ニミッツの驚き

「まさか、ワシントンまで空襲されるとは」


 報告を受けたニミッツは唖然とした。

 日本軍が東海岸まで攻撃出来る、しかもアメリカの中枢を攻撃出来るだけの能力を持っていることが明らかになったのだ。


「このまま、戦争を続けますか」


「……先も言った通り、小官には権限がない」


「ワシントンに話を通すくらいは出来るでしょう」


「しかし」


「ワシントンを襲撃した潜水艦の根拠地と目的地の一部くらいは伝えますが」


「……なに?」


 佐久田の言葉に驚いた。

 潜水艦部隊にいたニミッツにとって潜水艦が根拠地を必要とする事はよく理解している。

 そして潜水艦の居場所を知られることとがどれだけ危険か。

 居場所が分からないことが潜水艦の最大の特徴であり能力、戦力だ。

 それを他人に、それも休戦しているとはいえ、敵に教えるなど彼らを危険に晒す、いや発見されたら潜水艦は水上艦より弱く簡単に撃沈されて仕舞う。

 現に日本は度々、米潜水艦の基地を空襲しており、在泊中の潜水艦撃沈を含む攻撃を仕掛け潜水艦の活動に著しい制限を加えている。

 敵に味方潜水艦の位置を教えるなどあり得ないことだ。


「欺瞞情報か」

「いいえ、本物の情報です。確認は難しいでしょうが」

「何処だね」

「ワシントンを空襲した潜水艦部隊の本拠地は大連です。そしてアメリカを攻撃した潜水艦は、アルハンゲリスクへ向かっております」


 ニミッツは驚いて吹き出した。

 本当に教えるとは思っていなかったが、それ以上に本拠地と目的地の位置が問題だ。

 大連は分かる。満州、遼東半島の先端にある港だ。

 満州の工業化を進めた時に建設された北山の造船所があり戦艦途中で改装されたが空母をはじめ潜水艦の建造も行っている。

 そこで建造された可能性は高い。

 だが、現状は問題が多い。

 現在ソ連軍が満州に攻め込んでおり、いずれ占領される可能性が高い。

 つまり、アメリカを攻撃出来る潜水艦の情報、技術、実物がソ連の手に渡ってしまう。

 米本土はソ連から無事だったのだが、今後はワシントンさえ攻撃出来る手段をソ連が手に入れてしまう。

 これは外交上、軍事上危険だ。

 しかも、実物が、ソ連の大西洋への港であるアルハンゲリスクへ行く、接収され、ソ連軍が使ってしまう。

 大西洋へ出られるアルハンゲリスクは日本から赴くより米本土へ遙かに近く、簡単だ。

 数年後にはソ連で製造されたコピー品が就役してくるかもしれない。

 ウラジオストックへ不時着したB29を元にアメリカに届く爆撃機のコピー生産を行っている情報もある。

 決して夢想で済ませられる想定ではない。

 アメリカは戦後も、ワシントン空襲を再現できるソ連の潜水航空部隊の脅威にさらされ続けることになる。


「脅迫するのかね」


「戦争ですから」


 怒り狂うニミッツに涼しい顔で佐久田は伝えた。


「以上の事をワシントンにお伝えください」


「素直に聞くと思うか? そのような脅迫を聞いて」


「いいえ、事実を話しただけです。その上で、話し合いを行いましょうと言っているのです。まあ、話すか話さないかは元帥の勝手ですが」


 佐久田の言葉にニミッツは黙った。

 露骨な脅迫だが、話さないわけにはいかないだろう。


「直ちにワシントンにこのことを伝えろ」


 ニミッツは幕僚に命じた。


「では、話し合いといきましょう」


「小官に権限はないと言っているが」


「多少、話を聞くくらいは良いでしょう」


 そのために、ここまで積み上げてきたのだ。

 アメリカと交渉するために、なしえるだけの材料を、同じテーブルに座ることができる手段を手に入れるために幾多の将兵を犠牲にしてきた。

 涼しい顔をしている佐久田だが、ここで話さなければならない。


「それで、どんな話だ。言った通り日本の降伏交渉はできないぞ」


「いえ、沖縄周辺海域での休戦についてです。まだ、細部については詰められていなかったと思います。大枠では合意しておりますが、細部、特に陸上部隊の扱いなどについては」


「わかった、良いだろう。沖縄の休戦については合意する」


「双方現状維持。現地点で自衛を除き交戦しない。互いの領域へ行かない」


「良いだろう。だが、細かい事は前線部隊に任せるべきだ」


「同意します。双方、陸上部隊の指揮官が出てきて前線で話し合った方が良いでしょう」


 話は順調に進んでいった。

 それは双方にとって有意義な事だった。

 しかし、ニミッツは使いっ走りにされたような気分にさせられた。

 だが、これ以上若者の血が流れずに済むのは喜ばしい事であるはるハズだ。

 また、佐久田の人柄についても理解出来たのは良かった。

 非常に腹黒で油断すれば寝首をかかれる。

 いや、状況が逆転させられて仕舞う。

 しかし、信義をとくに将兵への思いは深く、味方となった時は非常に頼りになるとニミッツは確信した。

 決して油断は出来ないし裏で何かしていそうだが、味方である間は信頼できるし頼りがいがある人物だと、元航海局長――米海軍人事部門のトップだった経験からニミッツは判断した。


「まあ、こんなものかな」


 会談が終わり、大和を退艦したニミッツを見た佐久田はようやく、肩の力を抜いた。

 まさか、敵の太平洋方面最高司令官と会談することになるとは思わなかったが、上手くいった。

 特に講和、条件付きの降伏への道筋を作れたのは良い。


「あとは、上に全てを任せるとするか」


 佐久田は自分の役目は終わったと、この時はそう信じていた。

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