第8話
のんに、「ほんとに私以外の人と、なにもなかったの」と聞いてみたら、しばらく無言になった後、「少しだけ、気になる人はいた・・・同じ職場の人だったんだけど、全く関わることもないまま、退職してしまった」と言っていた。
「私のこと、誰かに話したことはある?」
「ないよ。誰にも言わなかった」
「占い師さんに、あなたが友達に相談して、他の女性を紹介されてその人と一緒になったって言われたの。だから、結婚とかしてるのかも、って思ってた」
そんなわけないでしょ、というように、ふっと笑われたので私も笑った。のんはやっぱり、私が想像していた通りの人だった。
あっという間に、夜20時になろうとしていた。のんの家までは電車で2時間、歩いて20分。
そろそろ帰るよ、と服を着出すのんに、さみしくない?と聞いてみると、「さみしくないかな、なんか、安心したから」と言われた。
私はずっと、のんと会うのはこれで最後だと思って一緒の時間を過ごしていたけど、やっぱり実際にお別れの時間になると、とてもさみしかった。
上着を着て、用意するのんに、「さみしいよ・・・」と言うと、私を抱きしめながら、「また会えるよ」と言われたので、ああ、全然伝わってなかった。私のさみしさは、そんな、今一時のものじゃない、と苦虫を噛み潰したような顔になった。
「のん、私のこと好きって・・・言ってたけど、私と付き合いたいわけではないでしょう、継続的に、私との関係を築いていきたいという意味で言ったわけではないでしょう」と聞くと、
少し考えて、「そう・・・だね、告白の意味では、言ってなかったと思う」と言われた。
私はのんの言っている言葉を、正しく受け取っているし、のんも私の言葉の意味を、正しく受け取ってくれると思った。
「私・・・今日バイバイしたら、もうあなたに会うこと、ないと思って」
「そうなの?」
「あなたのこと、愛おしいし・・・愛してるけど、もしあなたにまた会おうって言われたら、きっとあの時のあなたと同じことをする気がするの。だから、伝えておいた・・・。傷つけたくないの。もし今後、あなたと一緒になって・・・一緒に住んだりしたとしても、あなたがいつか突然いなくなっちゃうかもしれないって不安は、きっと一生消えない。あなたは、私のこと、ずっと好きだったって・・・嫌いになったことはなかったって言ってくれたけど、私の脳みそでは、嫌われて無視されるより、好かれてるのに無視されることの方が・・・理解できなくて、辛いの。でもきっと私も、あなたにそれをしてしまう気がするの・・・」
私は泣きながら伝えた。のんも辛そうな顔をしていた。
「ごめんね・・・」と消えいるような声で呟いて、抱きしめてくれた。
「最後に、駅まで、送ってくれない?」と言われ、さみしい、さみしいと、泣きながら服を着た。
最後に、と、本棚の前でのんに抱きついた。ほんの少し抱き合って、それで最後にするつもりだった。
でも感情が溢れて止まらなくて、大声で号泣してしまった。
ごめん、少し抱きしめて、すぐ、見送るつもりだった
こんなにさみしいと、思ってなかった
頭では理解してるのに、心が追いつかなくて、さみしくてさみしくて、離れられないの
ずっと、さみしかったの、あれからずっと、いつも一人で泣いていたの
あなたと一緒に、ベッドを作ったでしょう
「うん、覚えてるよ」
あなたと作ったベッドの上で、ひとりで泣くのが死ぬほど辛かった
のんが、泣いてる私を抱きしめてくれて、嬉しいの
ずっとこうして欲しかった
あなたに、慰めて欲しかった
あなたに好きって、言いたかった
私がちゃんと好きって言ってたら、なにか変わったのかな
「変わってたかもしれない」
あなたがいなくなってから、好きだって気づいたの
ずっと、私、あなたが私との思い出だけ抱いて、一人で生きてる気がしてたの
私の温もりを知った後に、あんな孤独な部屋で、一人で生きていけるはずないって思ってたの
でも、あなたは私が思ってたより、ずっとずっと強い人だった
私があなたなら、一人でいられない
きっと誰かに、縋ってしまうわ
あなたはずっと一人で、頑張ってきたのに
私はまだ、こんなに子供なの、どうしようもないくらい子供なの
こんな風に泣いて足止めして、人に迷惑かけて、小さな子供と変わらないわ
