最終話 一番大切なもの


「お兄起きてよ! いつまで寝てるの?」


 相変わらずの大きな声と同時に眩しい光が差し込み閃光玉をくらった気分になる。


「ん? ああ、なんだ喜奈か……」


 部屋に一筋の朝日が差し込んだ。


 どうやら朝日を差し込ませた犯人はこの子らしい。 


「せっかく起こしに来てやったのに『なんだ喜奈か』って何?」


 おやおや、喜奈さんは朝からご立腹ですか…ここは一つ。


「……おはようのキスの時間か。やれやれ、仕方ないな」


 むくっと起き上がり喜奈に近づく。


「お兄はバカか。もう一回寝てろ」


 朝から強烈な蹴りを腹に喰らった。まるで茉莉だ。


 リビングからはいつも通りこんがり焼けたパンの匂いとそれと呼吸を合わせるかのように、コーヒーのコクのある香りが絡まって絶妙なハーモニーを奏でている。

 この至福を味わうために俺は今日も生きているんだ。


「お兄おはよー」


 喜奈は相変わらず椅子に座りコーヒー片手にテレビニュースを見ている。


「むにゃむにゃ。おはよー」


「何その挨拶。朝からきもいよ」


「なんだ喜奈、朝っぱらから蹴りを入れた兄に対して追撃のメンタル攻撃かよ。俺のメンタルはお前みたいに強く無いんだ。――それより、体調はどうだ?」


「うん、大丈夫。……お兄、昨日はありがとね。お兄が『プライドは不必要』って言ってた意味が少しわかった気がするよ。なんか大分楽になった気がする」


 喜奈は喜奈なりのプライドが邪魔して誰にも甘えることが出来なかったんだ。


「なら良かった。 でも治ったわけじゃないんだろ?」


「うん、そうみたいだね。でもお兄、そんなに急がなくてもいいよ。また辛くなったらお兄にギュッてしてもらうから……」


 喜奈が顔を赤く染めてそう言った。


「あ、ああ。い、いつでもギュッてしてやるよ?」


 俺は面と向かってそう言われると、動揺を隠せない。


「何照れてんの? マジできもいよ」


 え、なんなのこれが本物のツンデレ? やだ人間不信になりそう。


「じゃあ私行くね、お兄」


「おう、気をつけてな」


 さてと、俺も朝ごはんを食べたら行くとしますかね。


 俺の妹、今成喜奈は天才だ。


 一度聞いた人の声は忘れられない。ある意味呪いのような病気、怪奇現症。


 その病気が発病しながらも平然を装って誰にも迷惑を掛けなかった。だがその代償として、いつしか自分の感情が無になっていた。いや、感情を無にするしか自我を保てなかった。


 だが彼女はその苦しみを耐え抜いた。俺だと1日すらも持たないであろう病気から彼女はおよそ1年近くも闘い耐え抜いていた。まさに天才。そんな妹を俺は誇りに思う。


 そして絶対に救ってやる。もう2度と辛い思いをさせないために……。





 時間は流れて放課後、いつも通り俺と青と茉莉の3人が美術室に集まる。


「できた! これが本物の私、白山茉莉が描いた『一番大切なもの』です」


 元気のいい発声とともに腕を組んだ茉莉が自分の描いた絵を眺めている。


「どれどれ部長が直々に念査してやろうか」


 俺は絵を見るために茉莉のもとに歩いて近づいた。


「ちょっと春さん、近過ぎ」


 何も考えずに茉莉の描いた絵を見にきたが思いのほか近づき過ぎていたためか、頬と耳を赤くした茉莉が俺を両手で反対方向に押し返した。


「いたっ。何するんだよ……ってこれ俺たちじゃん!」


 茉莉が描いた絵に映るのは夜の公園で街灯の灯りに照らされている春たち3人の笑顔。真ん中に茉莉が笑顔で両手でピースをしていて、左側に春がいて相変わらず無愛想な顔だが、どこか満足しているような表情でピースをしている。そして青が右側でニヤニヤしながらこっそりとピースをしている。


 PEACE 平和。


 それは逆境を乗り越えられた茉莉だからこそできる最高の笑顔だった。


「いやぁ、この前の絵も良かったんだけれど、この絵はもっといいよ。茉莉ちゃん、うちに来ないかい?」


 青が名物プロデューサー風な物言いで茉莉の絵を褒めた。それを見た俺は持っていた筆で青の頭を「コツン」と叩く。


「誰だよ、お前……。ところでなんで俺たちなんだ?」


「春さんも変なこと聞きますよね。あれだけ紳士になって下さいって言ったのに……。まぁ私にとっての初めての友達ですからね。に決まっているじゃないですか。

『いいね』と『コメント』お待ちしていますよ。あと誹謗中傷も受け付けていますけど、命を捨てる覚悟で来てくださいね。人生からバンしますから。てへっ」


 茉莉が舌を出してウィンクをした。


 なにが「てへっ」だ。


 茉莉のやつ、自分をセンターで輝かせるあたりが、相変わらずだ。

 

 だがそれが白山茉莉らしくていいんじゃないかな。


 この世界は白山茉莉を中心として回っている世界では無い。ただ中心ではなくても、そこで白山茉莉が輝いているという事実は変わらない。自分の人生の主人公は友達や他人、有名人でもなく自分自身なんだ。


 そう思わせてくれる最高の作品だと言えるだろう。


 青のやつも絵をみながら涙を浮かべている。


「茉莉ちゃん、この絵、いくらするの?」


「青さん残念。私が塗りつぶした絵なら売れるかもしれないけどですからね」


 茉莉が自慢げに答えた。


「じゃあそのプライスレスの絵は俺たちの部室に飾ろうぜ。友情の証ってことで」


 茉莉が赤面し春の顔をみつめる。


「……ま、まぁそういうことなら仕方ないかな。いいですよ別に、春さんが言うなら」


 そして茉莉が描いた絵は美術室の大きな柱に飾られる事になった。


 飾られた絵を眺めながら茉莉がポツリと一言。


「我ながら最高の絵だね。弟たちにも自慢したいよ、私の最高の友達だって……」


 白山茉莉……茉莉花……ジャスミン。


 ジャスミンの花言葉は愛想のいい、または愛らしさ。

 まさに茉莉にぴったりの花言葉だ。


 なにはともあれ彼女はこれからも前向きに生きていけるだろう。そしてこれから起こるいろんなことが最悪だとは思わないのだろう。一度どん底を経験した人間は強い。落ちるところまで落ちたのだから。

 最低を経験してきたのだから。

 

 その先にあるのは最低以上で、後はひたすら駆け上がるしかないのだ。それが人生の楽しみの一つであるように。


 

 そう思い白山茉莉は笑った。



 Fine



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アドレッセンス・ストーリー tomis brown @tominary

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