第四十二話 応援


真夏のうだるような暑さが、なりを潜めていく九月の中旬。


せみ喧騒けんそうは落ち着きをみせ始め、夜に鈴虫が音色を奏でる季節。


とはいえ、まだ日中は夏の暑さの名残なごりがある。無防備にしばらく外に立っていれば、熱中症の危険だって十分あるだろう。


「……ふぅ」


レジ下に置いてある、結露で濡れたペットボトルのお茶を一口飲む。


ひと息ついて、ペットボトルを元の場所に戻してから薄桃色のハンカチで手を拭く。


現在、冷房の効いた快適な店内で働いている私。おかげさまで、熱中症とは無縁の環境だ。


現在は忙しさのピークであるお昼時。時間にして十二時を過ぎた頃。


「そろそろ配達の時間……か」


キッチンにて、この後待っている配達の件をどうしようか悩む桜雪さん。


「何だよ? 別に母さんが車で行って来れば良いじゃねえか」


作り終えた唐揚げ弁当を、魚でも入りそうな発泡スチロールの箱に詰めながら沢崎さんが無愛想に答える。


「私が行ったら、何かあった時に困るでしょうよ」


真面目に答える桜雪さんに対し、私は勝手ながら尊敬の念を向ける。


私なんて、適当に沢崎さんにお店を任せて買い物に行ったっけ……。


私自身も一方的にお店を任されてるし、これはミニドリップ特有なのかもしれない。


「大丈夫、その時は春姉が何とかしてくれるって」


「へ?」


唐突に名前を出され戸惑う私。いやいや、何も知らない私を頼りにされても……。


「そこはあんたが頑張りなさいよ。流石に小春ちゃん頼りはおかしいでしょ!」


冷静にツッコミをいれる桜雪さん。こればかりは私も同意である。


「だって春姉は喫茶店の店主だぞ? 俺なんかより経験豊富だし、頼りになるだろ」


「そういう問題じゃないでしょ。今日来たばっかで勝手も分からないのに、そんな大役任されたら小春ちゃん困っちゃうでしょ」


「そうかー? なあ、春姉——」


「困ります」


キッチンから顔を出してきた沢崎さんに、私は食い気味で答える。


「お、おう……」


私の勢いが予想外だったらしく、思わずたじろいでしまう沢崎さん。


「春姉、駄目だって」


「いや、分かってるから! 勝手に頼りにしてたのは真夜でしょうが」


とぼけた様子の沢崎さんに、桜雪さんが呆れながらもツッコミをいれる。


流石の桜雪さんも、沢崎さんの前ではツッコミ側に回らざるを得ないようだ。


そんな二人のやり取りを一通り見た後に、私は一つ報告をする。


「このことを予想してたわけではありませんが、実はとある人たちに協力のお願いをしてあります」


「とある人たち……? あ、小春ちゃんのお友達?」


「一応、私の友達でもありますが……それよりも……」


そう言いながら、私はガラス越しに見える外の道路へ目線を向ける。


甲高い音と共に、続々と目の前の駐車場スペースに集まってくる奇抜なデザインのバイクたち。


六台のバイクが車三台分という僅かな駐車スペースをあっという間に占領した。


「おい、まさか春姉が声かけたのって……」


沢崎さんが色々と察した辺りで、自動ドアが開き始める。ドアが完全に開き終えるより早く、快活な女の子の声が店内に響いた。


「お疲れっす春姉! 姉御のピンチと聞いて、あたしたちが駆けつけたっす!」


鮮やかな金髪、サイドテールを無遠慮に揺らしながら登場したのは、黒い柄物シャツにデニム姿の白井さんだ。


「配達と言えば、バイクかなと思いまして」


唖然とする沢崎さんと桜雪さんに対し、私は淡々と言ってみせる。まるで私が頼んだように見えるが、実際は白井さんから頼まれたからに他ならない。


どうやら以前、沢崎さん本人に手伝いたいと言ったらしいのだが断られたらしい。


普段お世話になっているからと、全員が沢崎さんの力になりたかったようだ。


沢崎さんの性格上、後輩に頼るのはプライドが許さないのかもしれない。同年代の私にも頼ろうとすらしなかったくらいだし。


そして今日、私がお店を手伝うことになったのをどこかから聞いたらしく、白井さんから昨日の夜に連絡があったのだ。


当初、百人レベルでお店に押しかけようとしていた白井さん。彼女を説き伏せるのに苦労したのは内緒である。


集まった助っ人は、白井さんを入れて十二人。これでもだいぶ減らした方だと陰の努力を沢崎さんに吐露したいがやめておく。


