした。こっちもめでたいことになっていた。ニコニコする。

「あの繋ぎ目が自由に行き来できるようになったから行ってきたぞ。お前らすごいな」

 そうでもないです、と答える。

「そうだ。コキル食べたか? あっちで試食やってんぞ」

「コキル?」

「ゴブリンからもらった種を育てて、野菜にしたんだと」

 ああ、クライヴがゴブリンと交渉してたやつだ。見てみるとまるっきしカブだ、「邪なる耳」が作った世界で、ホフゴブリンが食べていたやつ。その漬物を味見してみると、じゅわっと甘い汁が口に広がった。

「俺トマト農家からカブ農家に転身しようか真面目に考えてあやちゃんに叱られてる」

 なるほど石井さんの気持ちはよく分かる。しかしトマト農家で自分の生産した商品が売れているのだったら、無闇な挑戦はよしたほうがいいと思いますよ、と有菜は答えた。

 魔法世界物産展はとても盛り上がった。売り上げで現実世界の農機具や家畜を買うらしい。最終日の打ち上げに参加できるということなので、有菜は打ち上げに参加し、さすがにアルコールは飲まなかったが酔っ払ってタコ踊りをするクライヴとそれをなだめるルーイという貴重なものを動画に撮った。

 翌朝、あちらの世界に帰る支度をしているクライヴたちに、あっちの食生活はどうですか、と有菜は尋ねた。

「ずいぶん良くなったよ。農協がまとめて売ってくれるから収入も上がってるし、貯金と利息の概念ができたからずいぶんお金が身近になった。魔物とは完全に和解して、魔物とも商取引しているから、もう魔物の肉を食べなくていいしね。ときどきスライムの肝が恋しくなるけど、そういうときはこっちの世界に来て魚釣りをすればいい」

 全て丸く収まったのである。


 クライヴのタコ踊り動画を、有菜は沙野に送った。午前中だけの講義のあと寮でダラダラしていると、沙野からメッセージアプリの電話がかかってきた。

「クライヴさんのタコ踊り、すごく笑っちゃった」

「いまそっち真夜中じゃないの?」

「うん、深夜というか明け方というか……でもそっちと連絡取れそうなのいましかなくて。カメラロールに異世界で撮った写真って残ってる?」

「たぶんあると思う……きさらぎ駅だっけか」

「ぜんぶ復活してるよ。見てみるといいと思う」

「まじで?!」

「でさ、夏休みに帰国するから、そのとき一緒に高校の裏行ってみようよ。きっと楽しいよ」

「そうだね、それはいいと思う」

「じゃあ……そろそろ寝なきゃね。またね」

「うん、またね」

 通話が切れて、有菜はカメラロールを開いた。最近は育てている野菜の写真が多いのだが、遡っていくと園芸部にいたころに撮った異世界の写真がある。

 素朴な田舎の高校生の、昔の自分たちが、楽しく異世界をエンジョイしている。

 夏休みは頑張って田舎に帰ろう。有菜はそう決めて、物産展で買ってきたフライドジキをかりっとかじった。青春の味がした。(完)

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異世界ゆる園芸部 金澤流都 @kanezya

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