第3話 はじまりの騎士
アカシアの花と同じ色をした、ぼんぼんのような癖毛を、尻まで伸ばした全裸の若い娘が、警戒心も見せずにルーを見つめている。
彼女が振り返った瞬間から、ルーの鼓動は落ち着きがなく、視界が揺れるような感覚がした。
異性と接する機会は限られていて、幼児期に彼女たちから教育を受け、食事をもらう。すべての騎士には、母親代わりの乳母がいて彼女たちくらいだろうか。
大人になれば、狩りや兵士として行動を共にする以外では接点を持つことはない。
なぜなら、女王以外の異性に魅力を感じ、恋仲にでもなってしまえば、裏切り者として男女とも罰せられるほど厳しい掟があるからだ。
だから、目の前にいる不思議そうにしてこちらを見つめる、弱々しい少女は、ルーにすれば異質な存在でいたたまれなくなってしまった。
若い女が、こんな格好で外にうろつけば、野蛮な奴らに捕まり何をされるかわかったものではない。
「お前が………アカシアの精霊なのか?」
『あなたは、もしかしてわたしの『はじまりの騎士様』?』
全く話が噛み合わず、ルーは溜息をつく。相手に敵意がないことを確認すると、自分のマントで彼女の体を覆った。この娘が、精霊かどうかはわからないが、話を聞くにしても裸のままでいられては目のやり場に困ってしまう。
ルーが視線をそらすと、ミアはマントに触れながら首を傾げた。
『………これはなに?』
「マントだよ。普段服を身に着けていないのか? ともかくこれで隠してくれ。目のやり場に――――」
この時、初めてルーは間近で彼女の顔を凝視した。神秘的な
全身の毛が逆立つような、ぞくぞくとする感覚が体中を駆け巡った。恐怖やおぞましさのためではない。彼女が放つ、甘い花の薫りに惑わされているのならば、一刻も早く目を覚まさなければいけない、そう思うのにルーはまったく正反対の行動を取った。
「名前……、貴女の名前を教えてくれ。俺の名前はルー」
『わたしの名前はミア』
無意識にルーは彼女を引き寄せ口づける。
ミアの両腕がそれを受け入れるようにルーの首元に巻きつけられると、彼女の唾液が喉を通った。
飲み込むと、まるで世界の色彩が変わるように視界が広がり、五感が研ぎ澄まされ全身が熱くなる感覚がして呻いた。
✤✤✤
ルーは、本能的にそれがなんなのかを理解した。自分の喉を潤したのは、悪しきアカシアの精霊が持つという蜜。
今まで生きてきた中で、これほど美味しい蜜を味わったことがない。この味を知ればもう他の食事など、どうでもよくなってしまいそうだ。それに、ミアの唇は柔らかくあれほど敬愛しその身を捧げていた、エラノラの感触を忘れてしまうほどだった。
「俺の名は北の
『そう…………。でもきょうから、あなたはわたしの『はじまりの騎士様』よ。ずっとまっていたの。お母さまが枯れてからずっと。うんめいの人をまっていたの』
ミアの言葉が頭の中でガンガンと響く。
老人や乳母たち、そして先代たちがなぜアカシアの精霊を恐れたのか。
醜く恐ろしい精霊だといえば、子供たちはこの場所に近付かないだろう。ミアを見れば、女王蟻への忠誠が揺らいでしまうからだ。
『はじまりの騎士様』『運命の人』と彼女の口から囁かれるだけでルーは
「ミア、貴女の騎士になろう。内乱が起こり、同胞たちが全滅の危機に瀕している。俺は彼らを助けるためにここまできた……。俺はブリンダビアの兵士たちより強くなれたのか」
ルーはそう言うと、ミアの前に跪き彼女を見上げた。ミアはにっこりと微笑みルーの頬を撫でた。
『ええ。つよくなっている。あなたのおともだちにも、わたしの蜜をわけてあげる……。そうすればつよくなれる。あらたな女王蟻がうまれたら、まっさきに飲ませてあげて』
「そうか……あの蜜を飲ませれば良いのか。だが、他の奴らが君と口づけるのは嫌だ……。他の騎士も貴女の始まりの騎士になるのか?」
ルーはまるで子供のようにミアに縋り付き不安に声を荒げた。ミアはくすくすと笑い、ルーのフードを取ると彼の額に口づけ、幼い口調で子供をあやすように言う。
『ううん。わたしのこえは、あなたにしかきこえないから。お母さまが、枯れる前に蜜をのこしてくれたの。いずれこれがひつようになるからと教えてくれた。きて』
「そ、そうか」
彼女に手をひかれるようにして、ルーは導かれていく。裸足の彼女が行く先には枯れたアカシアの樹木が横たわっていた。
そして、枝で作られた十字架の墓の前にはミアの額に埋め込まれた、琥珀色の宝石と同じ色をした瓶に入った輝く蜜があった。
ミアの話によると、はじめのうちはまだ彼女たちは多くの蜜を生み出すことができない。どのアカシアの母親も、亡くなる前に額の宝石から溢れ出した蜜を娘に与えるのだという。
彼女たちはそれぞれの運命の『はじまりの騎士』が来るのを待ち、いずれ自分もこの琥珀色の宝石から蜜を溢れ出して、民と娘に分け与えるのだという。
ルーはそれを受け取ると、この場所から離れ、仲間のところへ向かうことさえ辛く、苦しく思うほど強くミアに惹かれていた。
「俺は、
『ルー、だいじょうぶ。わたしとあなたが一緒にいられるためには必要なこと』
ミアの言うことは正しい。
すでに、ルーの忠誠はエラノラではなく彼女へと向いていた。それならば
再び彼女に口づけられると、体中に力が
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