十四話 口臭いアイツが浮気した

 先日、彼女から電話がかかってきた。来週、近くの喫茶店で彼女の友人と会ってほしいというものだった。


 そして来週。俺は呼ばれた喫茶店の中でも目立たない隅の席に腰を下ろす。しばらくして、彼女とその友人が来店し相席した。


「……で、話って何?」


俺が聞くとその友人は泣き出した。いきなり泣くなよ。面倒くさそうにしている俺に気づいた彼女は慌てて代わりに説明してくれた。


ナンちゃんがね、浮気されちゃったみたいなの。で、私が相談に乗ってたんだけど、どうしても浮気した側の気持ちがわからなくって、同じクラスで男子だったあなたの意見が聞きたいなって」


そういうこと。まあ、俺が招集された意味はわかったが、その言い方だと俺も浮気してるやつってニュアンスに聞こえるんだが。ちゃんと一途だからな。


「にしても、南ちゃんの彼氏ってタキだろ? アイツ、やりやがったな」


人の不幸は蜜の味。俺は少し面白く感じる。


「お待たせしました。カプチーノとカフェラテでございます」


ここで頼んでいた俺のカプチーノがやって来る。俺はマグカップに鼻を近づけ、その香りを愉しむ。ほのかに香るコーヒーが最高だ。


「やっぱり喫茶店の雰囲気と香りって最高だよな。喫茶店のコーヒーって高いけど、それを楽しむための料金も入ってるって思えば納得だ」

「そう? 私鼻炎持ちだから、香りとかよくわかんない」


南ちゃんが女子らしくない、「フゴッ」という音を鼻から鳴らした。


「道理でか。不思議だったんだ。口臭いアイツがなんで付き合えてるんだろって」

「こら、失礼でしょ!」


そう彼女に怒られる。俺は「ごめん」と謝りつつ、詳しい話を聞いた。


「浮気って具体的に何したんだよ」

「……」


南ちゃんはまた顔を沈めて泣き始める。そこで通訳人の彼女が再び口を開く。


「言いにくいんだけどさ、その、最後まで……したらしい」

「うわぁ。それはご愁傷さまだな」


俺は南ちゃんに同情しながら、一つ引っかかった。そんなことがあり得るのか。俺は脳内でシュミレーションしてみるが、やはり不可能だ。俺は確信する。


「思ったんだけどさ、たぶんそれ嘘じゃない?」

「……え?」


南ちゃんが顔を上げる。


「南ちゃん、現場を見たわけじゃないんだろ?」

「うん。瀧君のスマホを見ちゃっただけ」

「ならやっぱりそれ、考えすぎだと思うよ」


アイツは浮気なんてしてない。1年間同じクラスで、近くでアイツを見てきた俺だからこそ言える。アイツを知り尽くしている俺だから、自信を持って言えた。そんな俺に彼女が訊いてきた。


「やっぱり親友なだけあって凄い信頼関係ね。でも、瀧君のスマホには確信的な証拠があったの。それを覆すだけの説得力がある証拠や証言はないの?」

「いや、アイツの口、めちゃくちゃ臭ぇんだぜ? アイツとキスできんの、南ちゃん以外いるとは思えないよ」


その一言を期に、喫茶店は静まり返った。

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可笑しな夜咄屋さん 門矢稜星 @ryonryon0531

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