白い魔人と元英雄〈 3 〉

(誓いって、姉さんがこんなヤバいやつと? いやそんなこと……)


「言葉なんていらない。命の奪いあいをして鮮血をかぶりあったんだァ。あれはまさしく、愛。血の誓いだった」


 語りながら、ワシャンポは透の頬を舐めるようにさする。


 先ほど透を振り向かせたときの力任せなものと違い、まるで宝物をなでるような手つき。

 しかしその深紅の瞳には、体が強張るほどに強烈な殺意めいたものがこもっているように見えた。


 すると突如、瞳に怪しい光の文字が浮かんだ。同時に心臓の鼓動が一気に速まる。冷や汗が垂れ寒気とともに全身の力がじわじわと抜けていく。



(なんだ⁉ すごく、気持ち悪くなってきた……)



 視界がぼやけ、体の奥底から大事な何かが抜けていく感覚に襲われる。

 


「いまつかっている魔法は最初こそ気分最悪だが安心しろ。数十秒もすれば楽になっ

てきれいさっぱり消えているさ。この場所も、おれ様も。そして、アヤネもすべて」



 徐々にかすみゆく意識のなか、透の頭に浮かんだのは家族のことだった。



(父さん母さん、ごめん。こんなことに巻き込まれて……。これじゃまた海を泣かせてしまうな……姉さんも――)


 

 かつて見た大きな背中を思い出す。少しがさつで男勝りな、優しかった姉の偉大な後ろ姿を。

 憧れ追いかけてきたものが、いまここですべて崩れて消える。このまま姉に会うこともなく。そう考えたとたん、底知れない恐怖がこみあげてきた。



(いやだ…………。まだ、何もできてない。まだ何も返せてない。こんなわけもわからないまま終わりたくない!)


「ねえ、さん」



 力もなく掠れた声。だが透は涙ながらに心から求め、叫んだ。



「彩音姉さん!!」



 次の瞬間。透たちのいる一帯を閃光が包んだ。


 あまりの眩しさに目をつぶってしまった透は、恐るおそる目を開ける。だが目の前に広がっていたのは何もない不思議な白の世界だった。

 


(ここは、――――ッ!)



 動かせる範囲で辺りを確認しようとしたとき、突然すさまじい衝撃音が鳴り響いた。

 

 体内まで響くほどの轟音と揺れに半分パニックになる透。すると白い世界がだんだんと崩れだし、外の景色が見えてくる。


 そして最初に目に飛び込んできたのは、女性の後ろ姿だった。

 長い黒髪を後ろに束ねた彼女は透と半壊している駅舎のあいだを塞ぐようにして立っている。


 ふと彼女の髪留めに目がいく。秋の紅葉もみじを模したそれは、誕生日を迎えた姉へのプレゼントとして透が贈ったものと瓜二つだった。



「彩音姉さん……なの?」



 無意識にでた呼びかけが聞こえたのか女性が振り返る。



「うん。ただいま、透ちゃん!」



 間違えようもないその笑顔は、四年のあいだ透が思い続けた最愛の姉。真泉彩音その人だった。 

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帰ってきたうちの姉は元英雄らしい 福之浦ミドリ @kurubusi-ita

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