ボックスカーとリトルボーイ

「小倉上空のエノラ・ゲイから報告です。小倉上空は朝靄が掛かかっているが晴れる見込み」


「了解した。予定通り、第一目標小倉陸軍造兵廠上空へ向かう」


 リトルボーイを搭載したB29ボックスカーの機長、スウィーニー少佐は予定通り小倉上空へ向かった。

 今日の任務は原爆の投下だ。

 仲間の機体、先日広島に原爆を投下したエノラ・ゲイが今回は小倉での気象観測を担当している。

 投下に適した気象――目標を視認できるか確認するためだ。

 朝靄だが、晴れると判断して通信を送ってきたのはそのためだ。


「しかし、大丈夫ですかね。広島を焼き尽くされた日本が手を打たないなんてあるでしょうか」


「チベッツ大佐の命令だ。行くしかない」


 副操縦士に黙るよう言うスウィーニー少佐も同じ疑念は持っている。

 原爆を投下されて、日本軍が何ら警戒態勢、迎撃態勢を取っていないとは思えない。

 しかし、日本側は、沖縄戦により迎撃能力が低下しているとチベッツ大佐は判断しており、少数の機体で行くように命じた。

 大多数の機体を送り込んでも原爆の爆風に巻き込まれて墜落する恐れがあるからだ。

 ならば少数で見つからないようにに行けば良い。

 幸い、日本軍の迎撃機の能力は低い。

 一万メートルを超えれば迎撃されない。

 ジェット機を装備していると聞いているが、数は少ないはず。


「日本軍のレーダー波を探知。通信量が増大しています」


 やはり日本軍は迎撃準備を整えていたようだ。だが、命令通りに実行しなければならない。


「このまま行くぞ」


 スウィーニー少佐は小倉上空へ機体を向かわせた。


「雲、いや煙か。やけに濃いな」


 目標を確認しようとスウィーニー少佐は下を見るが、雲か煙が立ちこめており地上が視認できなかった。


「間もなく小倉上空です」


 航法士が報告するが、靄は晴れない。

 目標を視認しなければ投下できない規則だ。


「エノラ・ゲイの連中、出鱈目な報告をしやがって」


 搭乗員が文句を言うが仕方なかった。

 原爆投下を知った八幡製鉄所の従業員が、次はここ、日本最大の製鉄所八幡製鉄所だ、と考え、防衛の為の煙幕装置を作り上げた。

 コールタールを燃やすだけの簡単な装置だったが、みごと煙幕を作り上げボックスカーから製鉄所と小倉を隠していた。


「もう一度爆撃航程に入る」


 スウィーニー少佐はリトルボーイを投下するため雲の切れ間を探そうと福岡近くで旋回して再び小倉へ向かおうとした。

 そして気がついた。


「アレは何だ」


雲の中から何かが、煙を吐き出しながら自分たちの方へ向かってきていた。


「あれはコメットだ!」


 ヨーロッパから転属してきた搭乗員が叫んだ。


「コメット?」


「ドイツのロケット戦闘機です」


 ドイツが投入してきたMe163の連合国コードネームだ。

 1945年に登場し、B17の大編隊に攻撃を仕掛けてくるロケット戦闘機で連合軍は大損害を受けた。

 搭乗員も散々味方を撃墜される様を見ており、転属を命令された時は喜んだ。

 しかし、その悪魔が目の前に再び現れた。


「ここは日本だぞ」


「ドイツが提供したんでしょう」


「敵機、本機の横を通過! なおも上昇中!」


 スウィーニー少佐の前で敵機は後方に白煙を残して上昇を続ける。

 そして、ボックスカーの上空へ来ると反転し、降下して迫ってくる。


「拙い! 狙われている!」


「回避!」


 スウィーニー少佐は命じ、一八〇度旋回を行う。


「ダメだ! 回避行動はダメだ!」


 機銃手叫んで言う。

 レシプロ爆撃機としては五〇〇キロと速いB29も時速一〇〇〇キロを超えるロケット迎撃機の前には、振り切る事が出来ない。

 搭乗員が叫んだのも、追いつかれて仕留められた機体が多いからだ。

 この場合は逆に速度差を利用して、射撃時間を短くし、敵に攻撃の機会を失わせるのが良い。

 ロケット戦闘機に向かって行けば、速度差は一五〇〇キロを超える事となり、射撃の機会はない。

 しかも、ロケットの燃焼時間は短く、再度の攻撃は難しい。

 だから敵機に向かって行くのが良い。

 しかし、背を向けて逃げ出したら、速度差は五〇〇キロ程度。

 攻撃は困難だが不可能ではない程度にまで速度差は縮まってしまう。

 搭乗員が言ったようにボックスカーはあっという間に追いつかれ、戦闘機から三〇ミリ弾を浴びる。

 頑丈なB29も巨大な三〇ミリ弾の前には防弾板も有効ではない。

 外板を受けた大口径機銃弾が機内に飛び込み、機材を、乗員を、機体の骨組みも破壊する。

 ジュラルミンの骨組みも撃ち抜かれては、機体強度が維持できない。

 穴だらけになったボックスカーはバラバラになって墜落した。

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