鈴木総理の願い

「総理、作戦は成功しました」

「それは良かった」


 高木が鈴木首相へ報告に上がった。

 第一潜水隊に配属された伊四〇〇型の内、四隻を分遣隊としてアメリカ東海岸に派遣する作戦を実行していた。

 トルーマンが意外と強硬派だったために改めてワシントンの沖合に送り、いざというとき米政府首脳部を暗殺出来るようにしていた。

 しかし、インド洋方面の警戒がまだ厳しいことと時間が無いため奇襲と時間短縮に北極海経由で派遣することになった。

 突破出来るかどうかは賭だったが、上手く行った。

 Uボートの活動が無くなり大半が降伏接収あるいは自沈したため大西洋の警戒は思ったよりも薄かった。

 分遣隊は東海岸沖に待機し、交渉の進展に伴って東京の指示で攻撃を行うように命じていた。


「彼らには苦労をかけたな」


 だが、交渉は難航し時間が掛かったため、攻撃を決定できなかった。

 お陰で彼等は半月も東海岸沖で待機する事となった。


「で、潜水艦はどうなっている?」

「はい、無事に離脱しました。どの艦も撃沈はされていません」

「それは良かった。東海岸沖にいると見せかけておきたいからな」


 何時でも首都への攻撃手段があるとアメリカに思わせておきたかった。

 そのためには潜水艦が撃沈されるのは避けたかった。

 無事に離脱してくれたのなら見えない潜水艦の影に怯え、交渉が有利になると考えての事だ。


「少しは交渉は上手くいくな。君の苦労が報われるよう。頑張りたいものだが」

「既に覚悟は出来ております」


 高木は、小さくも強い決意に満ちた言葉で伝えた。

 本来、総理大臣は、法律により軍令系統から離れている。

 しかし、戦争中、軍の動きが分からないのは、戦局が不明では戦争指導など出来ない。

 東条英機が総理のみならず陸相、はては参謀総長まで兼任しようとして独裁者と呼ばれたのも、権力を集める、分散された権限を集めて合理的に戦争を動かそうとした一面がある。

 だが、強い反発に遭って頓挫してしまった。

 前の小磯首相は旧来に改めたが、非効率になり挫折。

 後任の鈴木は高木のネットワークを使う事で、情報交換と意見の合意を行い何とか指揮統一しようとしていた。

 勿論、違法、特に軍事機密の漏洩は、重罪でありバレれば銃殺もあり得る。

 それでも高木は必要と考え、綱渡りのような仕事を続けていた。


「交渉の方はどうですか?」

「スイスとスウェーデンで行われている。アレン・ダレスが熱心でね。北山君と替わった後の担当者とも熱心に交渉を重ねている。だがアメリカ政府は思ったよりも強硬だ」

「細菌兵器の脅しを見せてもですか」


 細菌兵器の搭載は陸軍の協力をもって行われた。

 総参謀長の梅津大将が人類への犯罪行為であり協力できないと、提供を拒んでいたが脅迫の材料とするだけで実戦使用はしない、作動しないよう、散布できないようにした上で交渉材料としてのみ使用すると確約し提供して貰った。

 米本土中枢への攻撃、それも破滅的な攻撃が行えることを証明しなければ交渉の跡にも付けない状況に日本は陥っている。

 沖縄では勝ったが、こちらの損害も大きく米軍の補給の大半を寸断したとは言え、マリアナ奪回など妖しい状況であり本土空襲という匕首を一方的に突きつけられた状況で交渉など不可能だ。


「それに政府や軍部の中には沖縄戦の休戦を事実上の勝利と見なした上、パナマと米本土空襲の成功で回天が成った、米国恐るるに足らず、反撃するべきを唱える連中がいる」


「一撃講和論はどうしたんですか」


「やはりマリアナを抑えられているのが痛い」


「連中に奪回する方策はあるのでしょうか?」


「言葉だけではどうしようもない。それに厄介な新型爆弾が存在するのも懸念の内だ」


 新型爆弾で脅迫されている限り、アメリカが条件降伏を認める訳がないという見方だ。

 実際、アメリカは強気の姿勢を崩していない。


「ソ連の侵攻はアメリカ側を慌てさせたようだがね」


 ソ連が予想以上に早く侵攻を始めたことはアメリカにも予想外だったらしい。

 通常なら秋、九月上旬と考えていたが、日本軍の弱体化を見て攻め込んだようだった。

 しかし、米軍にとって動けない時期に日本軍を攻撃する、占領地を増やされるのは頭の痛い問題だ。


「すぐに降伏するように新型爆弾を落としてくる可能性があるな」

「まさか」

「あり得るよ。日本だけでなくソ連への脅しを兼ねて」


 鈴木の洞察に高木はうなずかざるを得なかった。

 新型爆弾の威力を見せつけるなら無人島にでも落とせば良い。

 わざわざ広島に落としたのは、その威力を、都市部に落とされたらどうなるかをソ連へ見せつけ牽制するためのものだ。

 太平洋艦隊が動けない今、原爆使用以外に派手な戦果を見せつけられる方法はない。


「少なくとも、マリアナを奪回したいと言ってくる人間は出てくるだろうね。マリアナを保持した上で、行うべきだとう話は出ている」


「どうにかなりませんか」


 高木が縋るように言った時、連絡将校の一人が飛び込んで来た。


「航空総軍防空司令部より報告! マリアナより少数の米軍機が九州方面へ飛行しつつあり! 警戒態勢をとります!」


「この状況では難しいだろう」


 報告を聞いた鈴木は高木に答えた。

 米軍が圧倒的な戦力、新型爆弾を持っている状況では、条件降伏も難しい。伊四〇〇の攻撃はある程度脅しになったようだが、まだ足りない。

 何かもう一つ切り札が欲しかった。

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