最終話 これからもずっと続く道

 夏祭りの翌日。綾乃と零斗は愛ヶ咲市へと向かう電車の中に居た。


「はぁ、疲れたねー」

「そりゃ色々とあったからなー。でも良かったのか? もう何日か実家に居ればよかったのに」

「うーん、それも考えたんだけどね。でも、これからはいつでも実家に帰れるから」

「……そうか」


 そうして綾乃は、車窓から外を眺めながら家を出る直前のことを思い返した。





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「綾乃も零斗君も忘れ物は無い?」


 玄関まで見送りに来た幸恵は心配そうに二人に向かって言う。


「うん、大丈夫。それは昨日さんざん確認したし。まぁなにかあっても姉さんに頼むから」

「お世話になりました」

「はは、気にしないでくれ。むしろ世話になったのはこっち方だからね」

「どういうことですか?」


 綾乃の父親である宗太の言葉に零斗は首を傾げた。


「こっちの話だ。ともかく我々家族は君に心から感謝しているということだよ。またいつでもおいで。歓迎しよう」

「はい、ありがとうございます!」

「零斗さん、また今度来た時はゲームしような。そん時までに練習しとくからさ」

「あぁ、俺も幸太君に負けないように練習しとくよ」


 また一緒にゲームをしようと約束する零斗と幸太の姿を見て綾乃は微笑む。最初はどうなることかと危惧していた零斗と幸太だが、二人は綾乃が思っていた以上に仲良くなってくれた。いや、幸太だけではない。両親ともだ。

 そして零斗は知らないだろう。綾乃が、綾乃達家族が零斗にどれだけ救われたのかということを。


「それじゃあそろそろ電車の時間があるから」

「ホントに送らなくていいの? 駅までなら送るけど」

「大丈夫。最後にもう一回この町を歩きたいし」

「そう。それならいいけど。綾乃、先に帰るからって家で零斗君とイチャイチャし過ぎちゃダメだからね。まぁ多少は大目にみるけど。あ、そうそう。それと――」


 朱音がそっと綾乃に顔を寄せて耳打ちする。


「キス以上のことをするならちゃんと付けなきゃダメだからね。二人ともまだ学生なんだから」

「~~~~~~っ、まだしないから! あぁもう私達行くから!」

「はいはい。それじゃあ気をつけてね。私も明日には帰るから。零斗君、綾乃のことお願いね」

「はい、任せてください!」

「じゃあお父さん、お母さん。またね」


 また帰ってくると、そう告げて綾乃と零斗は実家を後にした。

 綾乃の駅へと向かう足取りは軽く。その胸中も帰って来た時とは正反対だった。





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「帰ってきて良かったな……」


 綾乃は心からそう思う。行きの電車の中では様々な不安があった。しかしそれも全て解消された。それは今も隣に座る零斗のおかげだった。


「ありがとね零斗。今回一緒に来てくれて」

「それもう何回も聞いてるぞ」

「何回言っても足りないくらい心から感謝してるってこと」


 それは綾乃の本心だった。どれだけ言葉を尽くしたところで綾乃の胸中に渦巻く想いを、零斗への限りない愛と感謝の全てを伝えることはできないだろう。だからせめて少しでも想いが届くようにと行動で示すことにした。

 

「ねぇ零斗、ちょっとこっち向いて」

「ん?」

「♪」


 なにも気付かない零斗が綾乃の方に顔を向けた瞬間、綾乃は軽く身を乗り出し自分の唇と零斗の唇に重ねる。

 それは本当に一瞬だったが、零斗を動揺させるには十分だった。


「お、お前、急になにを!」

「私の感謝の気持ちを口では無く行動で示してみました。伝わった?」

「そりゃもう嫌ってほどに。でも誰かに見られたらどうすんだよ」

「大丈夫だよ。今はまだ電車の中の人少ないし。それに私は見られても気にしないよ」


 むしろ零斗は自分のモノで、自分は零斗のモノなのだと周囲に見せつけたいくらいだと呟く綾乃。

 キスという一つのラインを超えたからだろうか。綾乃の零斗に対する想いはこれまで以上に膨れ上がっていた。


(キスだけでこんなになるんなら、この先を経験したら私はどうなるんだろう)


 そんな興味と恐れが入り交じった感情が綾乃の中で渦巻く。しかしそれはまだ早いと自分に言い聞かせ、湧き上がりそうになる欲求を綾乃は抑え込んだ。


「もう一回する?」

「するか!」

「そう? 残念」


 不意に見せた綾乃の妖艶な笑みにドキリを胸を高鳴らせながらもギリギリのところで理性を働かせて拒否した。


「キスってすごいよね。ただ唇を重ねるだけの行為なのに、こんなにも幸せな気持ちでいっぱいになる。胸が満たされる。癖になっちゃいそう」

「……言っとくけど、人目につく所じゃ絶対にしないからな。今ので最後だ」

「人目につかなければしていいんだ?」

「それは……まぁ、な」


 零斗とて綾乃とのキスが嫌なわけじゃない。むしろ綾乃の言う通り癖になってしまいそうで。だからこそ自分を律するためにも制限は必要だと思っていた。


「じゃあ今度は零斗からしてもらおうかな」

「……努力はする」

「ふふ、期待して待ってるから」


 そっと零斗の手を握る綾乃。その目は『これくらいならいいでしょ?』と訴えていた。零斗は返事をする代わりにその手をそっと握り返した。


「もうあとちょっとで夏休みも終わりだね」

「うっ、唐突に嫌なこと思い出させるなよ」

「確かに夏休みが終わるのは嫌だけど……でも、楽しかったなって。こんなに楽しかった夏休みは久しぶり……ううん、人生で一番かも。零斗と一緒に色んなところに行けて、零斗と一緒の時間を過ごすことができて。だからずっと楽しかった」

「どうしたんだよ急に」

「零斗が居てくれたからなの。きっと零斗が一緒じゃなきゃこんなに楽しめなかった。他の誰かじゃなくて、零斗だったから。私はこの気持ちを忘れたくない。だからね零斗、これからも……夏休みが終わっても、二学期になっても、三年生になっても、学園を卒業しても、その先もずっと私と一緒に居てくれる?」

「そんなの当たり前だろ。俺はこれからもずっとお前の隣に居る。神様でも仏様でも無く、綾乃自身にそう約束する」

「私に約束するってことは絶対だからね。もし破ったりしたら酷いんだから」

「破るつもりは無いけど参考までに破ったらどうなるんだ?」

「生まれてきたことを後悔させてあげる」


 綾乃の目は本気だった。ドロドロと渦巻く情念のようなものの片鱗を目にしてしまった零斗は絶対に破るまいと心に固く誓った。

 しかしそんな綾乃の雰囲気も次の瞬間には嘘のように雲散霧消した。


「まぁ、そんな未来のことを考える前に私達は夏休みの後のこと考えなきゃいけないわけなんだけどね。体育祭に文化祭、それに修学旅行の準備もある。それが終わったら生徒会選挙だけど……うん、やること山積みだね」

「うへ、そうだった。なんかもうなおさら夏休みが明けるのが嫌になってきたな」

「私は心配してないよ。私が居て、零斗が居て、みんなが居てくれるんだから。だからきっと大丈夫。上手くいくよ」

「……そうだな」

「だからこれからも一緒に頑張ろうね、零斗!」

 

 


 こうして二人の夏休みは終わった。しかし、それでもまだ綾乃と零斗の道は続いていく。

 そうして色々な思い出を積み重ねていくだろう。二人はこれからもずっと一緒に在り続けるのだから。

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生徒会長は素直になれない ジータ @raitonoberu0303

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