ミニベロサイクル ダイアリー
スロ男
弥生(初月)
渡り廊下を自分の部屋へと向かう途中でハルアキと出くわした。
「お、ミッチー。なんだその荷物。重そうじゃないか」
ハルアキは言って、回り込むように荷物の側面を見、
「お。ドッペルギャンガーか。シバレンナでも入ってるのか?」
「なにそれ? 格闘家か何か? どうでもいいけど、ミッチーって呼ぶな」
「ずいぶん古そうなバッグだからキャンプ用品でも入ってるのかと思ったけど、違うな? 自転車だろ」
僕はぎくりとした。
「え、いまお前、読心した?」
「してねーわ。ま、部屋来いや」
ハルアキは輪行バッグを奪い取った。
「意外と軽いな。10キロ強ってとこか」
乱雑にどすんと床に置いて、僕をあわてさせる。そりゃお古だけれども!
「いくら?」
「タダだよ」
えへん、と僕。
「おお、こわ」とハルアキ。
「ロハより怖いものなんて饅頭と女ぐらいしかないぞ」
「おまえはな? 僕は鬼だって怖い。……あと、熱いお茶が一杯、怖い」
「へいへい、いま出すわ」
僕とハルアキは大学の同期だが、歳は僕の方がひとつ上。
同郷だが、大学で出会って仲良くなった。
意気投合して春になったら青春18切符でも買って気ままな旅でもしようぜ、とかいってたら新型コロナで断念。来年こそは、と思っていたけれど、正直まだまだ旅なんていう気分でもない。
「——というわけで、だ。ソーシャルディスタンスを保ちながら、ミニベロに乗って互いの報告をして、旅の代わりとしよう」
ちょっと何言ってるかわからない。
ミニベロというのはタイヤが小さい自転車のことをいうのだとさっき教わった。ハルアキもミニベロを持っていて、しかも僕のより軽く綺麗だとか。ムカつく。
「えーと。……いまソーシャルディスタンスっていった?」
「いった」
「意味わかってる? 『互いの旅』って何よ。我々の旅じゃなくて? それソーシャルディスタンスじゃなくて、スタンドアローンじゃないのか?」
「うむ、おまえが何言ってるかわからないが」
「わかれよ! おまえよりよほど日本語話してるぞ!」
「なんとかアーロンって日本語か⁉︎」
こいつ頭いいくせにほんと英語知らないのな。よく大学受かったな。なんか怪しい術でも使ったんじゃないだろうな?
等と。
くだらないやりとりは割愛して、要するにお互いミニベロに乗って、おそらく第二の故郷になるであろうこの街を散策しようではないか、ということだった。それはいい。
「が、なんで別々なんだ?」
「ほら、今年も恒例のアレやるだろ? それも兼ねてってのはどうかと思ってさ」
「なるほど」
☆
三月一日。大安吉日。
上星川相鉄ローゼンからスタート。
桜にはまだ早いが、梅がきれいだった。江戸清でカツ丼を食べて帰宅。
三月四日。先負。
ハルアキは午後からのスタートだった。いかにも奴らしい。まさかりが淵市民の森というところから始めるとのこと。行ったことないな。なんでもまさかり伝説というのがあるらしい。くさかりまさお伝説とかハルアキがほざいていた。やせたかなしい猫か! さらに、駅チカではないので地下鉄、バス、自転車の二刀流どころか三刀流だ、となぜかいばってた。アホか。今回の目的地は横浜。五番街の安い居酒屋でも寄る魂胆だろう。それともよく行くベイスターズ推しの店か。
三月九日。友引。
三溪園からスタートして、大船駅へ。出発前、大船で昼食おうと思うんだがおすすめは、と訊ねると即答で「おでんセンター」と言われた。多分、ただ言いたいだけだと思われ。しかしことのほか寒かったので「おでん定食」を食べた。奴のヤマカン恐るべし。おでん定食にまで一品おでんがついてきて、意味がわからない。
三月十一日。仏滅。
奴のターン。横浜から鶴岡八幡宮まで向かうとのこと。おいおい、それはちょっと
「いいんだよ、どうせおまえさんだってまっすぐ走れてないだろ? 坂は多いし、道は曲がりくねってるし、いーのいーのテキトーで」とはハルアキの弁。まあ、そうなんだけど。なら最初からこんな提案するな、お笑い草だぜ! 帰りに鳩サブレーを買ってきてくれるというので許す。
三月十四日。先勝。
大船駅から起点の上星川へ向かう。僕の方はこれでワンセット。そういえば我が母校が近いのだった。学食でも食べて帰るか、と思う。キャンパスでミスコンの子が選挙演説みたいなことをしていた。ベージュ色のワンピースが眩しい。なんとなく目が合った気がして、恥ずかしくて退散した。やばいな、ホレられたかも(冗談)。
三月十六日。先負。
はいはい、また午後出発ね、ハルアキ君。鶴岡八幡宮から緑園都市の相鉄ローゼンへ。好きすぎだろ、相鉄ローゼン。動く人形が働いてるわけでもないのにさー。それはそれとして駅近くに鳥正って店があるらしいのだが鳥忠みたいな感じか? オンライン講義が多かったせいか、あの付近の店はとんとわからぬ。土産で買ってこないかな、と考えてたら腹が減って、徒歩で上大岡まで。普通に牛丼食って帰った。
三月十八日。大安吉日。
……だというのに天候が怪しい。仕方なくカッパを取り出す。
僕は奴と違って一筆書きルートではないので再出発。上大岡で京急に乗り換え、そこからシーサイドラインで八景島へ。本当は金沢八景駅スタートのほうが
滝は綺麗だった。今度は晴れた日に来てみたい。
三月二十一日。友引。春分の日。
相鉄ローゼンから八景島シーパラダイスへ向かうらしい。妥当なところだとは思うが、まさかりが淵とかシーパラとか二人のルートがかぶりすぎじゃね、と思う。「そういえばシロイルカとか見た?」とか訊くから、そもそもシーパラの中なんか入ってねえよ、と答える。昼飯の凄麺サンマーメンを食べていると又電話。「ヒーローがいたよヒーローが」とハルアキ。「ああ、そう。おまえのなかではそうなんだろうよ、お前の中ではな」といって切る。祝日だしショウでもやっていたのか?
