おおよそ8年くらい前、ライターのトライアル用として書き上げた春風ドリップの1話。
色々あって発掘出来たので、だいぶ死にたくなるけど載せてみます。
根本、今とほとんど変わってなくて泣きそう
成長とは()
カクヨムで最初に載せた時確かほとんどこのままだったはず。
この内容で続きを読もうと思ってくれた読者には感謝しかありません、、、
【前に言ったかもしれない裏話】
親戚が営む沼津の喫茶店に行き、感銘を受けてその日の夜に徹夜で書き上げたのが↓の一話。
武藤さんとのやり取り後に字数余ってどうしようかと思った時に、
当時の自分の過去を一部織り交ぜた話を追加しました。
【作品での話】
上司にブチギレて退職届叩きつけて辞めた
【実際の話】
私が安月給を理由に退職予定で、既に周りにも周知済みだった中、相変わらず上司が私をいびってくるもんだからブチギレて反論。
そしたら上司に何だその態度は!!とキレ返されて殴られて、
そこで私もスイッチが入って殴り合いの大揉めに発展した
※当時22歳
今思えば本当に若気の至りというか、これも黒歴史でしかないですね。
当時の自分は幼く、非常に愚かだったと猛省してます……。
と同時に、春風の台詞である
「誰も自分の人生の選択に対し責任なんて取ってくれませんからね」
って言葉が、結構自分に刺さったことを思い出した
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毎日が忙しなく流れていく中で、したかった事や叶えたい夢を見失いただ時だけが過ぎていく。
周りの人間が家族を築き、地位を築き安定を得ていく事に焦りを感じたりして。
後悔すらしなくなり、惰性と妥協の中で生きていく。
長い人生の間で、すれ違う夢追い人にかつての自分を重ねたりしてひそやかに応援なんてしたりして。
いつからだろう、夢を追う事が苦痛に変わり始めたのは。
いつからだろう、過去にすがり立ち止まってしまったのは。
「あの……なんですかこれ」
訝しげな表情を浮かべながら、目の前に居る女性にポエムにも似た文章について問いかける。
ここは駅から離れた閑静な住宅街に位置する、レトロな雰囲気が漂う小さな喫茶店「ミニドリップ」
カウンター席が4つとテーブル席が3つ程しかなく、喧騒から離れた閑静な雰囲気がウリである。
そこで働く私こと香笛 春風と、このポエムのような文章を書いた本人である武藤さん。
端正な顔立ちに肩まで伸びた薄茶色の髪、ふんわりとカールがかった感じが柔らかな性格の印象を与えてくれる。
黒のスーツ越しにも分かる細い腰回り、それに反比例するような豊満な胸部は、女性の誰しもが羨むであろう体型である。
本人曰く、見た目に対する努力は人一倍しているとの事。
小さなメモ帳に乱雑に書かれたその文章を、そんな20代後半以上と思われる女性が書いたのだから聞きたくもなる。
「いやー私ね、作家デビューしようかなーって」
少し気恥ずかしそうに呟いて、表情を隠すように先程私が淹れたコーヒーを飲み始める。
「……このセンスでですか?」
思わず、冷たい視線を武藤さんに送る。
「はるちゃん結構バッサリ言うね……」
「いえ、それも武藤さんの為を思ってです」
表情を変えず、そう返すも武藤さんはどこか不服そうだった。
「その顔は絶対思ってないやつ」
そんな武藤さんの言い分も意に介さず、私はカウンターにて洗ったカップを拭き始める。
時刻は20時、カウンター席にいる武藤さんを除いて他に誰もいない。
私が高校生である為、営業時間は17時頃から長くても22時頃となっている。
来る人はほとんど義父の代からの常連と、今目の前に居る武藤さんが多い。
現在、義父がある日を境に行方が分からなくなり、それからは私がこのお店を代わりに経営している。
店の金庫に入っていた莫大なお金と、経営から淹れ方まで網羅している秘伝の書を読破し何とかここまで続ける事が出来ている。
