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日本海に面したその町は、訪れたわたしにひどく物悲しい印象だけを与えた。
あるいは町と呼ぶべきかも疑わしい。
ここにあるのはほとんどが無人化された設備群であって、かつて敷島博士が少女時代を過ごした場所の面影がどれほど残っているだろう。
それでも車窓からのこの眺めを小説に連ねられた言葉に重ねてしまうのは、きっと当時と変わることなく淡々と波を打ち寄せる、この海のせいかもしれない。
かつての博士の生家跡地まで、そう長く掛からなかった。
このこじんまりと建つ敷島記念館なる場所が、ロケットの寄贈先だと聞いている。
ロケットは廃棄処分を免れた。
主任が鑑定にかけたところ、博士ゆかりの品であると断定されたのだ。
意外なことにあのデブリは、敷島博士がこの町で打ち上げた四つのロケット、そのいずれでもなかった。
博士は後に同じ設計で、五つ目となる手製のロケットを打ち上げている。鑑定結果が示していたのはこの時代だが、決め手となった要素は他にある。
用紙の裏に残された走り書きが、博士本人の筆跡と一致したことだ。
寄贈のためというのであれば、わたしがここを訪れる必要などない。実のところロケットを携えてもいない。
ロケットの件は伏せたまま、一般客として訪れた記念館は、母が敷島博士の同級生であったという年配の女性一人の手で切り盛りされていた。
来客はめったにいないと語る彼女は、付きっ切りでひとつひとつ丁寧に所蔵物の説明をしてくれた。新しく作られた空っぽのスペースを前に、もう少し後であれば今度寄贈していただけるロケットをご覧いただけたのですが、と残念そうに語られたときには、さすがに苦笑いするほかなかった。
引き延ばされた集合写真から切り抜かれたとわかる敷島博士の写真からは、全体が写っていなくともその立ち位置が集団の端であることが理解できた。
その隣には誰もいない。
モニタに映る打ち上げ映像にも、『ぼく』に相当する人物は見当たらなかった。
最後に案内されたのは、記念館のすぐそばにある高台だった。
敷島博士の死後、遺体は宇宙葬に付されたが、遺言に従い小さな墓が建てられた。
この町のたて座が見える場所に。博士はそう言い遺したそうだ。
階段を登り終える前に墓碑が見えた。
言葉通りに見晴らしのいい場所で、だからこそ骨身に染みるような海からの風が吹き荒び、肌寒さに腕を抱いた。
立ち止まり、墓碑に刻まれた文言を指で辿る。
見覚えのある言葉だった。
わたしが動きを止めたのを見て、傍らの女性が解説を差し挟んでくれた。
「博士の言葉です。生涯の大半を英語圏で過ごしたのであまり知られていませんが、彼女は自らのことを、ぼく、と呼んでいたそうです」
振り向くことができるまで、少し時間が掛かった。
「博士に、親しい友人がいたという話はありますか」
尋ねた女性は、言葉なく首を横に振る。
「当時から寂れた土地だったこの町には、教師も含め博士の口にする言葉を理解できるものはいなかったそうです」
けれども、と女性が目線を過去に向ける。
「彼女は一人ではなかったと。遠くに見える敷島博士はいつだって、見えない友人でもいるかのように楽しそうに見えたと、母はそう言っていました」
棺は、わたしの目には空であるように見えた。
だけど。
彼女を呪った死ねども巡り、吹き溜まり、留まるものは、きっとここにある。
この場所で、彼女が生涯を費やし送り出した深宇宙探査船が去った銀河の中心へまっすぐな横顔の、まっすぐな視線を向けている。
墓標にはこの場所に眠る敷島可奈子の名と、彼女の言葉が刻まれている。
飛べ。ぼくの重力を振り切って、どこまでも遠くへ飛べ。
重さのない瓶にきみを詰めよう 狂フラフープ @berserkhoop
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