第18話 「噛み砕く男たち」
その後の倉庫内は既にしっちゃかめっちゃかに乱戦状態となっていた。
覚醒した咆助が、未亜を守りつつ一人撃破――。
月音は竹刀を片手に、二人撃破――。
鯨木寅田コンビには、どれほどの男たちが倒されたかは不明――。
鮫島はフィギュアを大事そうに抱えているにも関わらず、蹴りだけで四人は軽く倒しただろう――。
拝もまた、プライドが許さないのか五人か六人ぐらいは倒した――。
あらかたの男たちが倒れこみ、庫内は静寂な空気と共に彼氏と呼ばれた男たちの成れの果てが床に汚く並べられている。
残された珠美はといえば、流石に恐怖を感じて隅のほうで震えていた。
「さて、あとはてめぇだけだな」
拝が珠美のほうへ近付いていく。
彼の目は鋭く吊り上り、高い位置からキツく睨みつける。
「い、や……」
「可愛さ余って憎さが百倍、というヤツだ。てめぇは……、てめぇだけは絶対、許さねぇ!」
拝は右腕を大きく振りかざそうとした。
その瞬間――
「うおぉぉぉッ!」
拝の背中に強い衝撃が奔る。
あまり痛くはないが、拝の矛先を変えるには充分すぎる刺激だった。
「おい、どういうつもりだ?」
彼の背後に、拳を握った咆助の姿があった。
「手を出すんじゃねぇ……」
「あん?」
「拝ぃッ! てめぇに珠美ちゃんを殴る資格はねぇッ!」
「ハッ!」地面に唾を吐いて、拝は咆助を睨んだ。「空気読めよ。てめぇもコイツの被害者だろうがッ!」
「そんなことはどうだっていいッ!」咆助は怒りを露にしていた。しかしそれは自らを嵌めた珠美に対するものではなかった。「てめぇ、未亜をここに連れてきてどうするつもりだった? 俺をおびき寄せるための罠だったとはいえ、ただで済ます気はなかったんだろ?」
「そ、それは……」
拝は狼狽する。
「文句があんなら俺に直接掛かってこればいいだろうがッ! 言っておくけどな、ここまでしておいて『未亜に危害を加えるつもりはなかった』なんてのはナシだぜ」
「クッ……」
遂に、拝は言葉を失った。
そんな彼を見て、珠美もまた驚きを隠せない様子だった。
「バ、バカじゃないんですか!? 私は……、私なんかを、助けるとか、マジで意味わかんないんですけど……」
「だろうな。俺は大馬鹿だ」
軽く鼻で笑って、咆助は首を捻った。
「でもさ、やっぱり俺、珠美ちゃんのこと好きだったし。その、ラブだったのがちょっとライクになったけど、好きなのには変わりないからな。それに目の前で女の子が殴られそうになっているのを黙って見ているのも、なんていうか性に合わないんだよな」
しばらく、珠美は咆助をじっと見つめていた。
いつも頼りなく、ヘラヘラと笑っていた先輩。背が低く、格好良いというよりは可愛い系のカテゴリーに属し、あまりタイプではなかった。寧ろ反吐が出るほど嫌な存在だった。
しかし、今は――
「おい、犬飼咆助」拝が重厚な睨みを咆助に放った。「だったら望みどおりてめぇから噛み砕いてやんよ!」
「ああ、上等だ。俺もてめぇを、噛み砕く!」
獰猛な野獣二匹が、睨みながら互いに見合った。
腰を落とし、頃合を見計らう。今にも両者は殺し合いそうなほどの緊張感が迸り、次第にそれは倉庫内にいる面々全体にも伝わってきた。
珠美はその二人の横をすり抜け、出口に向かおうとした。
「待ちぃな」
月音の声が彼女の動きを止める。
「な、何ですか……」
「逃げようったって、そうはイカンで。アンタは自分が一体何をしたのか分かっとんのか?」
珠美は顔を引きつらせながら、
「だ、だって……」
「アンタには自覚してもらわなあかんねん。自分がどれほどのことをして、どれだけ人を傷つけたのか」
「バ、バカみたい……。あんな、あんな男たちのために!」
その瞬間だった――。
強く破裂するような、パチンという音が庫内に響き渡った。
いつの間にか珠美の左頬が赤く腫れ上がり、彼女自身も何が起こったのか分からない様子で呆然としていた。
「咆助をあんな男呼ばわりするのは許さへんで」
月音は振り上げた左手を、ゆっくり下ろしていく。
「ホンマ、アンタにだけは咆助を取られんで良かったわ。ええか、もう一度言うで。アンタにはその目でしっかり見ておく義務があるんや。アンタのことが一度でも好きになった連中の、男気ってヤツをな」
月音に言われて、しぶしぶと珠美も咆助たちのほうを見た。
両者の全身に、更なる重みが掛かる。猛獣たちが今か今かと獲物に襲い掛かるタイミングを図っているかのようだ。
二人は右手に力を込めた。
そして、
「うおおおおおぉぉぉッ!」
「あああああぁぁぁぁッ!」
激しい雄たけびと共に、二人の重い拳が飛び掛った――。
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