度々、行方不明になる放浪癖があるのでそこまで私は心配していないが、せめて何かしら言ってから店を空けて欲しい。
「それにしても、随分コーヒー淹れるの上手くなったよね」
手元のカップを見つめながら、そう呟く武藤さん。
「……毎日練習しましたからね」
「最初なんか泥水に近くてもうね……それを言ったら半ギレで粉末のブレンディ溶かして出してくるし凄かったなぁ」
呆れた笑みを浮かべながら、当時を振り返る武藤さん。
「確かあの時は……武藤さんが各業界の御曹司達と合コンで失敗した日でしたっけ」
やり返すようにしたり顔で聞き返す。案の定武藤さんのスイッチが入った。
「あの合コンはホンット最悪だったわ!所詮親の七光り共で甘えた考えのク……!」
「もういい、もういいです」
罵詈雑言がすらすら出てくる武藤さんを制止し、下手にスイッチを入れてしまった事をすぐに後悔した。
外見が良いのに未だ結婚相手が居ないのは、きっとこういう所なんだろう。
「どうしたの、急にまじまじ見ちゃって。ホレちゃった?」
からかうように、こちらを指差しながらささやく武藤さん。
自分の容姿と比べてみるも、若さ以外で勝てる部分はありそうになかった。
整えられた黒髪は背後で束ねられ、腰ほどまで伸ばした清潔感のある髪型。
無駄な肉はない自信はあるが、必要な肉もほとんどないのであまり強くは言えない。
愛想はないと言われるが、個人的には笑顔を出してるつもりではある。
「中身がもっとまともなら、きっと今頃結婚に苦労はしてなかったんでしょうね……」
「誰が生き遅れのお一人様エンジョイ勢だって?ん?」
「いえ、そこまでは言ってないです」
見た目は良いのに中身がなぁ……なんて失礼な事をつい考えてしまった。
「はぁーどっかにイイ男いないかなぁ」
頬杖つきながら嘆く武藤さん、割と目が本気である。
……そんなに結婚をしたいのだろうか?私にはまだ分かりそうにない。
「……ちなみに、どんな人がタイプなんですか」
興味半分で、そんな事を聞いてみる。
「ボーイ・ミーツ・ガールやcrazy gonna crazyに合わせて完璧に踊れる長髪の人かな」
「サムじゃないですか……」
冷めた眼差しでそうツッコむ。
「もしくは海の似合う、緑の髪で褐色の筋肉男とか」
「それもサムです」
「ところでこのサトームセンを見てくれ、こいつをどう思う?」
「凄く……サムシングです」
思わず乗ってしまったが、変な事を言わせないで欲しい。
「流石自称17歳春風ちゃん、幅広い知識!素晴らしいノリのよさ!」
「あの、キャラがブレるんでやめて貰っていいですか」
最後までネタを拾ってくれた事が嬉しかったようだが、私は正真正銘17歳だ。
「それに自称ではないです」
「いやいや、普通分からないからねはるちゃんの年代」
「ミニドリップの看板娘たるもの、これ位は当然です」
さも当然かのように、したり顔で言い返す。
「看板娘どころか店員が一人しかいないけどね!」
呆れた笑いが武藤さんから漏れる。確かにその通りである。
「ところでなんだけど、一つ聞きたい事があるのよ」
おもむろにミニドリップのメニュー表を広げ、ある部分を指差す武藤さん。
「このさ、一曲サービスって何」
「私がそこにあるカラオケ機器で、一曲歌うサービスです」
淡々と、端に置いてある機械に目線を向けながらそう答える私。ちなみに私の代から生まれたメニューで、料金は500円である。
「いやはるちゃんが歌うのかよ!そこはお客さんでしょ!?しかも500円ってちょっと高いし!」
「良心的だと思ったんですが……ちなみにお客さんが歌うのは無料です」
「逆にお客さんが歌うのは無料なのね……謎過ぎる」
怪訝そうな目で私を見ながらそう呟く武藤さん。
「じゃあ、どうせだしちょっと一曲歌ってもらおうかなーここは」
含み笑いを浮かべながらそう言う武藤さん、表情はイタズラっ子のそれだった。
