ちいさなメモ帳

黒巻雷鳴

ちいさなメモ帳

 いつものように、循環バスの後部座席の右側奥にすわると、足もとに1冊のメモ帳が落ちていた。ひと目で落とし物だとわかるそれを、何気なく拾い上げる。

 胸ポケットにすっぽりと収まるサイズの青い無地のメモ帳の裏表には、名前や文字など書かれてはいない。持ち主には申し訳ないと思いつつ、わたしはページを開いた。



 きょうは、久しぶりに外出をしました。

 窓から見える桜はまだ蕾でしたが、お寺や河川敷の桜は咲き乱れ、見物客で大変にぎわっておりました。

 そちらも桜は満開ですか?



 女性が書いたのだろうか。やわらかな筆致で、線も細くて丸みも帯びている。短い文面から察するに、誰かに宛てた手紙の下書きなのかもしれない。続いてページをめくってみる。



 元気そうで良かった。

 こっちも桜は綺麗に咲いてるよ。

 今年も無理だったけど、来年こそは一緒にお花見したいね!



 筆跡が変わった。こちらは筆圧が強く、全体的に角張った文字だ。男性が書いたものだろう。

 前のページの返事にまちがいない。とすると、このメモ帳は、ちいさな交換日記だ。

 わたしは思わずほくそ笑み、バスに揺られながら残りのページを読み進める。書かれていた内容からして、交換日記の持ち主たちは学生のようだった。

 気がつくと、メモ帳のページ数が少なくなり、日記にはこう書かれていた。



 今度の水曜日にお会いできることを夢みて、筆を取っています。

 これが最後になってしまうのは心さびしいですが、約束は守ります。

 きょうまで、ありがとうございました。



 きょうは水曜日──もしかして、きょう渡すはずの大事な日記を落とした?

 胸がざわつくのを感じながら、わたしはバスを降りた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

ちいさなメモ帳 黒巻雷鳴 @Raimei_lalala

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