大和対武蔵

「武蔵反転! 本艦大和に接近してきます!」


 武蔵が急速に近付いてくるのを見て佐久田は命じた。


「取り舵! 武蔵の針路を塞げ!」


 武蔵の前方を横切るように佐久田は大和を進ませる。

 一方的に砲撃を浴びせるためだ。


「戦闘! 右砲戦! 可能になり次第発砲せよ」


 佐久田の命令に応じて、大和が砲撃を開始する。

 武蔵の周囲に砲弾が飛来し多数の水柱が上がる。

 それでも武蔵は突進してくる。


「砲術、砲撃中止。発砲を控えろ」


「どうしてですか」


「もうすぐ武蔵は北に転舵する」


 佐久田が発言した数分後、発言通り武蔵は北に転舵した。


「長官」


「武蔵は最後まで砲撃戦を行う気だ」


 猪口は、最後の最後まで砲撃を行う、撃沈されるまで撃ちたいのだろう。

 そのために長時間の砲撃が可能な同航戦、大和に並走して打ち合うことを選択したのだ。


「砲術! 全て任せる! 思う存分に打て! 全弾使い切っても構わん!」


「宜候!」




「大和発砲!」


 武蔵は大和からの数回目の斉射を受けていた。

 命中弾が多く、もはや数えていない。

 被害は大きいが、装甲は破られていない。

 戦艦の設計基準、自艦の主砲に耐えられる防御、対46サンチ防御の装甲板は強固であり、貫通はない。

 そして乗員の士気は高いまま。

 火災が発生しても直ぐに乗員が急行し消火している。おかげで戦闘力は維持したままだ。

 むしろ撃たれれば撃たれるほど輝いていた。

 大和との砲撃、かつての僚艦との砲撃戦。

 相手に不足はない。

 十分に撃ってきたし、沈めてきた。

 最後に大和の砲撃を浴びて沈められるならこの上ない名誉、本望と言える。

 武蔵にとって、花道となる。


「着弾します!」


 多数の水柱が上がる。だが、今回は命中弾は無かった。


「流石に射撃指揮装置の整備が追いつかないか」


 戦争での酷使と戦後の混乱で、精密機械である射撃指揮装置が、まともに整備出来たか怪しい。

 実際に発砲することも、特に予算の関係で難しいだろう。

 射撃のズレを確かめるのは困難なはずだ。

 そのために射撃精度が落ちている。

いや、元から日本の機械は性能が悪い。発砲する度にどこか故障していた。

 砲撃の振動でズレが大きくなっているのか。

 いくら米軍の射撃装置が優秀でも、砲撃装置が狂い始めてはまともに砲撃できまい。

 そう思うと、太平洋戦争前、日本海軍は三大海軍の一角、というのが砂上の楼閣であった、と猪口は思う。


「水雷戦隊が煙幕を展張しております」


 大和直衛である酒匂率いる雪風をはじめとする駆逐艦。

 武蔵直衛であるタシュケントに率いられたヴェールヌイ率いる駆逐艦。

 北と南の水雷戦隊同士が、激戦を繰り広げていた。

 彼等を仕留める巡洋戦艦が壊滅しており、彼等だけの激闘となった。

 整備と訓練が十分でないこともあって、双方とも優性を確保出来なかった。

 それどころか空ぶかしが発生し、未燃焼の重油が煙突から放たれ、海面上に広がり煙幕となって仕舞う。


「酷い煙幕だな」


 猪口は顔をしかめた。

 視界が悪くなれば、弾着観測が出来ず、有効打を与えられない。


「弾着観測機は出られるか?」


「只今出撃させます」


「やれ」


 猪口は表情は変えなかったが、命じた。

 しかし、内心良いとは思っていない。

 武蔵は水上機を発進させ着水させる事を想定していた。

 だが、海戦中あるいは後も追撃あるいは撤退により、母艦は高速で機動するため回収はほぼ不可能。

 事実上、死を強要するようなものだ。

 さらに航空機の発展で水上機は時代遅れになった。

 なので復座の陸上機をカタパルト発艦できるよう改造し、任務達成後は樺太へ行くように命じている。

 だが、弾着観測の訓練を、特に実弾訓練は行っていない。

 連携が出来るかどうか不安だった。

 猪口は発進し煙幕の向こうへ行く水上観測機を見て思った。


「それは、向こうも同じか」


 この辺の事情は、大和側も同じなはず。

 いや、陸上基地が遠い分、滞空時間が短く、優位なはずだ。


「だが、そうも上手くいくまい」


 猪口はその辺を向こう側、佐久田も承知の上であり対策を立てている、と考えていた。

 実際、その通りだった。

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