続々と店内に入ってくる不良少女たち。髪型も髪色も服装も奇抜な者ばかりだ。急にお弁当屋が不良の博覧会と化していた。


「お前ら……」


「水臭いっすよ姉御! あたいらにも手伝わせて欲しいっす!」


白井さんの隣にいる、オレンジ髪の不良少女が声を大にして叫ぶ。


「そうっす! うちら皆、姉御に世話になってるんす! 義理と人情を大事にしろって、姉御言ってたっす!」


更に隣にいる、水色の髪の不良少女が続けて叫ぶ。正直、私は髪の色が気になって内容が入ってきていない。


「いや、言ってねえから!」


不良少女たちの台詞に動揺する沢崎さんと、完全に笑いを堪えて面白がっている桜雪さん。流石の沢崎さんも、勘弁して欲しいといった様子だ。


「いや! 言ってたっす! 舘ひろしと渡哲也の関係に憧れるって、いつも言ってたっす!」


畳みかけるように、また別の不良少女がそう叫ぶ。今度は紫の髪色か……。よく先生に怒られないな、と関係ないツッコミをいれたいけど私は我慢する。


「黙れお前ら! もうやめろ! 喋るな!」


顔を赤くしながら、何とか舎弟である不良少女たちを黙らせようと叫ぶ沢崎さん。


「舘ひろしの『もしも来世というものがあれば、再び渡哲也という人の舎弟になりたい』って言葉、俺めっちゃ好きなんだよなってずっと言ってたっすよね!?」


真剣な顔で話すオレンジ髪の不良少女。それとは反対に、もう止めてくれと言わんばかりに顔が赤い沢崎さん。こんな話を親の前でされるのは、確かにたまったもんじゃない。


なるほど、彼女たちはどうやら全員ふざけてないらしい。真剣に言ってるからこそ、沢崎さんも下手に怒れないのか。


周りの不良少女につられて、白井さんも一緒に叫び始める。


「そうっすそうっす! あたしも覚えてるっすよ! あの時、舘ひろしが好きすぎる姉御に思わず『舎弟はあたしたちなので、姉御は渡哲也を好きになってもらわないと困るっす!』ってツッコミを入れたんすよねー! 今でも覚えてるっすー!」


爆笑しながら昔話を披露する白井さん。訂正、一人だけふざけていたようだ。


「あっはは! そうそう! 真夜って昔から舘ひろし好きなの! 小学生の頃、深夜にこっそりテレビ見てる時があってさ! 皆に隠れて何見てるのかと思って覗いたら、まさかのあぶない刑事の再放送! あの時の衝撃、今でも覚えてるわー!」


白井さんや不良少女たちのエピソードを聞いて、懐かしむように過去話を披露する桜雪さん。それを聞いて不良少女たちが沸く。沢崎さんは相手が母親ということもあって、文句を言えず恥ずかしさに打ち震えることしかできないようだ。


何というか、沢崎さんって期待を裏切らないな……と私はひっそり思っていた。白井さんと違って趣味や考えも不良を貫いている感じがするので、とても好印象だ。


しかも誕生日が尾崎豊と同じ……これはなるべくして不良になったと言えよう。


「おい白井! お前だけ今ふざけたよな? 何がおかしいんだ? 表出るか!?」


案の定というべきか、母親の前で恥ずかしエピソードを披露された沢崎さんが、怒りの矛先を白井さんへ向ける。他に矛先を向けようがない、が正しいかもしれない。


「こら真夜、お友達にそういうこと言っちゃ駄目でしょ!」


「う、うるせえ! っていうか、お前らは俺を助けに来たんじゃないのかよ!」


ごもっともな沢崎さんの文句に、白井さん含めた不良少女が素直に頷いてみせる。


「まあまあ、そんなことよりも二階で続きを話しましょ! ほらほら、そんなとこで立ってないで! 真夜の秘蔵エピソードは他にもあるから! えっと、皆コーラでいい?」


不満が爆発している沢崎さんをよそに、不良少女たちを居住スペースである二階へ案内する桜雪さん。


「あ! ごめんね小春ちゃん、ちょっとの時間お店お願い!」


申し訳なさそうにそれだけ言って、私の返事も待たず不良少女たちと共に二階へ去っていく桜雪さん。


「いや、え? えぇ……」


さっき言ってた台詞を思い出してもらっていいですか? とは言えず。


私はため息を一つこぼしてから、やつれきった沢崎さんに同情の視線を向けるのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る