三月二十三日。仏滅。
ナゾ伝説の地から赤レンガへ。今日は朝から快晴で、なかなか気持ち好い。しかしこの高低差はどうにかならないものか。油断すると山にのぼらせようとしてくるから油断がならない(?)。ミニベロはタイヤが小さいので振動に弱く、直進性も低い。最初は戸惑ったけれどだいぶ慣れてきた。ハンドルから片手をちょっと離したり、つかむのに疲れたら猫の手みたいにして乗るようなこともできるようになった。なんて調子に乗ってたら危うく小石に乗り上げ転びそうに。用心用心。
まん防解除の余波か赤レンガは平日だというのに結構な人出だった。クアアイナでフレンチフライとコナビールを買って、飛鳥Ⅱとかランニングする人を眺めながらのんびり過ごした。うみねこ可愛い。
三月二十五日。赤口。
朝早くから連絡があってびっくりする。「八景島スタートって虚しいな。何しにここまで来たんだろうって気にさせられる」とハルアキ。多分シーサイドラインの分が余計なんだろうなあ。文字通り海沿いを走るので、初めて乗ったときはちょっとした感動を覚えたけど。それはともかく奴もようやく起点となったまさかりが淵へ戻り、ゴール。本日は天気が良くて暑いくらいで、景色は綺麗だろうが、道中厳しかったんじゃないだろうか?
——と、今日の分の日記を書いてから、僕はあくびを噛み殺した。
時刻は午前零時ちょうど。
なんだかんだでもう一ヶ月が経とうとしている。ラストは明々後日——いや、もう明後日か。28日大安、僕で終わりだ。
ラストも大安吉日! 快晴!
赤レンガから出発してのんびりと八景島へと向かう。今日も暑いぐらいだ。桜が一気に開花してしまうのではないだろうか。乗り始めは前しか見れなかったが、いまでは通り過ぎる風景を愉しむ余裕がある。最初はおっかなびっくりで、けれど慣れてきて、ふざけて遊んだり、余計なことをしてケガしたり。
人は、なんでもそうして上達していくのだろう。
八景島マリンゲート駐車場まで到着すると、ハルアキが銀色のミニベロを脇に手を振っていた。勘のいい奴め! 時間も場所もバッチリかよ。
「ゴールおめでとう! これで終了だな」
「おお、なんとかね」
片手でハイタッチ。
「んじゃ、最後の〆始めるか」
「夜中にしたほうがよかったんじゃないか?」とキョロキョロとあたりをうかがうが、車はポツポツあるものの、人の気配はない。人やらいでもしておいたのか。用意のいいことで。
僕とハルアキは並び立ち、ぽんと
頭を上げると、ふたりで顔を見合わせて爆笑した。
由緒正しい、倉橋流の追儺の儀に則った祝詞ではあったし、傍流とはいえ血を引いてるハルアキの所作は本物のソレでもあったのだけれど、色々出鱈目にもほどがある。
我々の住むメゾン荻久保を中心にハルアキが五ヶ所、僕が六ヶ所巡り、印を
縁ができた人、通りすがりの人、通り過ぎた場所、それから見も知らぬ場をともにした人々の祝福を願い、僕たちの一ヶ月の儀式は無事、終了したのだ。
「んじゃ、せっかくだし、シロイルカでも観ていくか、
「ミッチーって呼ぶな!」
ふたりでミニベロを転がして歩く。
ミニベロサイクル ダイアリー スロ男 @SSSS_Slotman
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます