松本強少佐

「此方松本機、単独飛行中だったB29を攻撃し、撃墜した」


 秋水パイロットの松本強少佐は無線で報告した。


「胴体の前後が千切れて片翼が残って錐揉み状態で地上へ堕ちている」


 流石にB29は頑丈で分断されても残った部分は形を保っている。

 しかし、あれだけの損害では最早飛べない。落下速度は緩やかだが、いずれ地上に落ちる。

 振り向くと、同時に飛び立ったもう一機が、別のB29を撃墜していた。


「やはり飛び立つと凄いな」


 味方機が飛んでいた。かれが、もう一機B29を撃墜したのを見て喜んでいると後方の轟音が消えた。


「燃料が切れた。このまま滑空して帰還する」


 松本が操るロケット戦闘機秋水は潜水艦がドイツから持ち帰ったロケット戦闘機Me163の機体と設計図から作られた日本版ロケット迎撃機だった。

B29の空襲を受けると、一万メートル上空を飛べる機体が殆ど無い日本は、僅か三分で一万メートル上空へ上昇できるロケット迎撃機に望みを託し開発を急いだ。

 開発は困難を極めたが、ようやく量産機の生産が始まり、攻撃目標になるであろう小倉を守るべく、福岡の芦屋飛行場に一部が展開していた。


「全く、妙な機体を操縦する事になったな」


 松本は一兵卒から少尉任官し、パイロットになったたたき上げのパイロットだ。

 南方で活躍した後、戦線が後退していく中、教官として本土に呼び戻された。

 そして、本土防空が叫ばれる中、迎撃部隊へ。

 経歴と腕を買われ先日、編成されたばかりの秋水運用部隊の飛行隊長に任命された。

 その松本にしても秋水はおかしな機体だった。


「しかし、B29を撃墜できるのはいいな」


 じゃじゃ馬を乗りこなす喜びに松本は笑みがこぼれた。

 B29は爆弾を落とされる側から見ても綺麗な機体で高性能。

 一万メートル上空も飛んでいたら手も足も出ない。

 電探や特設哨戒艇、監視所が遠方で探知して一時間以上前に離陸して高度一万に到達し待ち伏せしなければ、これまでの日本機に攻撃の機会はない。

 だが三分で一万メートル上空へ行ける秋水は、基地上空で迎撃出来る。

 しかし、燃料四六八キロ、酸化剤一五五〇キロ、合計二トン近い燃料を積んでいるのにロケットエンジンの燃焼時間が五分しか無く、航続時間が約八分と短すぎる。

 これでは基地上空でしか、活動出来ない。

 だが、捕捉出来れば上昇力と三〇ミリ機関砲の一撃で今のようにB29 など一撃だ。

 それでも航続時間が短いのをはじめ扱いにくい。


「基地に着いた。着陸する」


『了解! 準備完了! 必ず助けます!』


 地上からの返答に松本は苦笑する。

 ソリ着陸も秋水が難しい機体である原因の一つだ。

 速度を優先するため車輪は脱着式、離陸時に捨てて跳び上がり、着陸はソリで行う。

 だがソリは小さくバランスを崩しやすく、機体が損傷しやすい。

 燃料タンクが破壊されたら中の過酸化水素と水化ヒドラジンがもれて人体を溶かす。

 パイロットは勿論、駆けつけた支援要員にも危害を与える厄介な代物だ。

 だが、あの美しくも憎きB29を撃破出来るのならば、愛しい欠点としか見えない。

 扱いに慣れれば更に愛着が増す。

 既に燃焼で空に近いがタンクに残っている燃料を放出した後、飛行場脇の草原へバランスを保ちつつ松本は秋水を着陸させる。


「やはり、凄い機体だ。子供に聞かせたら興奮するだろうな」


 無事に着陸を果たすと、家族のことを考える余裕が松本には出てくる。

 だが同時に思い出した子供が心配になる。

 空襲は多くなったが家族は田舎に疎開しているから問題ない。

 だが、あのやんちゃな長男が何かしでかさないか、墜落した機体から武器を取り出して武装するくらいのことはあり得る。

 一度見に行った方が良いのではないか。

 そのため少佐の顔色は悪く、迎えに来た整備士が戦果を挙げ無事帰還したのに何故不安そうなのか分からず、怪訝な目で見ることとなった。

 松本少佐の悩みは暫く続いたが、のちに伝えられた成果、僚機が仕留めたのが広島を地獄に変えたエノラ・ゲイだったと聞き、我がことのように大喜びした。

 しかし、松本の成果は更に大きかった。


秋水の性能はこちら


https://kakuyomu.jp/works/16816927862107243640/episodes/16817330664556795246

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