よろしく、繝溘Λ繧、

兎蛍

神無封馬は(非)日常を愛している

「部長、なんですそれ?」

 ただでさえ狭い部室なのに何考えてんですか、と続けそうになるのを喉元で留める。僕の非難を込めた思いは伝わらず、神無かんな部長は変に着崩した学ランのまま、足を組み自慢げに椅子に肘を置いた。


「見てわからんか、ロボットだよ」

「……はあ」


 三角座りをしてもなお天井に頭がついているロボットは、ロボット同好会からもらってきたにしてはやけにでかいし、部長が作ったにしては趣味が良すぎる。文化祭で展示する分には、ちょうどいいかもしれないが。


 部室棟の端の端、誰も使っていない階の、新入生も迷い込まないような場所にオカルト研究部はあった。部員2名、顧問の顔は見たことすらない。化石のようなPCには埃が積もっていくばかりで、棚は部長の拾ってきたゴミ、失礼、ガラクタだらけでむしろ壮観と言っていいくらいだ。どういう思考してたら浮世絵とマトリョーシカを一緒に置くんだよ。


 中古で集めてきたというホラー映画や呪いのビデオ(再生する機器はない)だとかが100枚近くあるのはまだいい方で、黒魔術や陰陽道とかいうのが詳しく書かれた、六法全書並みに分厚い本は古本屋でいくらで売れるだろうかと考えたのは1度や2度ではない。


「ロボットとか好きでしたっけ」

 ふと、棚の横にあるガラスケースの中のいくつかに目が行く。最近部長が設置したものだ。

 何だったか、確か鳥籠みたいな名前の小さな木箱に、かつて外国の博物館に展示されていたとかいう、カタカナ4文字の名前の可愛らしい人形。名前は忘れた。その奥に変わった形のミイラ。小動物か何かだろうか。

 どれも大事なものなのか、絶対に触るなと言われていたガラスケースに触れようとしただけで、すごい剣幕で怒られたことがある。どういう趣味なのか知らないが。部長の怒った顔を見たのは、後にも先にもその時だけだ。

 まぁそんなわけで、ロボットなんて近代的なものはどう考えても神無部長の趣味ではないのだ。


「一昨日、路地裏で未来人を名乗る男から買い上げたのだよ。本来なら2000万のところ、なんと税込み22万だ」

「何考えてんですか!?」

 近代どころか未来だった、というか高校生がそんなんに引っ掛かってんじゃねえ!


「ていうか一昨日って、期末テスト真っ最中じゃないですか。そんなとこで何してたんですか」

「ツチノコを探していたのだが? 試験でヤマが当たるようにと願ってな」

「あぁ……そうですか……」

 部長のこういう発言に一々ツッコミを入れていては会話が成立しない。第一、UMAとか呪いとか僕は興味がない。

 部長はおもむろに立ち上がり、数歩歩いてロボットを見上げてから視線を僕に流した。やたら整った横顔が夏の陽光にさらされる。


「今朝、試験が終わったらすぐ、パーツの搬入と組み立てに協力してくれとメッセージを送ったはずだが。……それで来てくれたわけではないのか?」

「僕、試験終わって家に帰るまではスマホ見ないんです。見てても来ませんけど。いや、いつも通り勉強しにきただけですよ。でも机がないなら帰ります」


 うちの高校は全生徒、何かしら部活動をすることが義務付けられていて、籍を置いた部活には週に2回は顔を出さなくてはならない。しかも途中で辞めることが基本的に認められていない。

