白い魔人と元英雄〈2〉

 迫ってくる雪のように白い肌と幼さの残る顔立ち。それは産まれて十六年間彼女なしの透にとってはあまりにも刺激の強い光景だった。

 あわや唇が重なると思った瞬間、彼女の顔がぴたりと止まる。


「――スンスン、すぅん、スンスンスン」


「ふえ?」


 なぜか匂いを嗅ぎだした。構えていた透はつい間抜けな声を出してしまう。

 よからぬ妄想をしていた透のことなどつゆ知らず、犬のように一心不乱に嗅ぎ続けるワシャンポ。やがて彼女はニヤァと笑った。


「この記憶を揺さぶる…………フヒヒヒッ、そうかそうかァ。思った通りおまえがあいつの、アヤネの弟だな?」


「ッ⁉」


 予想外の名前の登場に驚く透。その反応を見たワシャンポはここぞとばかりに問い詰める。


「なァおい、あいつはドコにいる。ここら一帯はアヤネの残り香が濃い。隠しているんじャないのか?」


 姉が帰省する情報は答えまいと透はそっぽを向く。するとワシャンポはあからさまに困ったといった表情になる。


「あ、おい。黙られると困る。こっちはわざわざ無関係な死人ださないよう、疲れる舞台ぶたい結界まで張ってるんだ。さっさと居場所を吐けよ~」


 駄々っ子のように、ゆさゆさと綿玉ごと透をゆらすワシャンポ。だが苛立ったのか頬を掴まれ、透は抵抗むなしく冷徹な目のワシャンポと向かい合った。


「フ、ふうわふぇふぁいはろっ(言うわけないだろッ)。ぶはぁ、知らない人間に喋ると思ってるのか! というか、なんでそこまでして姉さんに固執するんだ。この変な状況やさっきから言ってることとかこっちは何一つわかんないんだよ!」


 透の逆切れを予想していなかったのか、ワシャンポはきょとんとしている。それから納得したように手のひらを合わせ叩いた。


「そうかそうかァ、おれ様としたことがうっかりしていた。こっちの世界の人間で〈魔法〉をまともに使えるやつは少なかったな。よし! おバカなおまえに火綿ひわたの魔人と恐れられるおれ様が魔法とは何なのか特別に教えてやろう! 知ればおまえも、おれ様がなぜアヤネを求めているのかわかるだろうしな」


(……なんで、今日いきなり出会った変な奴にバカ呼ばわりされなきゃいかんのだ)


 心で愚痴りつつも透は彼女の話に耳を傾けた。


「――まず世界っていうのはひとつじャあない。いまいるこの世界や、おれ様がいた世界のほかにも数えきれないほどある。そして数多ある世界の生ける者はすべて〈生命いのちの力〉を宿す最高に美しい核を持っている。おれ様たちはそれをタマシイと呼ぶんだ」


「生命の力を宿す核なんて、中二病患者の痛い設定じゃあるまいし」


「ゴチャゴチャ喋るんじゃねェ! ンでだ。タマシイを認知できれば練習しだいでそこから生命の力を自由に扱えるようになるし、様々な事象を引き起こせる。たとえばいまの状況のようにな」


 そう言ってワシャンポは胸の前に右手を出した。手のひらの上には白い糸と見たことのない字が書かれた小紙が乗っている。


「これはおれ様の毛と式だ」


「おまえの毛?」


 次の瞬間、手のひらの上が火花のように光りだし、その光が収束して弾けた。眩しくて閉じてしまった目を開けると、光があった場所に小さな綿が浮かんでいた。



「これが魔法だ」



 手のひらの綿はふわふわと浮かびあがり、辺りを浮遊する綿にまぎれた。


「だが正確に言えば、これは特定の触媒と式に生命の力を流しこんで作る魔道具ってやつだな。そんでここら一帯に浮かんでいる綿はすべてこれだ。生物が触れれば安眠と防御用の衝撃吸収綿が展開されるって代物よ! どうだ、これだけ説明してやったんだァ。もうおれ様とアヤネがどんな関係なのかわかるだろ?」


「いやまったくわからない! そのタマシイだ魔法だのの説明でおまえと姉さんの関係なんか見えてくるはずないだろう」


 ワシャンポはがっかりを通り越してあきれていた。しかし透の立場からすればそんな態度をされることのほうがおかしい。なんせ彼女は彩音との関係をまったく喋っていないのだから。


「もういいや。せっかくアヤネのように細かく教えてやったけどおおバカにはわからないよなァ」


(ンな!? こいつぅぅ。なに自分のこと棚にあげてるんだよ)



「そうだなァ、おれ様とアヤネはアツゥく愛を誓い合った仲さ」



 怒りで沸騰しそうな透の頭に、冷や水ともいえる衝撃的な言葉が降り注いだ。


「はい?」

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