エピローグ:Day After Day

 夜が明けた。

 結局。例の敵は、倒されると死体も残らなかった。

 ネイピアが言うには、元々はこの世界の生命ではないため、死体もこちら側には残らないのだろうと言っていた。

 残っているのはダークトロルの死体だけで、それすらも激しい戦いで吹き飛ばされ、ひっくり返され、かき混ぜられている。

 何もかも、台無しになっていた。

 

 だがそれでも、朝日は僕らを照らして。

 世界に、色彩が戻る。


「もちろん。敵はあれだけじゃない。二百年前、ボクがいた国を消滅させた存在は……おそらくはもっと大勢いて、強大だった。あの時はボクの【神殺し】は全く無意味で役立たずだったし、敵が何者なのかも理解していなかったがね」


 ネイピアがとんがり帽子を脱ぎ、膝をついている。

 太陽に向かって、祈っている。

 神ではなく。遠い記憶の中の古の国。もしくは仲間に対し、祈りを捧げていた。


「あるいはボクが、もっと純粋でいられたら。自身の技能スキルを信じて、それを使い続ける『象の道』を選べていたら。二百年前だって仲間を死なせずに済んだかもしれないね。結局、ボクもその程度なんだ。魔女だなんだと言われても、ただの愚かな貧弱一般人に過ぎない……」

「ネイピア……」

「ボクなんかは、一匹のメスガキに過ぎない……」

「いや、メスガキはちょっと意味が違うと思いますが」

「象の話についてもね。二百年前のボクの仲間が、途中まで話してくれたお話なんだ。だからボクも結末は知らない。ただ、うん……そうだね……」


 ネイピアは振り返り、立ち上がる。

 朝日を背負って、僕とシグマ達に振り返る。


「イクス。ボクと一緒に来て、象の話の結末を見に行かないか?」


 魔女の。思っていたよりもつややかな黒髪が、朝日を浴びて輝いている。

 彼女は、帽子を胸に抱いて、僕に向かって手を差し伸べてくる。


 僕は。

 その魔女の、小さな手を。


「断る!!!!!!!!!!!!!」


 握ることはなく、腕を組んだ。

 そして。


「あんたら何なんだ!」


 僕はまず、ネイピアに指を突きつけた。


「いい年してガキの姿をしたまま、ほとんど裸みたいな服装で街中を歩くババア! 研究のためだか人類の未来のためだかなんだか知らないが、テロも起こせば魔物も呼び寄せる! 倫理観も性格も最悪に破綻した害悪魔女!」


 次に、ファイも指差す。


「希少な金貨のみならず、その十倍以上の価値がある白金貨までをも使い捨て! 戦うだけで負債が増えるため『黄昏てる』のを目撃される修道女! その上で『三秒以上前の傷は治せない』という致命的なマイナス技能スキル【三秒ルール】を抱えていたが故に高等司祭として認められず、未だに巡礼の旅を終えられない半端者!」


 その次は、シータ。


「包帯で抑制してはいるが、周囲の全てを呪いによって腐らせるマイナス技能スキル【呪われし森】を抱えた特攻兵器! 存在自体が危なっかしいのに、性格的にもフラフラしていて何をするかわからず、いるだけで『凶兆』であると周囲から恐れられてる疫病神!」


 最後に、シグマ。


「もちろん性格的に非常に感じが悪いのは前提として、『武器』を使おうとすると威力が大幅に減少するマイナス技能スキル【剣を鋤に】を抱えた戦士! 武器を使う時点で強烈に弱体化デバフがかかるから、無理矢理『武器とは判定されない何か』を遺跡から掘り返して担いでいる『がらくた屋』!」


 四人合わせて、問題点を列挙した。

 四人とも反論はなく、口を挟むことなく最後まで聞いていた。


「……あんたら完全におかしいよ! どうしてそんなに、無理矢理に冒険者なんて続けているんだ! いいことなんて無いのに! うまい話なんてあるわけないのに! どうして諦めたりせず、変えたりもせず、曲げることすら無しに冒険者なんてやってるんだ! 他に生き方なんて、いくらでもあるじゃないか!」


 いずれも。マイナス技能スキルとしては致命的だった。

 『象の道』。歩めるなら、どんなにすばらしいことだろう。

 だがそれを歩くのに、現実はあまりに厳しいではないか。棄てて諦めてしまう方が、静かに生きられるではないか。

 人生を投げうつような真似をして、それで結局、何にも手に入らなかったら。それこそ、無意味だ。クズだ。敗北者だ。

 そうなるくらいなら、冒険なんか。必要ないじゃないか。

 けれど。


「あ。そう」


 四人とも、それだけ言って。

 僕に背中を向け、歩き出す。


「祝福されないな」

「祝福されませんね」

「祝福。ない」

「祝福来ねえなあ……」


 口々に言って、そのまま、僕を置いて歩き去ってしまう。

 

 ネイピアは。固有技能ユニークスキルが使い物にならないと分かれば、自ら魔導器を発明し、闇の魔術を研究した。それはついに規格外技能オーバードスキルと呼んで遜色ない威力を得た。その上、二百年の探索の末に僕と僕の技能スキルを見出し、固有技能ユニークスキルの戦術をも完成させた。


 ファイは。マイナス技能スキルの影響で三秒以内の傷しか治せないと知った。その上で、『三秒以内であればどんな傷でも治す』ように能力を高めた。結果としてそれは、【治癒】を超えて【再生】へと至り、時の流れすら操る奇跡――規格外技能オーバードスキルを呼び起こした。


 シータは。かつてはマイナス技能スキルを利用され、生きたバイオテロとして利用されていた。しかしネイピアに拾われ、包帯によって技能スキルを制御することで、自らの意志で災禍を打ち払う力――規格外技能オーバードスキルを見出した。


 シグマは。戦士として高い能力に恵まれていながら、いかなる武器を使うことを許されなかった。『素手』すら大幅に威力が落ちる中、彼はおたまや鍋のフタを使って戦い続け、ついには古代の機械まで掘り起こして戦いに利用した。それは、この世界に存在しない武器であり、唯一無二の規格外技能オーバードスキルだった。


 皆。来る日も来る日も。己の技能スキルを使い続けて。

 磨き続けて。

 信じ続けて。

 そうして、規格外に至ったのだ。


「ほら。さっさと来いよイクス。メシでも食いに行こうぜ」

「……ちぇ」


 四人の背中を、僕は追いかけた。

 異次元の脅威とか、ネイピアの計画とか、シグマやその他の仲間のためとか、そういうことではなく。そんなことは、微塵も関係なくて。

 僕自身の、その意志で。

 

 自分に何ができるかわからなくても。

 間違えたら死ぬとしても。

 足りなければ堕ちるとしても。

 歩まなければ。結末など誰にもわからないのだから。


 僕は、僕の象の物語を、確かめてみよう。そう思ったのだ。

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ディー・ブレイカー~敵を祝福して強化するスキルを発現させてしまったので、当たり前ですが追放されてしまいました。 ~ 七国山 @sichikoku

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