#89 二段重ね

 土曜日の朝、有菜はもぞもぞと布団を這い出した。めっきり秋らしくなってよく眠れる。

 なにやらスマホのニュースアプリの通知がたくさん来ている。なんだなんだ。開いてみるが「よく分からないが緊急事態」というような内容で、見ているほうもよく分からない。

 とにかく着替えて歯を磨いて茶の間に向かう。両親がテレビを食い入るように見ていた。

「どしたの」

「なんかあんたの高校の裏に、変な世界に繋がるワープゲートができちゃったんだって」

 母親がそう言う。有菜は画面を覗き込んだ。うん、有菜の通う高校の、園芸部の活動場所だ。そこの空中に謎のぐるぐるができて、規制線が張られ、遠巻きにニュースのレポーターがやいのやいのと騒いでいる。

 有菜のスマホが鳴った。開いてみると沙野から、

「ニュースみた?」

 とメッセージがきていた。数秒後翔太が、

「見たっす。やばいっすね」と返信し、有菜も、「これどういうこと?」と返信した。少し遅れて春臣が、

「ふたつの世界が解き放たれたんじゃないかと思うでござる」とメッセージを送ってきた。

 ふたつの世界が解き放たれるって、こういうことか。そう思いながら画面を見つめていると、ぐるぐるしたワープゲートが、みりみりと音を立てて大きくなり始めた。レポーターは慌てて逃げ出した。

 テレビはスタジオに戻る。タレントとアナウンサーがあーでもないこーでもないといろいろ言っているが、どれもあの世界を捉えた言葉ではなかった。うーん……と見ていると、若い芸人が、「ドラクエモンスターズの『とびら』みたいなやつやないやろかと思いますよ」と言い出した。

 園芸部の活動はとりあえずお休みになった。非常事態にのんびり草むしりというわけにもいくまい。一同、いつものフードコートに集合し、情報の収集に当たることにした。

「テレビで聞いたんだけど、ドラクエモンスターズの『とびら』ってなに?」

 有菜がそう訊ねると、沙野がとうとうと、

「第一作のゲームボーイカラーのやつだね……主人公がモンスターの生息する世界に向かうための入り口で、ちょうどあんな感じでぐるぐるしてる」

 と説明してくれた。いやゲームボーイカラーてえらく昔の話だな、と有菜は思った。

「規制線張られて見にいけないし、どうしたらいいんだろう」

 沙野がため息をつく。

「なんかニュース見てたらあのぐるぐる突然巨大化したんすけど、もしかしてこっちの世界に、あっちの世界がメリメリしてくるんすかね」

 翔太の意見に一同顔を見合わせる。

「そうなったらいちいち心配しなくてよくてありがたいんだけど」

 有菜はそう答えた。スマホのニュースアプリを見るが、大した情報は入ってこない。

「有菜先輩はなんのニュースアプリ見てるでござるか?」

「ふつうにクーポンとかもらえるやつ」

「こういうときに最強なのがえねっちけーのニュース防災アプリでござるよ」

 春臣がスマホを置く。えねっちけーのニュースアプリは、まさにぐるぐるの出現したところを、定点カメラで映していた。

「俺たちの受信料が火を噴くぜ、でござる」

 春臣の謎発言はともかく、一同ぐるぐるを見ながら、沙野がツイッターを検索したのを見る。ツイッターではぐるぐるの正体について、みんないろいろな議論を戦わせていた。

「あっ」

 春臣が声を上げた。画面を見ると、ぐるぐるがぐにゃりと歪み、なにかヤバいことが起こったのが一目で分かった。歪んだぐるぐるはカッと光り、しばらくして光はおさまった。

 ――エケテの村だ。いつも花壇のむこうから見ていた景色が、そっくりそのまま現実に重なっている。どうなっているのかは正直よく分からないが、異世界とこの世界がくっついてしまった、というのは容易に想像できた。


 まずは自衛隊が動いた。あちらの世界はこちらの世界と、見えないドアのようなもので繋がっていて、入ろうと思えばあちらの世界に入れるし、入らないと思えば入らないこともできるようだ。

 世界が二段重ねになった、というのが正しい表現だろう。エケテの村は高校の敷地に重なっているようだ。

 自衛隊だけでなく、世界じゅうの然るべき機関が動いて、異世界の調査が始まった。ふつうに言葉は通じているし、特に恐ろしいものではない、というのが、有菜たちが高校を卒業する間際に判明したことだった。有菜たちはとっくに、そのことを知っていたのだが。


 卒業式の何日か前に、園芸部一同はこっそりと異世界に向かった。もう規制線は張られていない。マスコミの姿もない。

 エケテの村は相変わらず穏やかで、自衛隊やらその他外国の軍隊が押し寄せたはずなのに、みんないつも通り、当たり前に過ごしているようだった。

 お菓子の詰め合わせパックをテーブルに広げて、クライヴと話す。

「いやあ災難だった。まさか二つの世界が私の予想どおりあっちとこっちだったとは」

「こっちからあっちに行くことってできるんですか?」

「ちょっとやったことがないから分からないなあ。でもそれが出来たらマリシャは喜びそうだね、チョコレートがいつでも手に入るから」

「じゃあちょっとやってみましょうよ」

 有菜がそう提案して、クライヴの手を引っ張っていく。無事にクライヴは現実に入り込むことができた。

「これがあっちの世界かあ。うん、空気がすごく悪い」

 また異世界に戻って、現実となにか協定を結ぶべき、と沙野が提案する。クライヴは頷き、長老会に連絡してみる、と答えた。

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