第20話 「咆える小犬と臆病大兎」

「犬飼。宇崎。お前らがどうしてここに呼び出されたか、分かっているな?」

 雷野は神妙な面持ちで、咆助と未亜を見ていた。

 生徒指導室には三人の他に、誰もいない。

 咆助はキョロキョロと目配せをしながらなんとか心を落ち着かせていた。

「やっぱり、アレっすかね……」

「公園で中学生を殴った件、そして先日の倉庫での喧嘩」

「……苦情でも来てるのか?」

「あっちの学校から、な」

 完全に呆れた顔つきで雷野はため息を吐く。

「とはいえ、話を聞いたら原因は野上中学の女子にあるそうじゃないか」

 珠美のことを言っているのだろう。彼女の彼氏の一人が真実を打ち明けたのかも知れない。

「とりあえずこの件に関して、君たちに処分を下すことはない。真実を打ち明けてくれた彼――拝君といったか、彼にも頭を下げられたからな」

 ――あの短気男が?

 咆助はにわかには信じられなかったが、彼なりに自責の念を抱いているのだろう。そう考えると少し彼を許そうという気になった。

「なぁ、先生……」

「ん、何だ?」

「珠美ちゃんは、その……」

 どうなるんだ、と言いかけたところで先に雷野が話した。

「今は一旦謹慎中だ。彼女に関しては色々な方面から口が入っているが、これもまた拝君が仲介役に回ってくれて穏便に抑えてくれている。全く、彼にはほとほと頭が上がらないな」

 そうか、アイツが……。

 多分、彼も完全にとは言えないが珠美のことを許したのかも知れない。

 咆助がほっと胸を撫で下ろしていると、突然雷野の顔が険しくなった。

「それよりも、だ。宇崎」突然彼女の矛先が未亜に向いた。「お前、一体どういうつもりだ?」

 未亜はビクリ、として黙り込んだ。

「おいおい、未亜は何もしていないぜ! コイツは完全に被害者……」

「犬飼は黙ってろ」

 冷たい口調で諭され、咆助も黙り込む。

 この人だけには勝てないと思えた自分が心底情けなく思えた。

「お前のしたことは、立派な規約違反だ」

「えっと、その……」

「約束を覚えているか? 言ってみろ」

 未亜は小刻みに震える身体を止め、まっすぐ前を見た。

「そんなの、知りません」

「何だと?」

 いつになく強気な口調で言い返す未亜に、雷野はムッと顔を顰めた。

「私は、咆助くんのことが好きです。私のことをこんなに好きでいてくれる彼を、私は好きになりました。だから、その……」

 少し言葉に詰まる。

 しかし、すぐに彼女は前を向きなおした。

「私は、絶対に咆助くんを幸せにします!」

「その言葉、本当だな?」

「はい!」

 まっすぐ、そして純粋に彼女は返事をした。

 すると、雷野は一気に顔を緩め、

「そうか、ならば問題はない」

「でも、私がしたことは到底許されることではありません」

「おい、コラ」

 頭にクエスチョンマークを浮かべながら、咆助が口を挟んだ。

「一体何の話だよ。喧嘩の件で呼び出されたんじゃないのか?」

 しかし二人は咆助を無視するかのように話を続ける。

「これ、返します」

 未亜はすっと机の上に何かを差し出した。

 それは一枚のカードだった。パスケースに入る大きさの茶色いもので、そしてそこには何故か「会員番号2」と大きく書かれている。

 ――会員、番号?

 咆助はふと推理を働かせる。というより、このストーリーの中で会員番号なるものが関わってくる事象などひとつしか出てこなかった。

「いや、別にいい」

「ですが……」

「今までどおり、続けてくれたまえ。“副会長”」

 咆助は完全に考えるのを止めた。

 そして開いた口を強張らせながら、彼女らをじっと見つめた。

「しかし、まさか君が犬飼と付き合うことになるとはな」

「私も、夢みたいです……」

「規約違反だが、うちの会員たちはそんなヤワじゃないし、まぁいいだろう」

 なんとか口を閉じた咆助は目を釣りあがらせて、

「おい、未亜」

「え、うん……」

「副会長って、お前まさか……」

「そうだ」

 雷野が首肯する。

「我が犬飼咆助ファンクラブの、名誉ある副会長なのだよ、彼女は」

 えへへ、と照れ笑いを咆助に向ける未亜。

 何故だろうか、その顔は可愛いのだが可愛くない。

「いやぁ、それにしても驚いたぞ。犬飼が好きな女子がいるということだから探りを入れるために君を差し向けたら、まさか君が犬飼と付き合うことになるとは。ミイラ取りがなんとやら、というヤツか」

 大きく口を開いて笑う雷野。

 未亜もつられてクスクスと微笑んだ。

「おい、未亜……」

「え?」

「やっぱり、あの告白はナシだ」

 咆助は彼なりに鋭い形相で二人を睨んだ。

「ナシってのはナシだ。一度告白してOKもらったクセに、随分自分勝手だな」

「まぁそういうわけだから、よろしくね、咆助くん」

 彼女のあどけない笑顔が、咆助には悪魔の嘲笑にしか感じ取れなかった。

 しかし、それは誰よりも可愛らしい笑顔に違いなかった。

 こんな笑顔を差し向けられてしまっては……

「クソッ、なんでこんなに可愛いんだよ、お前はよおおおおおおおぉぉッ!」


 小犬の力一杯の咆哮と、大兎のあどけない笑顔が生徒指導室に満ち溢れていた。

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咆える小犬と臆病大兎 和泉公也 @Izumi_Kimiya

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