第4話 忠誠の蜜は騎士を蝕む

 ルーがコロニーに戻ると、以前よりも死者は増え、コロニーは悲惨な状況になっていた。跡形もなく、愛馬をつれて姿を消した彼を訝しみ、ブリンダビアのスパイだったのかと噂する者も少なからずいた。

 しかし、再びコロニーに戻った彼に驚き、スパイ容疑をかけられたルーは、今までどこにいたのかと憲兵たちからきつく尋問されることになる。

 これまでの経緯を話し、黄金に輝く蜜を見せると、言い伝えに半信半疑の彼らはそれを試しに舐めてみた。その瞬間、彼らは毒気を抜かれたように大人しくなった。


「エラノラ女王は?」

「実は………」


 ルーが旅だった後、エラノラは最後の子供を産み落として、息絶えてしまったのだという。本来ならば、ブリンダビアを産んでから信頼できる騎士とともに、静かな余生を送って永遠の眠りにつくのが幸せな最期だったはず。

 彼女は、ボロボロになった体で騎士を受け入れ、子供を産み落とし、そして最後に生まれたのが新しい女王蟻という奇跡を起こした。

 ――――彼女の名前はカリンダ。


「カリンダ女王にこの蜜を与えてほしい。これを飲めば、嘆きの女王ブリンダビアのみならず、外敵を打ち負かす力を持つ騎士をこの先生むことができる。負傷した兵士の傷もすぐに治るだろう。そして新たに生まれてくるカリンダ女王の子供たちにも必要だ」


 憲兵たちは、まずは警戒する乳母の食事にアカシアの蜜を混ぜると彼女たちは従順になり、生まれたばかりのカリンダ女王に蜜を与えた。

 年老いた者は、アカシアの蜜によって不自然に騎士の傷が癒えていく様子を見て恐れたが、その時にはもう、耳を貸す者もいなくなってしまっていた。


「なんということじゃ、禁足地に向かったのか。おそろしいことになる……。その蜜を口にすれば最後……」


 そんな年老いた者たちの声はいつしか消えていった。やがてルーの指揮の元、彼らの結束は強くなり、ブリンダビアの兵士たちを打ち負かすことに成功する。

 いまや『偽の女王』と成り下がった嘆きの女王蟻を捕らえると、彼らは異物を排除するかのように、八つ裂きにする。

 女王を失った騎士たちは、かつて自分たちが行ったように、蜜の女王カリンダの指示によって殺されるものだと思っていたが、ルーは血飛沫を浴びた顔で、ゆっくりと現れると微笑んだ。


「カリンダ女王はまだ赤子だ……君たちの力が必要になる。蜜の女王と女神ミアに忠誠を誓ってくれ。我々は君たちを歓迎しよう」


 鬼神のような笑顔でルーは彼らに手を差し伸べた。ブリンダビアの騎士たちにとって女神ミアなど、聞いたことも無ければ見たこともない。エラノラ女王が逝去し、カリンダ女王になってから、彼らの中で何かが変わったのだろうか。

 ルーの背後に控える騎士たちも、同じように血まみれのまま自分たちを歓迎をしている。

 もとより、死んだ女王蟻の騎士を受け入れるのは、血を濃くしすぎないためでもあり当然のことだ。優秀な我が子とのみ、交配しようとしたブリンダビアが狂っていただけなのだろう。

 だが、何故か恐怖を感じつつも彼らはルーに従い、忠誠の蜜を受け取ると飲んだ。

 

「うまい……こんな蜜は始めてだ……なんという……。蜜の女王カリンダ様とミア様に忠誠を誓おう」


 やがて彼らは、アカシアの蜜が尽き、他の花の蜜や肉を口にすると、嘔吐おうとを繰り返すようになった。

 なにより、どの蜜も肉も悪臭を放って感じられ、目にするのも嫌になるほどの嫌悪感が湧いた。あの蜜を口にしてから、それ以外の食事をいっさい体が受け付けなくなってしまい、老いた者たちが恐れていた事態が起きる。

 だが、頭の中でずっとミアの声を聞いていたルーは彼らがいずれ、蜜に飢えその状態に陥ることを予想していた。


「蜜が……あの蜜がなければ死ぬ」

「ミア様の蜜しか体が受け入れない」

「カリンダ女王様のためにも、我々は南へと移住すべきだ」


 円卓に集まった騎士たちは口々にそう言った。カリンダ女王はまだ子供を生む年齢ではなく、彼女が逝去すればこのコロニーに生きる者たちは、いずれ散り散りになり滅びていくのみ。


「行こう、南の聖地へ。女神ミアは俺たちが来るのを待っている。蜜の女王カリンダ様とともにアカシアの地を安住の都とする」


 ルーの一声で、彼らは沸き立った。そしてようやく『はじめの騎士』は彼女の元へと多くの民を引き連れて帰還することができる。

 ようやく歩けるようになったカリンダ女王を抱き抱えた侍女と、騎士団と民は列をなして南の聖地へと向かった。

 恐ろしい外敵から隠れ、時には戦い棘の道へとやってくる。

 そして一本の若い木の前にはルーのマントを身に着けた、全裸の美しい娘が微笑んで彼らが来るのを歓迎した。


『おかえり、ルー。そしてわたしの奴隷アリさんたち』



 ✤✤✤


 女神の声は『はじめの騎士』であるルーにしか耳に届かず、彼は騎士から、女神の声を聞居て民へ伝える巫騎士シャーマンという神聖な位についた。

 蜜の女王カリンダは、女神ミアのもとアカシアの木を新たな南の聖地コロニーとし、民と彼女のためにエラノラの騎士とブリンダビアの騎士の子供を産んだ。

 騎士たちは、巫騎士ルーの指揮のもと外敵からアカシアの木を護り、その恩恵として聖なる樹液みつを与えられた。

 生まれた子供たちが最初に口にするのは神聖な女神ミアの蜜で、それ以外の食事を見ることも無ければ、取ることも出来なかった。

 このループに陥った彼らは、永遠にアカシアの虜となる。


「ミア……愛してる、ミア……」

『わたしも、ルー。あなたがわたしを見つけなければお母さまのように枯れていたでしょう』


 棘のついたアカシアの玉座に、ルーのマントを羽織った美しく成長したミアが座っていた。彼女の足元には縋り付くようにルーが恍惚こうこつとした表情で彼女を見上げていた。

 巫騎士シャーマンのルーがふたりきりの時にだけ彼女に見せる姿で、愛しげにミアは彼の頬を撫でた。

 彼の顎にはぽつぽつと白髪混じりの髭が生え始めている。


『愛してる、ルー』


 そして、ミアは彼に口づけた。

 彼だけが唯一許された口移しの蜜を貪ると、どうしようもない幸福感に包まれ、蝕まれていくのを感じた。



 忠誠の蜜は騎士を蝕む 完


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忠誠の蜜は騎士を蝕む 蒼琉璃 @aoiruri7

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