原爆を持った日本

「一体どうなっているかね」


 トルーマンは苛立たしげにグローブス少将に尋ねた。


「もう一度言いたまえ」


「……小倉に原爆を投下しに行った機体が撃墜されました」


 グローブスは少し躊躇った後、絞るように声を出して報告する。

 トルーマンは溜息を吐いて、数秒黙り込むと尋ねる。


「それで原爆はどうなったのかね」


「……海上ではなく、陸上で撃墜されました。核爆発も起こっていないため。日本軍に原爆を奪われた可能性が高い模様です」


「日本軍に使われる可能性があるのか」


 トルーマンの質問にグローブスは一瞬黙った後、答えた。


「……リトルボーイ型、ガンバレルタイプは構造が単純ですので日本軍にも使用可能だそうです」


 臨界量のウランさえ手に入れられれば高校生でさえ原爆を製造できるほどガンバレルタイプは構造が単純で製造も使用も簡単なのだ。


「つまりだ。我々は、日本軍の原爆攻撃に対しても、今後警戒しなければならないということか」


「そうなります」


「ふん」


 面白くない話にトルーマンは鼻を鳴らした。


「マリアナの基地も攻撃され、機能不全だそうだな」


 つい先ほど入ってきた報告で日本軍の空挺部隊による攻撃でマリアナ各所で襲撃を受けていた。

 日本軍がマリアナのB29基地襲撃のために編成した義烈空挺隊による襲撃だった。

 硫黄島からの爆撃だけでは成果が見込めない、B29を封じ込めないと考えた日本軍は特殊部隊を輸送機で送り込みB29とその整備施設を破壊する事を計画した。

 沖縄戦に米軍がかかりきりとなった事で警戒が薄くなったことと、広島への原爆投下により第二の投下を防ぐべく、急いで送り出した結果だった。

 硫黄島を発進した部隊は低空を飛び半数を失いながらも残り半数はマリアナ諸島へ到達。

 各飛行場へ空挺降下あるいは強行着陸し、関連施設の破壊を行った。

 その中には司令部施設も含まれており、ルメイ少将およびチベッツ大佐を含む幕僚多数が戦死する事態となり、マリアナのB29部隊が行動不能となた。

 米国は日本への対抗手段が一つ無くなった。

 回復するにもパナマ運河が破壊された状態では、工事は進みにくいし大規模な空襲は臨めない。


「ですが、原爆投下の危機を受けるのは陸上から侵攻中のソ連では」


「そうだな、日本と満州に侵攻したのだから」


 先日よりソ連軍の対日侵攻が行われている。

 意外な事に、満州国軍が全面に立ち、激しく抵抗しており、ソ連軍は迅速に侵攻できずにいる。

 日本軍による対ソ連国境要塞群が正常に機能したためでもあったが、傀儡国家である満州国軍が見事にソ連軍に対してねばり強く戦っているのは意外だった。

 お陰でソ連軍は国境地帯で足止めを受けている。

 その分、部隊が密集状態となっている。

 例外は、奇襲となった北海道への侵攻くらいだろう。

 稚内に上陸したソ連軍は日本軍の虚を突いたらしく、順調に北海道の内陸部へ向かって侵攻している。


「日本軍ならばソ連軍への攻撃に原爆を使うだろうな」


「可能性は高いと考えられます。日本軍は善戦していますが、兵力に差があります。これを覆すためにも、ソ連軍に使うでしょう」


 本土の一部である北海道をソ連に占領されないよう、一度領土を奪ったら二度と返さないことに定評のあるロシアの末裔だ。

 日本軍は果敢に防戦を行っているのもそれを理解しているからだ。

 まして負けつつある日本に、今後数十年奪回できる機会が訪れるかどうか疑問だ。

 少しでも守り通そうと、原爆を使ってでもソ連軍を阻止するだろう。


「本土でなくてもシベリア鉄道を広範囲で破壊するだけで戦争は有利になります」


 ソ連はシベリア鉄道で極東軍を維持している。

 その重要性は規模は違うがパナマ運河に比肩する。

 ここを破壊すれば極東軍は動けなくなる。

 鉄道が破壊されれば援軍が送られず、立ち往生。攻勢が頓挫すれば、逆に日本軍に沿海州を攻め取られかねない。

 日本本土に原爆を落とすのが躊躇われるなら、シベリアに落とす事は十分に考えられる。


「同盟国なのだからスターリンにも苦しみを味わって貰う事にしよう」


 北海道は失うだろうが、ソ連に大きな損害が出るならアメリカとしては良いことだ。

 それに日本の原爆カード、たった一枚のカードが切られ、アメリカは優位に立つ。

 以上の事からトルーマンは上機嫌だった。

 だが、新たな報告が来るまでの間だった。


「大統領! 緊急事態です! タス通信が新たなスターリンの声明を発表しております!」


 モスクワにあるソ連の国際放送だが、ソ連共産党のプロパガンダ機関だ。


「スターリンは何を言っているのだ」


「はい! ソ連は満州国を正式に承認! ソ連に対して降伏する事を認めるとのことです」

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