 目の前にはいつも使っている長机の代わりに、大きなロボット。マスコミ研究部が見たら明日には校内新聞の一面を飾るだろう。

 壁にかけてある不気味なお面も、ロボットの方を見ている、気がする。あれも、僕が最低限しか部室に顔を出さない理由のひとつだ。


『あのお面、気のせいだと思うんですが僕、あれにすごく見られてる気がするんです。なんか目光ってるし……。何なんですかあれ』

 体験入部に面白半分で参加して、そのお面を見た瞬間絶対ここには入らないと決めたのに。

『は? 光ってる? 見られてるだと? 何を言っているんだおま、……いや、白井といったな。お前は今日から我がオカルト研究部の部員だ! アレに気に入られるとは見込みがあるな! ちなみに拒否すると死ぬぞ、白井』って。お前が何を言っているんだ。

 その場に数人いた新入生も、次に顔を出した時はもう僕だけになっていた。


『オカルト研究部? そんな部あったんだ、というか、お前そういう系好きだっけ(笑)』

 友人に説明する度、こんな返事をもらう僕の身にもなってほしい。


「まぁそう急ぐな。これ凄いんだぞ。大抵のことは何でもできる。お茶くみから、必要とあらば世界だって救える! 説明書に書いてあった」


 A4のコピー用紙をホチキスで留めただけのものに手書きで『繝溘Λ繧、Ⅰ型説明書 古代人向け』。こんなんのⅡ型とかあってたまるか。

「部長、これなんて読むんですか?」左端を指さした。Λはラムダだとして、他は見たことがない漢字ばかりだ。

「繝溘Λ繧、」

「……えっ?」

「繝溘Λ繧、」

「…………そうですか」

 ロボットの説明書なんて、詐欺用に書いたにしても難しいことがいっぱい書いてあるんだろう、と紙をめくった。


『操作方法は簡単、あなたの言葉で伝えるだけ。起きている間は命令に従ってくれます。最大稼働時間は一日8時間、初期重量18kg。防水、耐火、耐衝撃性万全、戦闘機能付き。世界規模の有事の際も活躍いたします。

 ※Ⅰ型につき、人格を搭載しておりませんのでご注意ください。機械人権法に則り、一部の人権が適用されないことがあります。

 株式会社?難シ費シ撰シは、繝溘Λ繧、の非人道的行為に対する一切の責任を負いません。

 この紙は、古代人向けの製紙技術と再生紙を使用しています』


「これだけですか!?」

 何でロボットはやたら凝ってるくせに説明書はこんなに雑なんだよ! こんな名前の会社があるとは思えないし、なんだよ古代人って。

「分かりやすくていいだろう」

「あぁ、何でこんなのに引っ掛かるかなこの人は……。大体なんですか、『起きている間は』って。あと何で8時間しか動かないんですか。いやそもそも動くわけないんですけど」

「現代の法定労働時間と同じだな。その辺は未来も変わっていないようだ。これを売ってくれた男が言っていたが、未来ではロボットにも人権があるそうだ」

「そんなわけないでしょう、騙されてるんですよ! 未来人なんているわけないんです!」


 別に、詐欺にあうのは部長の変人ぶりと騙されやすさ――つまり自己責任だが、それで僕の作業場が追いやられたのは見過ごせない。名ばかりとはいえ、オカルト研究部員がこんなことを言うのは避けたかったが。そもそも、ここに入ったのだって部長に脅されたからだ。

 大きく振った右腕がガラスケースに当たりそうになって肝が冷えるのを表に出さず、僕はロボットを睨んだ。


「おい、お前、未来から来たってんならなんかやってみろよ! 僕の机返せ!」

「落ち着き給えよ、あの机ならロボット同好会に貸し出している。必要だというなら明日――」

「あぁもういいです、帰ります! そのロボット同好会にでも寄越したらいいんじゃないですか、そいつ!」

 壁に留めてある出席表にチェックを入れ、ロボットの方を見向きもせずに部室を出た。ドアを閉めた衝撃で、壁にかけてある不気味なお面がわずかに音を立てた気がした。



『――――”僕の机”に当てはまるものは検索結果にございません。他のキーワードをお試しください』

 中性的で機械的な音声が部室に響く。神無封馬かんなふうまは繝溘Λ繧、を振り返った。

「ん、あぁそうだな。真面目な奴だがどうも短気なところがあるようだ。しかし机の件はこちらに非があった……そうだ繝溘Λ繧、、もう少しサイズ縮められるか。具体的には人間と同じくらい」