「曲は相手の年代に合わせて私がランダムに歌いますが、宜しいですか?」
カラオケ機器の準備をしながら、注意事項を淡々と話す。
「なるほど、つまりはるちゃんが私を何歳と思っているかが分かると……!」
「そうとも言います」
準備を終え、おもむろに曲をセットする。
カウンター下にある少し年季の入った銀のマイクを握り、慣れた様子で始める。
「それでは不詳香笛春風が歌わせていただきます。曲は杏里で「オリビアを聴きながら」」
「ちょちょちょっとストップ、曲ストーップ!」
唐突に叫びをあげ演奏停止ボタンを押す。
「……なんでしょうか?」
何かが不服だったのか、唐突に曲を止める武藤さん。
「だーれが40代後半よ!違うからね?20代だからね?」
「そうでしたか……ちなみに今ので一曲サービスは終了になります」
「まさかのボッタクリシステム!?500円くらい払うからもう一度歌いなさい!」
不満全開の武藤さんをよそに、淡々と対応をする私。
「かしこまりましたお客様、もう一度歌いましょう」
もう一度曲をセットし、準備を整え始める。
「その急にかしこまった言い方がまたムカつくなぁ」
「さて、止められましたが改めまして歌わせていただきましょう。杏里で「cats'eye」」
「ストーップ!ストップ!!」
「また何か不満がおありですか?」
「ありまくりじゃ!むしろないと思ってるのが不思議なくらいよ!」
不満が爆発しすぎてもはや口調がおかしくなっていた。
「だから私は20代なの、怪盗三姉妹なんて世代じゃないしミステリアスガールでもない!!」
「おかしいですね……今度はあたったと思ったんですけど」
「さっきとほとんど年代変わってないのによく言えるわ」
「じゃあ今度はもう少し本気で選びますね」
慣れた手つきで再び曲の選択を始める。変わらず武藤さんは不満そうだ。
「さて、次はやはりこれでしょう……」
セットを完了し、歌う準備をする。武藤さんからの目線が少し怖い。
「三度目の正直、と言う事で歌わせていただきます、曲は杏……」
「はいもうストップ!あん……の時点で予想がつくわ!!杏里のsummer candles辺りだろどうせ!」
「何でわかったんですか……」
曲を当てられた事に思わず動揺を隠せない。
「流れ的に誰でも分かるわ!というかさっきからこの猛烈な杏里推しは一体何なの!?」
まくし立てるようにツッコむ武藤さん、さながら芸人のようなキレである。
「名曲ですからね、仕方ないです」
「いや名曲だけども!?趣旨が違うでしょ!ていうかはるちゃんこそ40代でしょこの曲選!」
「私は17歳です。高校二年生です」
貼り付けたような笑み、見事な営業スマイルを見せ付ける。
「高校二年生が杏里を推してきてたまるか!もう杏里はなしだから!」
武藤さんの怒りにも似たツッコミの叫びが店内にこだまする。
そんなやり取りを幾度か繰り返し、気づけば時刻は21時を回っていた。
「はぁー……どっと疲れたわもう」
カウンターにて突っ伏し、ぐったりした様子の武藤さん。
「ありがとうございます、武藤さんのおかげで今日の売り上げがプラスになりました」
うってかわり、満面の笑みでそう返す私。
「本当タチの悪い悪徳商法だよこれ、ずっと40代がひっかかるような曲ばかりチョイスするし、仕舞いにはあずさ2号歌い始めるし……」
不満げな表情でこちらを睨みながら、そう文句を言うがどこか楽しんでいるようでもあった。
「名曲ですから」
「はぁー……まあいいわ、明日も仕事だしもう帰るとしようかしらね」
おそらくブランド物であろう純白のバッグから可愛げのある薄桃色の財布を取り出す。
「お会計が、7500円になります」
「本当良い商売してるわ、はるちゃん」
どこか降参したようにため息をもらしながら、武藤さんが料金を差し出す。
「また、お待ちしてます」
「さーて、一笑いもらったし明日も仕事だし、そろそろ帰るとするかなぁ」
