白い魔人と元英雄〈1〉

 ――目を開くとそこは駅前の広場だった。

 どうやらベンチに座って寝てしまったらしい。


(いつのまに寝て……というか、どれだけ寝てたんだ?)


 まだ霞みがかった意識のなか、透は時間を確認するため上着ポケットからスマホを取り出そうとして……できなかった。

 なぜか腕が動かない。


(ん? 腕が、というより)


 全身動かせなかった。そして妙に暑い。たまらず視線を下に向けると、そこには見えるはずの自身の体はなく、どでかい綿の塊があった。

 正確に言うならば、巨大な綿が透の首から下を呑み込んでいたのだ。


「ンな⁉ なんだよこれ!」


 ここでようやく意識が鮮明になった透は改めて周囲を見渡した。



 いつも高校へ行くときの最寄り駅だったが、その様相は普段の駅と異なっていた。

 地面や空中に掌サイズの綿がふよふよと漂っていて、そのどれも淡い光の明滅を繰り返している。

 

 そんな幻想的な景色のなかで、いたるところに巨大な綿玉わただまが転がっていた。

 綿玉は透の右隣にもあり、中年の男性が先ほどまでの透と同じように眠っている。


(まさか、向こうにあるのも全部人なのか? いったいどうなってるんだ)


 状況はまったく理解できなかったが、透はひとまずこの綿玉の拘束から抜け出そうと体をよじってみる。効果はなさそうだが、とにかくもがき続け――。



「おまえ、ナンで動いてるんだ?」


 突然右隣から聞こえる女の声。驚いて振り向くとさっきの中年男の姿はなく、代わりに白い毛糸のワンピースを着た美少女が座っていた。


 少女は透きとおるような銀の髪を揺らしながら、ジロジロと透のことを物色して口を開いた。


「このワシャンポ様自慢の結界が効いてないなんて、おまえオモシロイやつだなァ」


(わけがわからない。結界って何言ってるんだよこいつ!)


「とりあえず味見させろ」

 そう言ってワシャンポと名乗る少女はガシッと両手で透を押さえ、ゆっくりと顔を近づけてきた。まるでいまから口づけでもするかのように。


(ななななッ、ナンデストー!)

 

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