北日本人民海軍赤衛艦隊
江戸時代より幕府による探索が始まった樺太。
間宮林蔵などが探索し、間宮海峡を発見。島である事を知らしめた土地だ。
しかし江戸時代後期よりロシアが進出。
幕末には脅かされ、防備を固めたが遠い上に厳しい環境のため上手く行かない。
明治維新による混乱もあって樺太は維持が出来ず、新政府は樺太・千島交換条約により、一時は全域がロシア領となった。
しかし日露戦争の勝利により、南樺太の領有が認められ、日本の樺太開発は進む。
特に北海道北端、稚内からの航路が設定された大泊は樺太の玄関口として栄え、内陸部の豊原と共に樺太の中枢となった。
だが第二次大戦末期、ソ連が侵攻。
待ち構えていた日本軍は樋口中将の事前の防備、満州から転属した師団を樺太に配備した事もあってねばり強く戦った。
お陰で、根室方面へ住民を避難させる事に成功していたが、ソ連の猛攻は覆せなかった。
ソ連軍の波状攻撃により激しい地上戦が行われ、樺太は完全に制圧。特に市街戦が展開された都市部は灰燼に帰した。
しかし、戦後復興が行われ近代的な都市に様変わりした。
特に、スターリンが南樺太をソ連に編入せず、占領した北海道北部を含め日本人民共和国、通称北日本を建国。
その暫定首都として豊原が認定されると首都としてふさわし建物の建設が始まった。
内陸の豊原は首都に相応しい都市として物資を必要とし。
そのため豊原の海の玄関口となる大泊も整備された。
大泊は北日本の主要港、軍事面でも通商面でも重要であり、迅速に整備された。
スターリンがどうして北日本の成立を許したのか分からない。
北山との密約、緩衝地帯を欲しがった、独立した共和国として認めることでいずれ日本全土を共産圏へ編入する布石。
様々な憶測が流れたが、クレムリンの奥の決定を一般の人々が知ることは当時は出来なかった。
ただハッキリしているのは、大泊が新たに出来た人民海軍の根拠地となったことだ。
「諸君、米帝は介入を決定した」
北日本人民共和国海軍赤衛艦隊司令長官ゴルシコフ大将は大泊に停泊する旗艦ソビエツカヤ・イポーンの艦橋内で苦々しく答えた。
荒廃した工業力では建造に限界のあるソ連ではなく満州国で建造されたソビエツキーソユーズ級戦艦の書類上の四番艦だった。
だが、皮肉なことに満州国の工業力がソ連より良く、ソ連の造船所で建艦された姉妹よりも出来が良かった。
元々、北山の技術で戦艦を建造するためのテストヘッドとして先行起工させた。
だが、同盟国が先に完成するのは盟主としての威厳がないため、竣工を遅らせたのだ。
にも関わらず、工事は遅れたし、ロシア規格――ロシアの低い水準に合わせても建造時から問題続出で、遅延しその指導のために、ソビエツカヤ・イポーンも遅れてしまった。
結局ソビエツカヤ・イポーンが就役したのは四番目となり、四番艦となった。
だが、北山が作ったために非常に性能が良かった。
少なくとも、故障で出撃できない事が多かった、長女ソビエツキーソユーズよりマシだとゴルシコフが旗艦にするくらいだ。
ソビエツキーソユーズ級については
https://kakuyomu.jp/works/16816927862107243640/episodes/16817330666384101855
だが、稼働率の良い戦艦があっても国際情勢への影響力は少ない。
アメリカの国務長官の発言から北海道へ進撃しても米英の介入はないとベリアが強固に主張したため、極東の共産陣営参加国は開戦した。
その支援の為にゴルシコフ率いるソ連太平洋艦隊の一部は極東戦争が始まる時、北日本支援として一時的に北日本に編入された。
ソ連が極東の戦争に介入することを避けるため、万が一、米国が参戦しても米ソ直接対決を避ける為だ。
実際、彼らの支援は効果があった。
沿岸での艦砲射撃により、南側の防衛線を破壊し、北日本陸軍の迅速な進撃を可能にした。
しかし、開戦直後、米国は即座に参戦を決定。
大規模な増援を送り込んでいる。
開戦初期の陸上への支援が終わり補給の為に大泊に戻ってきた今、新たな対応が求められていた。
「我々は北海道へやってくる国連軍を名乗る米帝の援軍阻止を命じられてる。津軽海峡へ向かえと言うことだ」
話を聞いていた幕僚たちは真っ青になった。
確かに日本本土との連絡線である津軽海峡を封鎖すれば、北海道の同志は優位に戦えるだろう。
だが、津軽海峡までは遠い。
開戦前の計画では、予め艦隊を進出させ、封鎖する予定だった。
しかし北海道確保の為、第一撃で火力、特に艦砲射撃を南の部隊に叩き込みたいのと、大湊の海軍基地や三沢などの航空基地もあり、敵機の来襲が予想されたため、廃案になった。
結局潜水艦による攻撃を命じたが、警戒厳重で攻撃の機会はなく、転進している。
そんな津軽海峡へ開戦後に出撃するなど危険すぎる。
自分達は味方の空軍の支援――空軍も国連軍を前に劣勢になりつつあるが上空援護が出来る海域から離れ、航空支援が望めない。
航空機の援護がない海域へ艦隊単独で出撃するのは、マレー沖海戦のプリンス・オブ・ウェールズ、レパルスの二の舞であり、死にに行くようなものだ。
断固回避するべきであり、ゴルシコフも代替案、津軽海峡への出動に並ぶ成果を上げられる作戦を模索していた。
そして、傀儡政権、南日本の情報提供者、逆コースに反発する日本人政府職員からとある情報がもたらされた。
「だが、米帝の上陸作戦の情報が入ってきた」
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