【KAC202211】優等生日記
肥前ロンズ
優等生日記
皆が殆どいなくなった教室で、誰かの日記帳を拾ってしまった。
クラスメイトのものだろう。中身は見ない方がいいとは思ったが、誰の物かわからなかったため、拝見させてもらうことにした。
日記帳、と言ってもそれは、日々の予定を書き込むもので、日々あったことを書き込むスペースは殆ど無い。けれどその持ち主は、小さな四角い枠にぎっしりと書いてあった。とりあえず、その一つを読む。
『今日、服装検査で先生に呼ばれた。優秀な生徒として前に出された。私は、先生の社会の窓が開いていることが気になる』
「ぶはッ!」
初っ端から俺は吹き出してしまった。
『だが、注意すると「常に股間に注目している女」と言われそうで嫌だ。他人の身だしなみを言う前に、自分を見直してほしい』
「……!」
腹筋が死にかける。
服装検査ということは、多分、生徒指導の佐々木先生だろう。気づかなかった。服装検査で怒鳴りながら社会の窓が開いていたのか……ダメだ想像しただけで笑ってしまう。
となると、お手本で呼ばれた優秀な生徒というのは、吉田さんか。そうか吉田さん、目が死んでるように見えたけど、色々こらえていたんだな……。
誰の持ち主かわかったので、俺は日記帳を彼女の机に入れておいた。
■
翌日。俺は、あの日記帳の持ち主である吉田さんを視線で追いかける。
吉田ミチさんは、教室の後ろ、窓際の席、そして俺の隣に座る生徒だ。あまり他の女子とは絡まないイメージが強い。孤立しているのだろうか? と思ったら、
「教科書忘れたー! ミッチー貸してー!」
隣のクラスの白馬さんが、吉田さん目掛けて駆け込んできた。白馬さんは演劇部の花形で、その役割と人気ぶりから、「王子」と言われている。女子だけど。
そう言えば、白馬さんは何度か吉田さんの元に来ていた。白馬さんと吉田さんはかなり親しいらしい。こう言っちゃなんだけど、意外だ。
「いいけど、科目なに?」
「生物基礎!」
「あ、ダメだ。ない」
ミッチーと呼ばれた吉田さんは、机の中身を見てそう言った。え、今日生物基礎の授業あったよな?
「私も忘れた」
「え、大丈夫? 私が言うのもなんだけど」
困った顔をする吉田さんに、思わず声をかける。
「あの、俺、見せようか? 隣だし」
そう言うと、白馬さんと吉田さんがこちらを見て、目を瞬かせた。
「ありがとう、宮島くん。どうしようか本気で悩んだ」
授業が終わって、そう吉田さんが言った。
吉田さんはまじめに授業を聞き、まじめにお礼を言った。まさしく優等生そのものだった。あの日記みたいな彼女は見られないかな、と残念に思った矢先、あの、と吉田さんが言った。
「もしかして、見た?」
「え⁉」
うっかり反応してしまった。
ぽかんと吉田さんが口を開けて、すぐに口元を押さえて言う。
「宮島くん、嘘がつけないんだね」
どうやら彼女は笑っているようだった。
「宮島くん、いつもは全然こっちを見る気配ないのに、今日はずっとこっち見てるし」
マジか。
盗み見しているつもりで、視線がバレていたのか。
「ごめん……見ました」
両手を合わせて謝る。しかし、吉田さんは楽しそうに言った。
「多分、私が落としたのを拾ってくれたんじゃない? 机の上じゃなくて中に入れてくれたところを見ると、落として人に見られた事実を気づかせないようにしてくれたみたいだけど」
「は、はは……バレてるけどね……」
「私、机の中にはいれないんだ。鞄から直接取り出してる」
なるほど。
「でも、そんなに興味惹かれること書いたかな、私」
「いや……佐々木先生の……」
その言葉に、「あっ」と吉田さんは声を上げた。
■
「腹立たしかったんだよ」
金平ごぼうを箸で掴みながら、吉田さんは言った。
「人の服装をとやかく言うのも、それを人前で怒鳴り散らすのも、『社会で失敗しないように、お前たちのためだー』なんて言ってるけど、でも自分の社会の窓は開いているんだよ。学校なんて鎖国みたいなものなのに。そこ、勝手に開国するなっての」
「ぶっは」
危うく口に入れたパンを出すところだった。
「そーゆー不満をね、溜め込む前に書いたんだ、あれ。忘れて。人の失敗をいつまでもあげつらったり笑ったりするの、よくないし」
「吉田さんでも、先生に不満とかあるんだね……」
「私は基本、先生も学校も校則も大っ嫌いだよ。制服は不潔だし」
毎日洗えないとかサイアク、と付け加えて、「軽蔑した?」と尋ねる。
「いや。すごく面白い」
「ええー……コウと同じこと言ってる……」
コウ、とは白馬さんのことだろう。二人が仲良いの意外と思ったけど訂正。類は友を呼ぶんだな。白馬さんも十分面白いし。
「それでも守るんだ。校則」
「ケチつけられるのって嫌じゃない? 褒められるのもクソ、あ、嫌だけど」
こうして俺は、割と口の悪い吉田さんと友達になったのだった。
【KAC202211】優等生日記 肥前ロンズ @misora2222
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます