原爆確保

「総理、先日、小倉上空で撃墜したB29より原子爆弾の回収に成功しました」

「本当か!」


 報告をもたらした高木に鈴木総理は思わず問い返す。


「撃墜した機体の中に、地上に堕ちた爆弾庫の中で発見されたそうです。バラバラになりましたが、爆弾庫と翼を結ぶ骨材が残り、残った主翼がパラシュート代わりとなり、速度が低下、ほぼ無傷の状態で回収できました。見たことのない爆弾だったため、調査員が東京に報告。調査して判明しました」


「原爆である事は確かなのか」


「飛行機で仁科博士を福岡に送り、確保した原爆を確かめました。間違いないとの事です」


「そうか……それで、我々に使えるか?」


 広島のような地獄を作り出す悪魔の兵器だ。

 使えば日本はアメリカと同様、人類に対し十字架を背負うことになる。

 だがそれでも日本という国を守る為、鈴木は使える物は何でも使うつもりだった。

 それが、自己陶酔の一種である事は分かっている。

 他に手はあるのかもしれない

 しかし、追い詰められた鈴木、日本にとって、究極の兵器、原爆が手に入り、使用できるならば大きなカードとなる。

 勿論、高木も承知しており、使えるかどうか確認していた。


「博士の報告では、構造は単純で、一部を改造すれば十分に使えるとの事です」


 原爆には大きく分けて二つのタイプがある。

 まずファットマンのようなインプロージョンタイプ、爆縮型と呼ばれるタイプで比較的少量のプルトニウムを爆薬を使って圧縮し核分裂を起こすタイプだ。

 四キロほどのプルトニウムで可能な上、プルトニウムの製造、調達が比較的容易という事もあり、戦後、核兵器の多くはこのタイプだ。

 しかし、爆縮を実現するための爆縮レンズ、速い爆薬と遅い爆薬を使い、衝撃波面をプルトニウムに均一に同時に当てる必要がある。

 その爆薬――爆縮レンズの設計が非常に難しい上、信管の作動もコンマ一秒以下の単位で制御する必要があった。

 一九四五年時点ではアメリカが唯一達成できた。

 もう一つガンバレルタイプ。

 臨界量のウランを二つに分けておき爆発させたい時に二つを合体させればよいだけだ。

 このタイプはウランの臨界量二〇キロを集めなければならないことが大変だが、ウランさえ確保出来れば構造が単純なため扱いやすい。

 リトルボーイはこのタイプで、簡単故に最初に製造され、確実に作動すると考えられたことから実験なしに使用される事になった程だ。

 そのため、簡単に扱える。

 日本軍でも。

 日本が原爆開発に失敗したのは必要な高純度のウランを製造できなかったからだ。


「我々の切り札になるか」


 カードとして使えると分かるとどのように使うか鈴木は思案顔になる。


「アメリカへの交渉材料になりますか」


「だが、慎重に行わなければならない。我々にとっても厄介な存在になりかねない」


「と、いいますと」


「広島を破壊したのと同じ爆弾が我が軍にも手に入ったのだから、米軍を殲滅出来ると意気軒昂になる連中、継戦派に現れかねない。我々の中で一本化が難しくなる」


 広島を一発で壊滅させたのだから、本土に侵攻してくる敵軍もこの一発で壊滅可能、と考え講和を蹴るべし、と言ってきかねない。

 しかし、そんなのは馬鹿げている。

 一発しかなく、使えばそれ以上の手札は日本にはない。

 むしろ、被害を受けてアメリカが余計に頑なな態度になりかねない。


「交渉は難しいですか」


「アメリカも理解しているだろう。一発しかない。しかし、使えばそれで終わりだ。だが、使われれば大きな被害だ」


 互いにカードを持って脅し合う状況になるだろう。


「だが、やりとりは続けなければならない。講和の為にも」


 突発的なイレギュラーにより講和の道筋は、当初の計画とはズレつつある。

 それが悪い方向へ向かわないよう上手く舵取りしなければならない。

 まるで嵐の中で艦を操舵するようなものだが、今、鈴木が責任を負うのは一艦でも艦隊でもなく、日本全体だ。


「だが不利なだけではない。北山さんがそろそろやってくれるはずだ」


 鈴木は西の空を見て呟き、高木も頷いた。

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