第四十三話 置去


あれから、本当に仕事を放棄して不良少女たちと談笑している桜雪さん。


まったく酷い店主である。私なんて、まだまだ可愛い方だったのかもしれない。


そんな中私と沢崎さんは、一緒に混ざって楽しんでいる白井さんを無理やり引っ張り出して、一方的にレジ仕事を託す。


「じゃあ俺たちは配達行ってくるから。後のことは白井、お前に任せた」


「ちょっ! ちょっと待って欲しいっす! うち、レジとかやったことないっすよ!?」


唐突に大役を任された白井さんが、声を大にして抗議する。


「大丈夫だ。お前なら何とかなる」


白井さんの両肩を優しく掴み、沢崎さんが屈託のない笑顔で励ます。


この台詞に何の根拠もないことは、誰が見ても明らかである。


「何が大丈夫なんすか!? 根拠のない大丈夫ほど怖いものはないっすよ!」


ごもっともな意見だった。確かに私も逆の立場なら同じことを言っていただろう。


「……まあほら、困ったら二階にいるアホ店主を呼べば平気だって。な?」


それだけ言って、そそくさと荷物片手に店を離れようとする沢崎さん。


「ま、待って欲しいっす! そもそも、配達ならバイクに乗れるウチが行くべきっす! 絶対そっちの方が早いっすよ!!」


容赦なく店を離れようとする沢崎さんに対し、白井さんが負けじと反論する。


「最初は、私たちもそう思ったんですけどね……」


「お前たちのバイクってほら、だいぶ改造しているだろ? 常識的に考えて、あれで配達行くのは流石にヤバいだろって話になってさ」


「姉御が常識を気にするんすか!!」


必死の形相でツッコミをいれる白井さん。気持ちは分かるがだいぶ失礼である。


「いやーだってよ、配達先小学校だぜ? 流石に不味いだろ……」


実際問題、沢崎さんの言う通りではある。奇抜に改造されたバイクで校門をくぐろうものなら、速攻お店にクレームが入るだろう。これほど分かりやすい地雷はない。


車体に喧嘩上等のステッカーとか、無駄に長い背もたれとかあるし……。これで配達してクレームがなかったら奇跡とすら思えるレベルだ。


「小学校……そ、それは……そうっすね……」


あまりの正論に、渋い顔をしながら言い淀む白井さん。


「というわけで、後は任せた」


白井さんの頭を撫でるように右手をのせ、無責任にそう告げる沢崎さん。


「……早く、帰ってきて欲しいっす」


もうこれ以上抗えないと悟り、白井さんが最後に絞り出した言葉は……本心から来る素直な感情だった。


******


お弁当屋から徒歩で十分ほど歩いた先にある、小学校への配達を終えた帰り道。


「ふー。配達も終えたことだし、どっかで腹ごしらえでもすっか」


時刻は十三時半。私と沢崎さんはお昼を食べておらず、すっかりお腹を空かせていた。


「え?」


鬼か。という感想が真っ先に脳内に浮かぶ。確かに私たちは昼食を済ませていない。しかし今、お店には小動物のように震えながら、飼い主という名の沢崎さんを待っている白井さんがいるのだ。


あの時私たちは白井さんの子犬のような眼差しに、後ろ髪を引かれつつも配達に行ったはず。まっすぐ帰ると思っていただけに、沢崎さんの台詞は予想外だった。


もしかして、沢崎さんは何とも思っていなかった……?


「早く帰ってあげた方が良いのでは? 白井さん、とても心細そうでしたよ?」


「いやーでもよ、春姉だって腹減っただろ?」


「それは……そうですけど」


「このまま帰ったら飯食うタイミング逃しちゃうし、パッと済ませて帰れば白井だって許してくれるって」


あっけらかんとした様子の沢崎さんに対し、私は数秒悩んで仕方なしに同意する。


実際私もお腹が空いていたのは確かなので、その提案はありがたくもあった。


心の中で白井さんに謝罪しながら、沢崎さんとお昼の相談をする。


「……それでは、早く済ませられる場所にしましょうか。沢崎さんの家から少し歩いたところに、ラーメン屋がありましたよね? そこに行ってみたいです」


「ん? それって隣の中華屋? それとも裏にあるねぎやのことか?」


「おそらく後者かと……あの、黄色っぽい見た目のお店なんですけど」


今日の朝通りがかって見た記憶を必死に思い出しながら、沢崎さんに特徴を説明する。


「ああ、ねぎやだな。近いってのもあってよく行くけど、味は悪くないぜ」


口ぶりからして常連そうな沢崎さんが、悪くないと評価したのなら期待も持てる。


「では『ねぎや』に行きませんか? 以前沢崎さんとお店のラーメンを経験してから、他のラーメンも食べてみたいなと思っていたので」


「その台詞、白井が聞いたら喜ぶぞー。もれなく週七でラーメンになるけど」


「……毎日ラーメンだけは勘弁してください」


他愛のない話をしながら、ねぎやと呼ばれるラーメン屋に向かう。


九月中旬とは言え、真昼ともなれば日差しはまだまだ強い。


そんな状況でもラーメンを食べたいと思える、これが若さなのだろうか……なんて。

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春風ドリップ 七瀬 @witchmihuyu

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