子供の時の方が、もっと我慢強かった気がする
今は孤独に耐えられないの
あなたは、あの時と、見た目も、中身も、私に対する対応も、なにも変わってない
だから、あなたといると、私はタイムスリップしたみたいに、あの時の私に戻ってしまうの
「そっちは、変わったね。あの時はすごくトゲトゲしていて怖かったけど、今はすごく、穏やかになった」
あの時のかわいそうな私があなたを離したくなくて、縋りついてしまうの
今まで、たくさんの人とお別れしてきたけど、いつだって、これが最後だなんて、思ってちゃんとお別れしたことは、一度もなかった
いつもいつも、あれが最後になるなんて、って、後から気づいて、悲しくなるだけだった
これが最後だって思ってお別れすることが、こんなに辛いなんて
わかってるのに、さみしくてたまらない
あなたとはもういられないのに、帰ってほしくない、ずっとずっと一緒にいてほしい
どうせいつかは帰らなきゃいけないのに、長く一緒にいればいるほどもっとお別れがさみしくなるの、わかってるのに
昨日は私、大丈夫だったのに、あなたとあのまま駅で別れてたら、大丈夫だったのに
本当は私大丈夫なの、わかっているの、死んで、もう二度と会えないお母さんとすら、ずっと心が繋がっていて、ずっと私を見守っていてくれてるっていう感覚があるのに、生きているあなたとお別れすることがこんなにも悲しい
昨日から今日まで、あなたがずっと一緒にいてくれて、嬉しかった
ずっとくっついて離れないでいてくれて、本当に嬉しかった
あなたとずっと過ごしたかった時間が過ごせて、夢が叶ったような気持ちだった
今だって、こんなにずっと、泣いてる私を抱きしめてくれて、本当に本当に嬉しい
優しくしてくれてありがとう
どうしよう、泣き止まない、どうすればいいの?
涙が止まらない時、どうすればいいの?
「泣き止むまで、ずっと泣いていいんだよ」
泣き止んで、あなたを見送って、独りの部屋に戻るのが怖いの
きっとまたたくさん泣いて、泣き疲れて眠って、
目が覚めて孤独を感じて、
また泣いてしまうんじゃないかって、怖くて離れられない
ごめんなさい・・・ごめんなさい
さみしいよ・・・さみしい
私はさみしい、ごめんねと言い続けながら、のんに抱きしめられたまま、涙も鼻水もティッシュで拭い続けて、大量の丸まったティッシュを本棚の上に置き続け、背が高いのんの肩に顎を置いてたものだから、しゃくり上げて気道が狭くなって、鼻が完全に詰まって耳が痛くなって、泣きすぎて熱くて上着もパーカーも脱いで、のんも汗をかいていて上着を脱いで、そのまま床に崩れ落ちて、クッションにお互いの体を預けて、抱き合いながら泣き続けた。
のんもずっと、泣いているみたいだった。
ごめんね、ごめんね、ごめんなさい、しか言えなくなった私に、いいんだよ、さみしいね、俺もさみしい、ごめんね、ごめんね、大丈夫だよとずっと声をかけてくれた。こんなに人前で泣いたのは、母親が死んだ時当時の彼女の前で泣いた時以来だと思った。みっともなくて、不甲斐なくて、さみしくて、涙が止まらなかった。
どうしたらいいか、全くわからなかった。のんが甘やかしてくれる限り、一生このまま一緒にいようと引き留めてしまう気がした。早く帰ってもらわないと、だめだとわかっているつもりでも、聞き分けのない子供の私が言うことを聞いてくれなかった。
のんは、全く怒っていなかったし、本当の意味で困ってもなかったと思う。慈しみながら母のように父のように、抱きしめ続けてくれた。それ以上の優しさだったかもしれない。
のんは明日と明後日で、復職の準備をしないといけないらしかったので、本当に辛いし、嫌だけど、のんから帰りたいと言ってくれるのを、さみしくて悲しいけど、待っていた。
ベッドに移動して涙を流し続けていた。
泣く時は、鼻水が垂れてこないし、一番呼吸がしやすいので、仰向けが一番だと思った。
のんがベッドのサイドチェアに腰掛けて、「もう、大丈夫?」と聞いてきたけど、私はすぐに抱きついて、さみしい、さみしい・・・ごめんね、ごめんねと言い続けた。本当に長い時間抱き合い続けて、サイドチェアに座るのんに抱きつくのは体勢が辛く、ベッドの中に引き込むと、すんなりと入ってくれて、そのまま寝っころがりながら抱き合った。
