アメリカ政府上層部の内情

「反対です」


 グローブスの原爆投下の意見に国務長官代理のグルーが反対した。


「現状、合衆国が大規模な反撃を行える状況には無い、と判断します」

「何故だ?」

「沖縄戦の敗北で我が軍は大損害を受けており、態勢を立て直す必要があります。しかしパナマ運河を破壊されたため、補給に支障が出ております。次期作戦を行えるのはかなり先になるのでは?」


 グルーの指摘にキングは黙って頷いた。

 補給の要であるパナマ運河が通行可能になるのは少なくとも一年以上先だ。ガツン湖に水が溜まるのが遅ければ更に伸びる可能性が高い。

 それまではホーン岬経由で行くか非効率を承知で鉄道で輸送するしかない。

 或いは侵攻方向の変更。スエズからインド洋経由で攻め込むという方法がある。

 しかし、今まで艦隊を展開していないため、拠点整備から始める必要があり、半年以上の準備とその後の攻略で一年以上かかる。しかも日本が最初に攻め防御を固めているであろう南方へ攻め込む必要がある。

 これまでの損害を考えると、多大な犠牲が出ることは容易に想像できる。やれと言われればやるが、艦隊の再建途中であり確固たる意見をキングは言えなかった。


「何が言いたい」


 キングの沈黙にトルーマンはグルーに発言を許した。


「日本との講和交渉を行うべきです。天皇制を許せば占領地からの撤退で直ちに講和交渉は出来るでしょう」

「ダメだ。アメリカ国民との約束を守らないわけにはいかない」

「だからといって戦争を続けるのですか? 日本の細菌兵器の攻撃に怯えながら」

「脅しだ。国際法違反の細菌兵器を使うなど考えられない」

「日本への都市空襲は合法だと?」

「……」


 トルーマンは黙り込んだ。

 無差別爆撃も国際法違反だ。

 戦勝国となる予定だからこそできる事だ。

 だがやり過ぎれば自暴自棄になった、あるいは国際法違反の報復として日本軍が細菌兵器を使いかねない。


「財務省としても戦争継続には反対です。パナマ運河が破壊されたことにより、本土への侵攻は最低一年以上遅れ、その間に日本軍が再度侵攻し戦線が後退、その遅れを一年として本土を陥落させるのに更に一年。この後合計三年のスケジュールが遅れることを考えますと合衆国の経済は破綻するでしょう」

「そんなに悪いのか?」

「ヨーロッパへの援助を行わなければなりませんし、今回の件で合衆国の沿岸部に艦艇を配置し作戦行動を行う必要が出てきました。その分の経費も上乗せすることになります。財政的には既に逼迫しています」

「私も同意見です。産業の動員も限界に達しつつあります」


 商務長官も講和に賛同した。


「私もです。農作物の収穫が減ってきています。このままでは食糧不足になる事は避けられません。ヨーロッパへの食料支援を考えますと来年度はギリギリの量となるでしょう」

「だが、日本と交渉するなど」


 ルーズベルトが北アフリカ上陸作戦の時ヴィシー政権と交渉したことでファシストと妥協したと国民の非難を受けていた。その二の舞をトルーマンは演じたくない。


「交渉せず戦争を早期に終えたい」

「ではソ連の参戦を許すのですか?」

「それは……」


 グルーの言葉にトルーマンは黙り込んだ。

 東ヨーロッパでのソ連の行動は侵略に近い。東ヨーロッパ諸国の共産党員を政権に据え反ソ連の人間を逮捕し収容所に送り込んでいる。

 彼等がアジアへ進出してくるのは危険だ。しかし、切り札が無かった四ヶ月前の状況ではソ連の参戦は避けられなかった。

 だが、今は切り札が有る。ポケットの中のバーンズのメモを握ってトルーマンは言った。


「日本との交渉は現時点では行わない。結論は後日行う事とする」

「しかし、交渉を行わなければまた日本軍の、それも本物の細菌攻撃が行われる可能性が」


 細菌兵器のことはパニックを避けるために国民には伏せている。

 しかし、細菌兵器を乗せた日本軍の潜水艦が合衆国の沖合にいることは確かであり、捕捉できていない。

 交渉を蹴った瞬間に日本が都市爆撃への報復に細菌兵器を使う事も考えられる。


「兎に角、日本との交渉は行わない。これは大統領の決定だ」


「しかし、攻撃の手段がありません。準備が整うのはパナマが復旧して以降、一年以上先になります」


「一機の爆撃機で十分ではないか」


 バーンズの意見書を握りしめたトルーマンの言葉に参加者達は、グローブスを除いて重い沈黙が走った。

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