銀の小柄な腕時計に一目向け、背筋を伸ばしながら残念そうにぼやく。
「気づけばもう21時ですか、早いですね」
あまり本人には言いたくないが、武藤さんと話していると時間の経過が早い。
武藤さんは唯一、私が継いでから出来た常連のお客さん。
義父の代ならともかく、私の代で常連になってくれた稀有な人である。
「また愚痴りにくるからそれまで潰れないでね~」
「最後の最後に不吉な事を言わないでください……」
ひらひらと手を振りながら去っていく武藤さんに、恨めしそうに思わずそう返す私だった。
あれから少し経ち時刻は21時半。
4月の前半ともあり外はまだ夜風が冷たく、遅くまで働いていたであろうスーツ姿のサラリーマンが多く見受けられる。
暇を潰すように窓の外を眺めていると、一人のスーツ姿の男性がこの喫茶店の入り口に止まった。
目が合うと非常に気まずいのですぐに窓から離れ、カウンターに戻った。
見覚えのない顔だ、おそらく常連の人ではない。
数テンポおいて入り口が開き、来店を知らせるベルが店内に響き渡る。
周りを見渡しながら、どこかおどおどした様子で入ってくる先程のサラリーマン。
年齢はおそらく30代程か、様子とは裏腹に胸板が厚く背筋が伸びているので体格の良さが伺える。
「いらっしゃいませ」
私は淡々とそう言って、カウンターの席に案内した。
「えっと、初めてなんですけどここは何屋さんなんでしょうか?」
案内された席に腰かけ、黒の革製だろうビジネスバッグを椅子の下に置いてから、男性がそう尋ねてきた。
「喫茶店です、あまり人が居ないので静かな時間を過ごしたい人にお薦めです」
現在の人が居ない状況をプラスに捉えさせる、大事なところである。
「確かに、誰も居ないですね……」
少し気まずそうに男性が答える。
「今日のこれはもう閉店が近いからです」
辺りを見渡しながらそう呟いた男性に、ついムキになって答える。
「なるほど、じゃあ私が今日最後の客というわけですか」
「そうとも言います。何か飲まれますか?」
「そうですね……」
渡されたメニュー表を受け取り、眺め始める男性。
「この、愚痴を聞くってオプションはなんです?」
「コーヒーを頼まれたお客様にだけやっている、私が話を聞くサービスです」
「へぇ面白いですね、じゃあホットコーヒーのブラックとそのサービスをお願いします」
「かしこまりました」
伝票にホットコーヒーと殴り書きし、カウンターにてコーヒーの準備を始める。
こだわりがあり毎回豆を挽いている為、少しだけ時間がかかるのが欠点である。
「挽きたてのコーヒーが飲めるのか、これは嬉しいですね」
カウンター席からはこちらの行動が見渡せるので、豆の苦味ある香りと様子に気づいた男性が嬉しそうにそう言ってくる。
「父のこだわりだったので」
「なるほど、そのお父さんは今日休みなのですね」
「……そうですね、今日は私が店番です」
少し間があいた後、私はそう答え淹れたばかりのホットコーヒーを差し出した。
「お待たせしました、ホットコーヒーです」
「ありがとうございます、良い匂いですね」
香りを楽しんでいるのか、差し出されたカップを鼻に近づけたまますぐには飲もうとしなかった。
「ありがとうございます」
やがてコーヒーを口に含むと、男性はどこか満足げだった。
「いいね、これだけで癒される……」
お世辞か、はたまた本音か、私は深く考えず素直に受け取っておく事にした。
「さて、愚痴って程でもないけどちょっと話に付き合ってもらいましょうか」
カップをソーサーに置き、どこか物憂げな瞳で男性は話し始めた。
「いやー今日の話なんですけどね、ずっと働いてた会社でとうとう上司にキレちゃって、退職届叩きつけてきちゃったんですよ」
乾いた笑いを浮かべながら、そんな事を言ってのける男性。
「全然笑い事じゃないじゃないですか」
