(おまけ)7.5話  大事な大事な――

 美優は、昔から母にひとつだけ苦手なところがある。


 フワフワしているようでありながら、芯は固い母だ。一度決めると頑として動かない母なのだ。それはそれで頼もしいと思っている。

 しかしそれゆえに、ただ単にフワフワしているのと比べて、むしろ余計手に負えないときもあるものだ。


 美憂は改めて思い知ることになる。


 あらかじめ想定することはできる状況だった。だからこそ身構えずにいられなかった。

 いつもの食卓で、いつものように食事を終え、食器を片付けている間、どうしたものかと美憂は考え続けた。

 しかしとうとう、


「今週末なんだけどさ」


 恐々と切り出した。食器を洗いながらだった。ゆえに母には背を向けていた。しかし、母の雰囲気がゆらりと変わるのを美憂は感じ取っていた。


「土曜日、お出かけしようと思ってて……」


 早くも心臓がバクバクと音を立てていた。


「お友だちと?」


 母がたずねてくる。


「うん……」


 認めてしまった。

 さて、どうなることか……。


「そう……」


 母が吐息する。

 美憂は固唾を呑む。


「じゃあ、楽しんできなさい」


 母はあっさりとそう言った。美憂は食器を洗う手が止まっていた。しかし、どうやら無事に乗り越えた、ということか?


 ひと先ずその日は、その話題もそれきりになった。もう何も問題はなさそうかと、美憂も心の構えを解いていた。

 そうして、当日の朝は訪れた。


 美憂はパジャマのままで居間に降り、母の用意してくれた朝食を食べる。

 テレビを見る習慣のない母娘の朝は、静かだった。


「じゃ、帰りの時間がわかったら、連絡するね」


 朝食を終えると、そう伝える。すっかり油断しきっていた。


「待ちなさい」


 母の声が背後から迫る。

 美憂はギクリとする。この声は、に入ったときの母の声だ。


「ちょっとこっちに来なさい」


 有無を言わせぬ圧が、母から放たれていた。


「で、でも、準備が……」


 美憂は声が震える。しまった。心の準備ができていないから、うまい対応ができない。


「いいから、来なさい」


 異論は認めぬ圧力で、母は席を立つ。


「あ、あの……」


 なんとか切り抜ける術を考えながら、美憂は無力に母の後から従う。

 そして母の部屋の前まで来ると――


「美憂、入りなさい」


 母の声は、もう許してはくれなかった。

 美憂は、すべてを覚悟した。

 母の部屋のドアノブを握り、扉を押し開く。


 すると――


 巨大なクローゼットが据えられ、観音開きの扉が開かれたそこからは、ファンシーな洋服たちが綺麗に整列してきらきらと目に飛び込んでくるのだった。

 美憂は改めてゴクリと硬い唾を呑む。


「秋は控え目にと言うけれど、せっかく過ごしやすい季節なんだもの。秋こそ可愛く攻めなくちゃ」


 クローゼットをごそごそといじる母が振り返ると、その目はのスイッチが完全に入っていた。


「どっちがいいかしら。ワンピースもいいけれど、こっちのブラウスにこのスカートを合わせて……」


 母の手にしたハンガーをあてがわれながら、美優はもうすっかり母の人形になってしまっているのだった。


「ひ、ぴええぇ……」


 美憂は声にならない声を上げた。

 この日、美憂が待ち合わせに遅れてしまったのは、こういうわけなのである。





_____

ひとまずストックしていたショートショートや舞台裏のあれやこれやは無事放出できました。

(意外と長かった&締めのおまけは完全にノリです)。

いったん完結にしつつ、また小ネタがあればこっそり追加するかもしれません。

特に本編後半で架空の映画として登場した作中劇は、別作品として描くかも……(見通しは完全に未定)。

末筆ながら、ひとまず『ムカつくあいつがあこがれのあの人で』はひと区切りということで、本編から読んでくださった方、またこちらの連作から読んでくださった方、お越しいただきありがとうございましたm(_ _)m

また別作品、もしくは本作の続編(小ネタ含め)がもしあれば……そのとき改めてよろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

One More Episodes 〜舞台裏と答え合わせ〜 えぎりむ @egirin_sou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る