第7話
のんの側にあるリモコンに手を伸ばして電気を消した時、私の胸がのんの身体に押し当てられたのを感じた。暗闇の中でも青白いカーテン越しに、外が少し明るくなってきているのが分かった。
私はそのまま横向きになって、のんの方を向いた。のんも私の方を向いていた。眼鏡を外してやり、暗黙の了解のように、お互いが同時に腕を伸ばして抱きしめあった。
さっきまでプラトニックな異性の友達のように、適切な距離感を保っていた私たちが嘘のようで、布団に入って電気を消した瞬間に、お互いがあの頃の感覚にタイムスリップしたんだと思った。
抱きしめたままのんは知らぬ間にどんどんこちらに寄ってきて、気づいたら私の頭すら枕から落ちて、ベッドの隅に追いやられていた。
ベッドの上では相手への想いが強い方が相手にどんどん近寄ってしまうという自論を、久方ぶりに思い出した。
7年付き合った彼女も、シングルベッドで私のことをよく隅に追いやってきたし、人生で一番愛した男は、私の方が彼を毎回ベッドの隅に追いやってしまっていた。なるべく密着したいという強い想いがそうさせてしまうようだった。
あの時もそうだった。初めてのんと行ったラブホテルの広いベッドの上で、私は床に落ちそうになっていた。のんの家の、湿って冷たい小さな布団の上で、端っこに寄りすぎて掛け布団があまりかかってなくて、寒い思いをした。
思い出して、なんだか嬉しくて愛おしくて、私は落ちちゃうよ、と中央に寄りながら彼の頭を抱きしめた。
のんに対しては必ず、私の方が抱きしめてあやす側の体制になってしまっていたことを思い出した。
思い出と同じ震える腕で、思い出よりも強い力で、抱きすくめられて、私はのんがキスをしたそうにしていることに気づいてはいたけど、体温に安心してウトウトしていた。
頭を寄せて、何の気なしに唇の端と端が触れたみたいになって、その後しっかり唇を合わせてきた。
のんは舌を入れてきたけど、眠かったのでやんわり避けて、胸に顔を埋めたら、耳を舐めてきて、ゾクゾクして力が抜けた。
私の肩をがっちりと掴んで抱き寄せていた腕が、遠慮がちに私の胸に触れた。やわやわと揉まれていると思ったら、いきなりショーツの上から触れてきた。
布越しならいいか・・・と受け入れていたら、すぐに中に手を入れてきて、びっくりした私は形だけ拒んだけど、すでにのんの指がすんなりと中に入ってしまうくらいになっていた。
興奮したのんは背後から私の中に指を入れて動かしてきて、女性経験は私だけのはずなのに、どうしてこんなに、とあの時と同じように感心した。
すぐに指を抜かれ、背後でその指を舐めてる気配がした後、のんはズボンを下ろして自分の物を触っているようだった。
かたくなったら、入れるつもりだったのかもしれない。でも私は眠くて、それを待たずして眠ってしまった。
眠りが浅くて、何度か不意に目を覚ましたけど、いつ目を覚ましてものんが私に集中しているような気配がした。
のんはずっと眠ってなかったのかもしれなかった。
私が薄い意識の中で少し体を動かしたり、のんの方に身を寄せたりする度にびくっとして、恐る恐る、でも愛しくてたまらなくて、我慢できないというように私に近づいてきて、優しくそっと抱きしめられたりキスをされたりした。
「・・・き・・・」と、あの頃と同じ絞り出すような声でなにか呟いていて、それが私の名前を呼んでいるのか、好き、という言葉なのか分からなかったけど、どちらにしても意味合いは同じな気がして、聞き返さないでいた。
朝の10時頃にちゃんと目を覚ました。でも私たちは一歩もベッドから出なかった。のんが抱きしめてきたり、キスをしてくるのをただ受け止めていた。
あの時と同じように馬乗りになって顔に胸を当ててやると、とても嬉しそうに擦り付けてきた。「楽しそうだね」というと、泣きそうなくらい幸せそうな満面の笑みで「楽しい〜!!」と言って笑った。
なにも話すことが思い浮かばなくて、一緒に映画でも観ようかと思ったけど、それも違う気がした。
このままだとずっと二人で寝っ転がっているだけになる気がして、それでもよかったけど、のんは帰りたいと思ってるのかな、と気になっていた。
私は、名残惜しくはあったけど、いつのんが帰ってもいい、もう十分な時間を過ごせたと思っていた。
お昼を過ぎて、お腹が空いてきたので、「なにか食べる?なにがしたい?」と聞いてみると、
「ご飯を食べに行ったら、そのまま帰る・・・と思う。・・・もう少し、こうしてたい・・・」