どこかのん気にそう言う男性に思わずツッコミをいれる。
「そ、そうなんですけど。でも凄いスッキリしたのもまた事実ではあるんですよ」
「原因は何だったんですか」
「当たり前にさせる残業と、あからさまな私自身に対するイビりが原因ですかね」
「凄く、最近の社会の闇って感じがしますね」
返答としてあまり正しくなかったかもしれないが、つい口に出てしまった。
「そうですね、最近多いですからこういう話」
私の思いとは裏腹に、特に気にしている様子はなさそうだ。
「本当、自分でもびっくりしてまして。今までカッとなった事とかなかったものですから」
コーヒーを一口含んで、間を置いて再び語り始める。
「最近周りの人が結婚だとか、出世だとか、色んな事を語ってて、そんな中自分はって考えた時に凄く虚しくなって」
そう語る男性の瞳はどこか遠くを見つめていてーどこか寂しげだった。
「気づいたら上司に言い返してる自分がいましたよ、もう、そんな事やるような歳でもないんですけど」
「お客様も、まだ若い方だとお見受けしましたが」
「いやいや、もう今年で32ですよ、充分アウトですって」
「でも、キレてしまったんですよね」
冷静に、男性の瞳を見つめながら呟く。
「ま、まあ……そうですね」
「何も変化もなければ期待もない、そんな平凡すぎる日々が嫌になったんでしょうか」
「そう、ですね」
どこか気恥ずかしそうにそっぽを向きながら、男性が答える。
「こんなはずじゃなかった、かつての頃はもっと夢に溢れていて、何もかもが輝いて見えたのに」
洗い終わったカップを布巾で磨きながら、淡々と語る私。
「周りは歳相応に時を重ね、家庭を築き地位を築いていくのに、私は……」
「そう……本当、そう思っちゃって」
「悲しいですね、たった一時の憂いで積み重ねたものが一瞬で壊れてしまうなんて」
ほんの些細なきっかけから、自分の人生を大きく左右してしまうなんて。
それはあまりにも、些細だなんて言葉では片付けられないものであると私は思う。
「後悔は、あるんですか?」
「不思議と、あまりないです。変な話、実感すら」
意外にも、自分の行動に後悔はないと言う男性。
「ただ、これが本当に正しかったのか、ってずっと考えてはいます」
「正しいかどうかなんて、倫理や社会的、道徳的かどうかで色々変わるものですよ」
「自分が間違っていない、正しいと思えば、他が何であれ正しかったのではないでしょうか?」
「他人がどうであれ、自分は自分、誰も自分の人生の選択に対し責任なんて取ってくれませんからね……」
ありふれた言葉ではあるけれど、私なりに考えそう思ったのもまた事実なので、そのまま答える事にした。
「そう、ですね。確かに色んな事に惑わされ、色々見失っていたかもしれない……」
自嘲にも見える笑みを浮かべながらそう言うと、残っていたコーヒーをぐっと飲み干した。
「ありがとう、結構心がスッとしたよ。また落ち着いたら来てもいいかな?」
どこか晴れやかな表情でそう言う男性、口調が幾分か柔らかくなった様子を見るに、私の助言は間違ってはなかったみたいだ。
「いつでもお待ちしております」
不安げに問いかける男性に対し、私は静かに微笑みを浮かべそう返してあげた。
やがて会計を済ませると、男性は恥ずかしがりながらも笑顔でこちらに手を振り店を出て行った。
きっとこれからが大変だとは思うけど、この人のこれからが、きっと明るいものでありますように。
そんな事を考えながら、私は男性の姿が見えなくなるまで見送っていた。
「明日はどんなお客様が来るでしょうか」
異世界に転生されたりだとか、世界が滅ぶとか、そんな突拍子な事はまるでないけれど。
この喫茶店で働き色んな人と関わり、色んな話を聞いて、時には助言なんてしたりして。
この街に住む沢山の人々と生きていく、そんな私の何気ない日々です。
夜空に浮かぶ満月を窓から見つめながら、私は来る明日に思いを馳せていた。