エピローグ
第19話 「告白」
放課後の屋上は昼間とは違って閑散としている。
日が傾いたせいか、気候はやや涼しくそよ風さえ吹いている。おそらくもう少しで日直の先生か誰かが鍵を閉めに来るだろう。
鯨木はため息を吐きながら、下校中の生徒たちを見下ろした。
「疲れたダ」
「ホントだね」
隣には何故か寅田がいる。学校は違うが、彼に会うためにこっそり忍び込んだのだ。
「てかよぉ、寅田サンはいいんだけど」鮫島は横を向く。「何で、碇の姉さんまでいるの?」
月音が手すりにもたれながら座り込み、じっと空を眺めていた。
「なんていうかな、感傷に耽りたい気分やねん」
「別にここじゃないくてもいいダ」
本音を言えば寅田と二人きりになりたい鯨木だったが、口には出さないようにした。
「んー、ほら、他に気になることも、あるやん」
「気になること、ねぇ」
「咆助のことダ?」
「あぁ……、あの喧嘩な」
そういって、全員が一斉にため息を吐いた。
「しかしなぁ」
「まさか、ねぇ」
「ホンマになぁ」
「あそこで負けるか、普通!?」
倉庫内で起こった、咆助と拝の一騎打ち。
思い出すだけでもシビアな緊迫感があそこに漂っていた。
……はずだった。
「うおおおおおぉぉぉッ!」
「あああああぁぁぁぁッ!」
激しい雄たけびと共に、両者の拳が飛び掛った。
次の瞬間――
「あ、れ……」
咆助が突然萎んだ風船のように、急激に力が抜けていった。
彼の視界は既にグルグルと回っており、目の前にいるはずの拝の姿さえも覚束なくなっていた。
拝の拳は咆助に当たることはなかった。その前に咆助は彼の前に倒れ伏してしまったからだ。
拝も、珠美も、その場にいた全員が呆然とこの結果を眺めて何かを考えているしかなかった。
「まぁしょうがないダ」
「公園で喧嘩したときの怪我だって癒えていなかったから仕方がないけどよぉ……」
「咆助、格好悪すぎやろ……」
流石の月音もフォローは出来なかった。
「けど、どうするんだい? 犬飼のボウヤは」
寅田に尋ねられるも、鮫島も鯨木も首を横に振るしかなかった。
「さぁな。アイツもアイツなりに考えてんだろ」
「今日はずっと物思いに耽っていたダ」
「咆助、あれで意外と繊細だからな」
「心配やな……」
屋上内が重苦しい雰囲気に包まれた。
そうこうしていると、屋上に誰かがやってくる。
四人は物陰からその人物を追った。それは良く知っている人物だった。
「う、宇崎!?」
とぼとぼと歩きながら、未亜が屋上にやってきた。
彼女は俯きながら、屋上の端っこで立ち止まった。四人がゆっくりと近づいていくと、そこにはもう一人、別の人間がいた。
「よっ」
「犬飼君……話って何?」
今日一日の憂いた顔はどこにいったのか、咆助は彼女に明るい笑顔を振りまいた。
「いや、まずはさ」
コホン、と咳払いを挟む。
「昨日は、その……ごめんな。俺のせいで、お前に怖いもの見せちゃって」
未亜は黙り込んだ。そして反応に迷った挙句、首を横に振った。
「だ、大丈夫、だよ」
「幻滅、しただろ? なんていうか、格好悪いところも見せたし」
「そんなこと、ない」
「もうさ、正直謝りたいこといっぱいあるんだよな。だけど、どこから謝ればいいのか整理できてなくて、まずそれから謝らなきゃって……」
最早お互いにたどたどしい会話しか出来ていない。
物陰から見ている四人も、
「何をしているダ?」
「見ていらんないよ」
「咆助、アタックしちまえ!」
「ああ、なんやイライラするわ!」
と、煮え切らない咆助に苛立ちが沸いていた。
咆助は深呼吸をして、真摯な目つきで未亜を見据えた。
「い、犬飼、君?」
未亜には見たことのない目だった。
咆助がここまで弱みを見せたのは、あの失恋した時に続いて二度目だ。未亜の中で、強がりな彼が持つ本当の弱さを知った瞬間でもある。
でも、今の咆助の目を見て、彼女は思った。
これが、彼の本当の強さだ、と。
「未亜ッ!」
「は、はい!」
思わず未亜は起立の体勢になる。
「単刀直入に言うぜ」
未亜はごくり、と唾を飲み込む。
屋上に風が吹いたのを確認して、咆助は言い放った。
「俺、お前のことが好きだ」
屋上に静寂が響いた。
未亜も、物陰から見ている四人も、そして咆助自身さえも……。
それ以上の言葉より先に進むことが出来なかった。
「えっと……」
戸惑った未亜は、思わず下を向く。
「振るなら今のうちに振ってくれ。格好悪いけどさ、もう下手に自分の気持ちを隠して強がりたくないんだ」
「う、うん……」
「俺は、お前のことを世界で一番可愛い女子だと思っている」
「あ、ありがとう……」
「お前は臆病だけど、優しくて人の弱さとかを知っているんだと思う」
「……嬉しい」
「珠美ちゃんに振られたときにさ、分かったよ。お前の優しさとか、お前の強さとか」
「咆助、くん……」
「付き合ってくれなんていわないけど、俺の気持ちを少しでも知ってほしい」
「……いいよ」
「いいか、俺は何があってもお前のことを信じる。お前の味方でいる」
「咆助くんとなら、いいよ……」
「お前が俺のこと嫌いというなら、俺はもうこれ以上関わらない」
「……だから」
「でも、ここに俺というお前の味方が一人いることは覚えておけ!」
「……」
未亜は一呼吸置いて、
「だから! 咆助くんとならいいって言ってるじゃないっ!」
屋上内に響き渡る声で、精一杯叫んだ。
二人の間を、強い風が吹く。
咆助は目を丸くしたまま、呆然と立ち尽くした。
しばらくして、彼の首元に柔らかな感触が伝わる。そして、優しい匂いが彼の鼻腔に漂ってきた。
「えっと……いいの?」
「……うん。こちらこそ、よろしくお願いします」
いつもの弱々しい声で囁きながら、未亜は咆助に抱きついた。
身長差二十センチほどの男女。
一人は強気に咆える子犬のような少年。
もう一人は、臆病だけど図体と心の大きな兎のような少女。
ここに、そんな凸凹のカップルが誕生した――。
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