目標は武蔵

「敵戦艦爆沈!」


「ありがたい」


 艦橋で猪口は静かに言う。

 何隻もの戦艦を沈めてきたが、やはり沈めた瞬間は、禅をたしなむ猪口でも昂揚する。

 しかも撃沈したのは就役したばかりのアメリカの最新鋭戦艦。

 同じ四六サンチ砲、一八インチ砲だが、建造されて八年ほど経ち、戦争で酷使された武蔵にとっては格上の相手だ。

 そんな最新鋭艦を撃沈できたのは、嬉しい限りだ。


「長官」


 だが、部下の言葉に心がざわめく。

 敵を排除した今、艦隊の当初の任務、船団撃滅に向かわなければならない。

 レイテでは、米軍を撃破するためで心置きなく暴れる事が出来た。

 だが今回は南北に引き裂かれたとはいえ、同じ日本人同士。

 しかも、帝国海軍で教育を受けた猪口は心情的に南が正統だと考える。

 多くの幹部も同じだろう。

 しかし、政治士官が監視している中、下手な真似は出来ない。

 いや、言い訳だ。

 この<解放>から降りたくなかったのだ。

 個人なら亡命でも何でも出来たし、南へも行けた。

 だが猪口は赤い旗を掲げても、改名されても、この艦に乗っていたかった。

 ならば、その義務を、代償を支払わなければならない。


「全艦に通達、反転一八〇度。これより敵船団に突入す……」


 猪口の命令は掻き消された。

 激しい爆発音と衝撃によって。

 突然の衝撃に艦橋要員は倒れ混乱する。

 猪口も不意の衝撃で姿勢が崩れ、肩を強打するが、禅で鍛えた平常心で平然としている。


「第三砲塔被弾! 損傷無し!」

「右舷甲板中央に被弾! 中破!」


 損害報告を受けて猪口は走った。

 艦橋のウィングに出て後方を見る。

 そして敵を、自分達を撃った相手を見て破顔した。


「ありがたい!」


 涙が出るほど喜色を満面に浮かべ、猪口は感情をむき出しにして笑った。

 その姿に見張りは驚いたが、彼等は、すぐに自分の役割を思いだし報告する。


「発砲し接近する敵艦は大和です!」




「命中を確認!」


「まさか当たるとはな」


 報告を受けて佐久田は呟いた。

 運悪く陸上砲撃に赴いたため遅れてしまった。

 もう少し早く駆けつけたかったが、後悔しても仕方ない。

 だが先制攻撃は成功した。

 最大射程ギリギリで発砲し初弾命中したのは奇跡に近い。


「武蔵、反転! こちらに向かってきます!」


 そこで見張員は間違いに気が付いた。


「訂正! むさ……いや、<解放>はこちらに向かってきます」


 戸惑いながら報告する見張員を佐久田は苦笑しながら受け入れた。

 かつての武蔵は、太平洋戦争末期、稚内へ上陸した船団を迎撃するべく出撃した。

 北海道上陸の第二陣を撃滅したのは北海道を完全占領しようとしたソ連の野望を打ち砕き、稚内の船団を壊滅させたおかげでソ連の内陸侵攻を挫折させた。

 支援砲撃を続けた武蔵だったが、ソ連軍が敷設した機雷に引っかかり損傷。

 沈没を防ぐ為、樺太に座礁させた。

 それが猪口最大の後悔となる。

 進出してきたソ連軍によって武蔵は制圧された。

 応急修理された武蔵は満州国の大連造船所へ回航され完全修復が行われ、<解放>と改名され北日本に編入された。


 戦後の武蔵の詳細は

https://kakuyomu.jp/works/16816927862107243640/episodes/16817330667370734399


 この出来事はアメリカにテキサス級の建造と大和の再建保有を許すこととなった。

 だからこそ大和も沖縄から離礁し修理されている時から武蔵を相手にする事を覚悟していた。

 しかし、あの激しい戦争を共に戦った姉妹艦だ。

 戸惑うことは多く、かつての名前をつい言ってしまう。

 佐久田もその辺の事情は理解しており、優しく笑うとマイクを持って命じた。


「長官より大和全艦に達す。本艦目標は前方敵戦艦<解放>。これより目標を武蔵と呼称する。繰り返す」


 佐久田は一度言葉を切ってから言った。


「本艦、大和の目標は武蔵。繰り返す、大和の目標は武蔵だ。乗員総員の奮戦に期待する」


 佐久田の言葉に全員が驚いた。


「どうした、腑抜けている暇は無いぞ。そんなことでは武蔵に笑われるぞ。俺たちの腕を見せつけろ」


「! 了解!」


 大和の艦内が活気づいた。

 下手な砲撃を行えば敵、妹である武蔵に笑われる。

 ならば全力で当たろう。

 まるで祭りか遊びに行く子供のようだった。

 それは仕方ない。

 そういう思いでなければ、かつての味方に戦闘など出来ない。

 半ば破れかぶれだったが、振り切った分、開き直りに近い状態となり、異様な高揚感の元で彼等は戦った。

 

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