第3話 24時間一緒に入れるのは今だけ

 毎朝目を開けると、最初に飛び込んでくるのが息子の寝顔。

 スヤスヤと気持ちよさそうに呼吸をして、プッテリとした口元がもう可愛い。

 目が覚めて1秒でもう可愛いなんて幸せが過ぎるのではないかしら。そんなことを考えつつ、そっと音を立てないように布団から抜け出る。天使が起きる前に洗顔と朝の家事を済ませてしまいたい。

 洗濯を回し、ミルクを用意し、昨晩のオムツ取り替え回数を日記にメモしてコーヒーを入れる。吹き抜けに光がいっぱい降り注ぐ実家のリビングは、楽園のように居心地が良かった。

 ふにええ、とか細い声に思考するより前に体が息子の隣に向かう。

「おはよぉ! かわいいでちゅね。よく寝ましたね。今日も朝起きて偉い!」

 午前からこんなにもテンションが上がる。

 上がらざるを得ない。

 まだ目が開ききらず、黒目がちな純粋な瞳がじっとこちらを見つめる。声の聞き分けや匂いは分かっているようだけれど、まだ表情までは見えてないはず。

 だからこそテンションは本能で上がる。


 大丈夫よ。

 ママが隣にいるからね。

 安心していいんだよ。


 両腕の中に息子を横抱きにして、窓から差し込む直射日光に顔を晒さないようにそっとリビングを歩き回る。レースのカーテン越しに庭の木々を説明し、家の中の家具や小物を説明する。

「もうすぐ洗濯が終わるからね。そしたらママ急いで干してきちゃうから」

 意味はわからなくてもいい。

 ただただ、たくさん話しかけたかった。

 両親は仕事に出かけ、夜まで息子と二人きりの日々。

 何ヶ月から外に連れて出ようかしら。

 外気に当てていいのかな。

 虫に刺されたらどうしよう。

 何かを触ってその指をしゃぶったら湿疹が出ないかな。

 息子は首回りの湿疹が多い方だったので、少しの赤みが出るだけでとても心配で胸が騒いだ。軟膏もあまり効果はなく、検診でも異常はないので清潔と保湿を気をつけて2週間かけて引いていくのを経過観察するのみだった。

「ごめんね。痛くない? 本当にごめんね」

 何もかもが自分の責任で、何もかもがとても大きなことに思えた。

 こんなにも一緒にいれる時間は今だけかもしれないから。

 何が原因で肌が荒れて、涙が出て、苦しそうにしてしまうのか、神経を研ぎ澄ませて注意深く息子の全身を確認した。

 今日も元気でいてくれてありがとう。

 明日も楽しく過ごそうね。

 毎日が約束と幸せと不安で満ちていた。

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いとしの我が子 片桐瑠衣 @katagiri

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