と言われたので、「お蕎麦でよかったら、茹でようか」と言ったら、「家で食べられるなら・・・」と意外そうに、少し嬉しそうにしていたので、早速鍋にお湯を沸かした。
蕎麦はちょうど二人前分残っていた。
死んだ母親がよくやっていた、麺つゆにごま油とラー油とゴマを混ぜたつけ汁を試してみたら、のんは美味しいと喜んで食べてくれた。
昨日の残りのおにぎりとザーサイも食べて、すっかりお腹いっぱいになって二人でまたベッドに寝転んだ。
まだ、遊戯王カード持ってるの?と聞いてみると、あー、どうかな、今の家にはないかもしれない、と言っていた。
のんは今、埼玉の郊外の2LDKのとても家賃が安い部屋に住んでいるようだった。
土地柄家賃が安いからといって、広すぎる部屋を選んで後悔していると言っていた。
カードの遊び方はどこで覚えたの?と聞いたら、大真面目に「小学校だよ。あれは義務教育だから」と言われ、普通に考えたらウケ狙いの言葉だけど、本気で言ってるようにしか見えなくて、また腹が捩れるほど笑ってしまった。
私の方が年上で世代なはずだけど、遊戯王カード持ってる人なんて周りにいなかったよと言うと、おかしいな、俺の小中では持ってない男子は一人もいなかったはずだけど。持ってなかったとしても街中のそこら中に落ちていて、それを拾ったり友達にいらないカードもらったりすればいくらでもゲームには参加できたんだ。と言われて、私と違う世界線を生きてきたのかなと不思議な気持ちになった。大学生になってもデュエリストやってたっていうのは、やっぱりオタクでしかないと思うけど。レアカードは10億円するものもあるらしい。
お話をしたり、無言でくっついたり。昨日たくさん泣いたせいか、頭がぼーっとしてずっと眠かった。のんは私とずっと密着したがった。
昨日、えっちなことしたでしょ、と言ってみた。正確には昨日じゃなくて今朝だけど。
「うん、したよ」というので、どうして?と聞いてみたら、「くっついたり、キスするだけじゃ、足りなくなったんだ」と言われて、抱き合ったまま激しいキスをされた。
のんは興奮に身を震わせて息を荒くしていたけど、触れる手はどこまでいっても優しいままで、何度も物足りないくらいで止められてしまうので、私から何度も手を導いて誘導した。
胸を舐められている時、のんの耳が私の唇に押し当てられていたのでそのまま舐めてあげると、震えながら絶頂してしまうのではないかというくらい感じていた。
最中にのんが「・・・き・・・」と何度も絞り出すように言っていた言葉は、よく聞かなくてもはっきりと、「すき」と聞き取れるようになっていた。
指を入れられて喘ぐ私に、堪らなく愛おしくて我慢ができないというように、「可愛い可愛い可愛い〜!!」と抱きついて頭を擦り付けて悶絶していた。悶絶されるほど人に可愛いと思ってもらうことなんて、今までの人生であっただろうか?
私ものんもいつの間にか服を脱いで全裸になっていた。のんが自分のものを触っているようだったので、「入れる・・・?」と聞いてみると、「・・・できない・・・」と諦めるように言われたので、私はのんに馬乗りになって抱きしめた。そのままお互いの性器を擦り付けるつもりだった。
しかし全く大きくないのんのものは、私が腰を落としてもそこに当たることはなかった。
それでも私は全く性器が触れ合っていない状態のまま、騎乗位をするように腰を動かしてのんを見つめた。
中に入ってないどころかそこに触れてすらいないのに、のんの性器が奥まで入っているのを想像すると、本当に入ってるような感覚になった。
のんは目を閉じて、少し腰を動かしていて、同じように想像しているのが伝わってきて、知らぬ間に涙が溢れてきた。
どういう感情の涙なのか、自分でも全く分からない涙だった。溢れ出る涙と鼻水をティッシュで抑えながら私は必死で腰を動かし続けた。
のんが「いく・・・」と言って、腰の動きを早め、それがピークに達した瞬間、私たちは確かに同時に絶頂したと思う。
のんの上に崩れ落ち、抱き合って鼻をかんで、改めて抱き合いながらもまだ涙が止まらなかった私は誤解されないように、「どうして泣いてるかわかる?」と聞いた。
「わからない・・・」
「のんが、気持ちよさそうにしてくれたから、嬉しかったの」
押し寄せる切なさと幸福感と、自分以外の他者と、言葉がいらないくらい、本当の意味で心で繋がれた感覚に、涙が出たんだと思った。
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