『承知致しました』


 音もなく動作が完了し、繝溘Λ繧、は封馬と目線の高さが合う。

「おぉ、最初からこうすればよかったのだな! わざわざ運び入れる必要もなかったというに」

『本日の稼働時間が7時間を切りました」


 ロボットに残業の機能は搭載されていない。封馬はガラスケースを指さした。中に入っているのはすべて、下手に扱うと死ぬ、呪われた道具だ。


「分かっているよ。君にはこのガラスケースの警備を頼みたいのだ。毎日朝8時から夕方4時まで、指一本触れさせるな。先ほども、白井がぶつかりそうになって肝が冷えたぞ……。そうだ、あの仮面の呪い、解けるか」

『所要時間、約30秒。……呪物、滅浄致しました。明日日本時間午前8時より、警備の任務にお就き致します』


 繝溘Λ繧、が振り返って腕を掲げると仮面の放つ邪気が消え、ただの木のお面に戻る。封馬は興奮気味に繝溘Λ繧、の肩を掴んだ。

「やはりすごいな、未来の技術は! いくら探っても解く術が見つからず、途方に暮れていたのだ」

『他38種の呪物も滅浄致しますか』


 夜ごと喋り出す、魂の宿った浮世絵や、中に人の肉塊が入っていて絶対に開けられないし壊せないマトリョーシカ。全て封馬が、オカルト研究部を創設した時から苦労して集めてきたものだ。これを正式に処分するときは、オカルト研究部が廃部になった時だ。


「いや、どれもこれも俺が好きで置いてあるものだ。しかし仮面は良くなかった。今まで被害を出さずに来れたのに、後輩に呪いがかかってしまった。それももう、浄化できたわけだが……」

『未来予測機能発動。――――約116時間後に地震発生。棚上段右から2番目の西洋人形が白井一真の頭上に落下。微弱な呪いが発動致します』


 繝溘Λ繧、の自動危機管理機能のひとつ、未来予測だ。Ⅰ型は的中率98%、Ⅱ型は99.9%を誇る。

「……あー、人形を受け止めるか、呪いを即解くとかで対処できないか?」

『両方可能です』

「よし、それで頼む」

『承知致しました。しかしながら1度、棚の整理をすることを推奨致します。なお、この作業による先ほどの未来予測に影響はございません』


 封馬は棚を見渡した。確かに、拾ったり譲り受けたりした呪物や呪具がごちゃごちゃと積まれている。浮世絵のほか呪いの絵が、何重にも積み重ねられ、マトリョーシカがその上に鎮座している有様だ。

 しかし整理、と聞いて封馬は苦い顔をした。


「そうだな、頼んでいいか。片付けは苦手なんだ。ついでに殺生石の欠片をガラスケースに入れておいてくれないか。さすがに触ったら死ぬようなものを、棚の上に放置はまずい」

『承知致しました』

 繝溘Λ繧、の腕が伸び、淡々と素早く整理整頓がされていく。封馬はそれを目で追って、すべての物の配置を確認、記憶し直す。


「それと、次の日曜日に集落跡の探索に付き合ってほしい。白井は……また断りそうだな」

『承知致しました。――作業、完了致しました』

「ありがとう。……あぁ、大事なことを忘れていた」


 封馬は繝溘Λ繧、に背を向け、窓から下校中の生徒たちを見下ろした。締め切った窓の外から、吹奏楽部の練習の成果が耳に届く。マスコミ研究部が校内新聞を張り替えている。

 街は橙色に染まり、7月に入ったからか、100円自販機の前に人だかりができている。

 封馬は振り返って苦笑した。


「ロボット同好会から長机を回収してきてくれないか。あれがないと白井が怒る」

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