沖縄休戦なる

 数日前、戦線を整理する時、住民が邪魔だから戦場から移動するようにある幕僚が知事に命じた事があった。


「邪魔とはどういうことですか!」


 普段温厚な島田は烈火の如く怒った。


「県民は皇軍を信じ、これまで付いてきました! なのに邪魔とは、あんまりだ! 守るべき県民を戦火にさらして何という言葉ですか!」


 これは流石に牛島も出てきて仲裁に入り、自ら頭を下げて謝罪した。

 そのお詫びとしても、米軍指揮官と直接交渉する機会を与えたかった。


「住民の避難については了承しよう。また食料に関しても住民の為の分が、一月分船に乗せられている」


 嘘ではなかった。戦闘終結後、沖縄本島を占領統治するため、住民の反乱を誘発しないように食料を提供する予定であり、輸送船団に積み込んでいた。

 ソ連軍なら虐殺か強制移住だっただろうが、米軍の場合、議会などからの追及があるため酷いことは出来なかった。


「ありがとうございます」


「構わん。ただ一つ聞かせて欲しい」


「何でしょうか」


「どうして戦場に残ったんだ。県知事なら、文官なら軍艦ならば脱出できたでしょう」


「私が嫌だと言えば誰かが代わりに連れてこられますからね。そんなことは出来ません」


 事実、島田は、前知事が事実上の逃亡を果たした上、誰も名乗りを上げなかったため自ら赴いた。


「それに牛島さんに来て欲しいと言われましたから」


 上海領事官時代の知遇があった牛島の推薦もあり島田が沖縄県知事として赴任することになった。


「ああ、それと病人がいます。収容と治療をお願いできますか。地域住民にも多数の患者が出ています」


「構わない」


「すぐに連れてくるんだ」


「感謝します」


 島田はすぐに臨時の病院に命じて米軍に収容させた。


「荒井君、もう大丈夫だよ」


 島田は一人の患者に声を掛けながら送っていった。


「済みません。彼は私を非常に助けてくれましたから」


 取り乱したところを見られて島田は恥ずかしがった。


「粗末ですが、食事をご用意しました。如何でしょうか」


「いただこう」


 パットンは同意したが、調理されている芋を見て言った。


「道ばたに生えている草の根っこを食べるのか」


 道端の草を食べなければならないほど困窮しているのか、とパットンは驚いた。


「……はい。食料が困窮しておりまして。今は予め植えておいたこの芋が頼りです」


「予め植えた?」


「島ですので輸送路を寸断されても県民が餓えないように、道ばたに芋を植えるよう指導しました」


「いつからだ」


「一年以上前でしょうか。荒井君も協力してくれました」


 道ばたに植えられた芋も、財産であり勝手に食えば処罰される。

 しかし、県民を優先して警察部長だった荒井は不問にすると宣言。

 県民に芋を植え、必要な時は勝手に食べ、残った蔦を植えるように指導した。


「……そうか」


 それだけ言うとパットンは黙って出された芋を全て食べた。

 その夜パットンは日記にこう記した。


 私は今日ほど清々しい気分になったことはなかった。

 私は完全に負けた完璧に負けた。

 だが非常に気分が良かった。

 私よりもあの絶望的な状況であれほど苛烈に司令官から兵士、国民まで一丸となって戦った者たちは、歴史上のどこにもいないだろう。

 あれほど素晴らしい戦い方をする人間を私は知らない。

 その戦いぶりに私は羨望を抱いたものであり、彼らに負けたことにも納得できる。

 いや負けて当然であり、彼らと戦えたことを、彼らが勝利したことを誇りに思う。

 同時に私は合衆国国民であったことを、これほどまでに感謝したことはない。

 あのような絶望的な状況下で本来守るべき住民とともに戦い抜け、と。死ぬまで戦え、と言われても実行できるかどうか私にはとても自信がない。

 故に彼らの戦いぶりは賞賛に値する。

 自分がそのような戦いをできるかどうか自信は無い。

 勝てる見込みは、殆どなく、ただひたすら長い時間戦い続けることが目的など、いや命令されても出来はしないし、やりたいとも思わない。

 とても恐ろしすぎて私には出来るとは思わない。

 にもかかわらず戦い抜いた彼らを賞賛できる。

 だが自分も彼らと同じことしたいとは到底思えない

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