このまま、朝まで一緒に寝て欲しかった。始発まで一緒に寝て、朝帰るのはだめ?と聞きたかったけど、結局同じように朝からまた号泣して、帰してあげられない未来しか想像できなかった。
今、帰ってもらうのが一番いいんだと、わかっていたけど、1秒でも長く一緒にいたかった。
「ずっとこうしてたいな・・・」と呟くと、「俺も今、同じこと思ってた」と言ってくれた。
「このまま死んだら、幸せかもしれない」と言うと、「今よりも、ずっと幸せなこと、これからきっといっぱいあるから、探して行こう」と言った。その台詞は、のんが養護施設の病んでいる子供たちに言うと言っていた台詞そのままだった。
「いつか、あなたに大事な人ができたら、幸せだって、伝えてほしい。いつも、あなたのこと応援してる」
「俺も。がんばるよ、これから。仕事も・・・恋愛も」
「私、今日のこと、一生忘れない」
「俺も、一生忘れない」
そろそろ行かなくちゃ・・・とのんが起き上がった。いつの間にか22時半を過ぎていた。
「送ってくれない?」と言いながら玄関に向かうのんに、だめだと分かっているのに小さな声で、「いや・・・いや・・・いやいやいや・・・」と頭を振り続けた。私は甘やかされると、どこまでも子供に戻ってしまうようだった。
それでものんは玄関に向かって靴を履き始めたので、ただ一秒でも長く一緒に居たいの一心で服を着て、のんに抱きつきながら家を出た。
外に出て、恋人繋ぎをしてのんのポケットに入れて、もう一方の手でのんの腕を抱きしめながら寒い夜の道を歩いた。
側から見たらどう見てもラブラブなカップルだったけど、私たちの目は死んでいたと思う。
私たちの前には2組、若者たちがいたけど、私は一度立ち止まってのんにキスをした。
最後のキスができて、嬉しかった。
泣き腫らした目を見られたくなくて、フードを被っていた。切ったばかりの長い前髪が目を覆ってくれて、好都合だと思った。
ふわふわ、現実感のない足取りで、でものんとぴったりと合った歩幅で、無言で歩き続けた。
「桜の写真、送るね」とだけ、言った。
駅に着いて、
「もう大丈夫だよ、ちゃんと見送ることができたから」
と言われた。のんじゃなくて、私が、大丈夫だよという意味らしかった。
のんはすんなりと手を解き、改札に入ると、悲しそうに、でも最後らしく、しっかりと笑顔を作って手を振って、そのまま一度も振り返ることなく、ホームに向かう階段に吸い込まれて行った。
のんが手を解いた時にちょうど背後で23時を告げるチャイムが鳴り始めて、姿が見えなくなった瞬間にぴったりと鳴り止んだ。
電車間に合ったかな、と検索すると、23時3分が終電だったらしい。
特に急いで歩いていたわけでもなかったのに、ぴったり終電に間に合ったんだな、と思いながら、私も家に向かって歩き出した。
昨日のんと寄ったセブンイレブンで、ジュースを3本買った。
家に帰ると、洗濯機に、のんに貸した服が入っていて、匂いを嗅いでそのまままた放り込んだ。私はもう大丈夫だった。
私がこの私小説を書こうと思い立ったのは、泣きながら抱き合って最後のお別れをしていた時だった。全て書き残しておきたいという強い欲求からだった。そして書き終えた時に、全てから解放されると確信していた。
私は家に帰ってすぐにパソコンを付けて、執筆に取り掛かった。朝まで書いて、疲れて寝て、昼に起きてまた書いて、休んで朝まで書いて、昼に起きてまた夜まで書いた。丸2日かけて、今やっと完成するところだ。
3月中に終わりにしたかったので、間に合って本当に良かったと思う。
のんも明日から復職するし、私をブロックした男は、今頃神戸で荷解きをしている頃だろう。
心の整理は、十分ついた。
のんとの思い出は、これでいつでも見返すことができる。素敵な思い出として、一生忘れることはないだろう。
過去に囚われたマイナス思考で卑屈で子供な私とは、この瞬間にさよならしよう。
あとは、のんに桜の写真を送って、おしまいだ。
のんという男 くろさき @chimite
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます