沖縄本島休戦交渉
「まさかこの俺が休戦の話し合いに行くことになるとはな」
陸上部隊の停戦交渉を行うよう命令されたパットンは毒を吐いた。
「しかし、現状では休戦せざるを得ません」
「分かっている」
パナマ運河を破壊された現状では太平洋の陸軍を維持するのが危険な状況になっている。
備蓄で何とかしのげるが、戦闘で、いや活発になりつつある日本潜水艦隊の活躍により輸送中に船ごと沈められる可能性が高くなりつつある。
戦闘による損耗を考えると十分とは言えない。
まして何時終わるか分からない相手に限られた物資だけで戦うのは危険すぎる。
停戦となったのは、妥当だ。
むしろ、これまで敵との交渉はヴィシーフランスとの秘密交渉もあり利敵行為、連合国の正義を穢しかねないそてい非難されかねなかった。
こうして、前線指揮官同士が降伏交渉以外で話すなど、あり得なかった。
それを認めただけ、全責任を、国民の非難を浴び、議会の追及を受けることになっても構わないというニミッツ元帥の覚悟だけでも十分だった。
「一人というわけではない」
勿論、パットンも部下の為に決断してくれたニミッツを支持している。
いざとなれば、合衆国の馬鹿共、陸軍上層部やホワイトハウス、議会の連中がニミッツを非難すればパットンも責任を共に分かち合うつもりだ。
何しろ、敵将と、いやあれだけの戦いをやり遂げた英雄と対談できる場を用意してくれただけ、嬉しいのだ。
「では行くとしよう」
指定されたのは、前線の中間地帯、敵味方の陣地の丁度真ん中だ。
日米双方の兵士が固唾をのんで見守る中、パットンは磨き上げた拳銃と兵士に受けが良いようにノリのきいた将軍服をあえて着崩して、台風で泥濘んだ砲弾痕を危なげなく歩き、会談場所に現れた。
一方の日本軍は、長身で威勢の良さそうなはつらつとした青年のような将校が小太りの中年の将校と神経質そうな将校を連れてやって来る。それに何故か、民間人らしき男もいる。
パットンは、青年を牛島だと思った。
そして、中年が前線指揮官で、神経質な男が参謀長と推測した。
民間人の方は、通訳だろうか。
パットンは自分の推察を元に行動した。
「はじめまして、小官が合衆国太平洋陸軍司令官ジョージ・パットンであります」
神経質そうな男、八原が通訳して話す。
「ありがとうございます閣下。しかし、自分は参謀長の長勇であります。司令官閣下は此方です」
容姿相応のキビキビとした態度で紹介したのは、隣にいる中年の男、牛島満だった。
これにはパットンも驚いた。
このような人物が、この二ヶ月の間、装備劣弱な日本軍をねばり強く戦わせたとは思えなかった。
「初めまして閣下、司令官の牛島満であります」
自己紹介を続ける内にパットンの疑問は氷解していった。
丸々と太っていたが、何処か愛嬌があり懐の深そうな人物だ。
一見、優柔不断だが、奥に強い芯のような物があり、非常に信頼できそうな人物だった。
「我が軍は休戦を受け入れます。これは牛島の責任において承諾します」
「此方も同意する」
「では、細かい事は、軍事に関しては此方の八原と行政のことは県知事の島田さんにお任せします。彼らの方が私よりできますからね」
「太っ腹ですな」
「別になんでも渡すわけではありませんが。まあ私の家を居酒屋と間違えて入ってきた酔っ払いに酒と肴を出したことがある程度ですが」
「バージニア人でもそこまではしませんよ」
南北戦争前、バージニアの名士達は評判を良くしようと、何より遠方の話に餓えていたため、旅人をタダで招き入れ、食事と宿を提供したという。
しかし突如、やって来た酔っ払いをもてなしたという話は過分にして聞かない。
それをやったと言うのだから大した人間だとパットンは思った。
そして彼が仕事を任せた、人物も大した人間だった。
米陸軍での勤務経験もある八原は理詰めだが、判断が的確であり、合理的に全ての条項を適用し、すぐに纏めた。
一方の島田も、県民の事を憂慮して、食糧供給の依頼や、住民の安全を保証するよう。また、戦場に残った民間人を安全な北部へ避難させるよう依頼した。
「これは小官も強く求めます」
特に住民の避難は牛島が口にするほど強く求めた。
「お優しいのですね」
「住民の方々にこれ以上 犠牲を出すわけにはいきません」
作戦上の必要性、飛行場適地であり、人口の多い南部を主戦場にして戦う事となり県民に多大な犠牲を強いた。
彼らを戦場に残したのは牛島の大きな後悔だった。
また、島田知事への贖罪でもあった。
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