きょうを読むひと ~三の月と二十九日目~

夢月七海

三の月と二十九日目


 妃 コネウ・エスカタガス


 私は今日、約一年ぶりに城下町に帰ってきた。

 これまでずっと、北の地方で起きた人狼病の対処に大変だった。感染の原因の追求と予防、人狼になってしまった人々への救済処置と法の整備が長引いて、私自身、王族に嫁いでから一番城下町を離れた期間となった。


 正直に言うと、人狼病に関する全てが片付いたとは思えない。治療法は確定されたが、それ以前に発症し、三カ月以上経ってしまった人は、人狼化が残ってしまっている。彼らに関する差別や偏見とも戦わなければならない。

 その前に、私は帰省した。城下町から、病気と人狼についての正しい知識を広めていきたいと思ったからだった。


 早速、研究者や医師たちと人狼病の論文執筆に取り掛かろうとしたのだが、帰ってきたばかりの今日一日は、十分に休んでほしいと申し出された。私は、一度走り出したら中々止まれない性格なので、この言葉はありがたかった。

 どちらも忙しいはずなのに、夫のウェリアムと娘のノシェも時間を作って会いに来てくれた。この一年、伝達水晶で何度も目を合わせて話してきたけれど、直接抱きしめた時の温もりには敵わない。


 しばらくの談笑した後、夕食の時間になった。家族三人での食事は、本当に久しぶりで、目の前にノシェが、左手側にウェリアムが座っているのが見えるだけでも、胸がいっぱいになる。

 メニューは、大陸の南の方にある国の料理で、羊の肉の丸焼きをスライスしたものだった。羊肉は癖があるけれど、たっぷりのスパイスのお陰で、おいしくいただくことが出来た。


 ただ、ノシェの元気がなくなっているのが気になった。話題が、十一の月の秋祭りについてからだったと思う。

 就寝前に、私の部屋にノシェを呼んで、理由を聞いてみた。すると、彼女は自分の記憶に欠けがあると、信じられないことを口にした。


 生まれる前に「決して満足することはなく貪欲に求め続ける」という呪いをかけられてしまったノシェは、生まれてからこれまで、ずっと知識を吸収し続けてきた。彼女の頭は見聞きしたことを全て覚えているはずなのに、こんな事案は初めてだった。

 どうやら、ノシェは十一の月にこの町に滞在していた、二人の旅人のことが、全く思い出せないらしい。住民たちの日記から、その足跡を辿ろうとしたが、その内容も「誰かがいたが、その名前や容姿などが記載されていない」という奇妙な状態になっていた。


 「怖い」と、ノシェは口にした。顔が青褪めている。自身が体験したことのない出来事に、酷く怯えているのが十分伝わった。

 私にも、このことの解決方法を知らない。ただ、未知を恐れることはないのだと、彼女に伝えた。


 知らないものに向き合うということは、私達に勇気をくれる。そして、私達を成長させてくれる。人狼病も含めて、国の様々な危機に立ち向かってきたからこそ、言いきれることだった。

 ノシェは、大人びていても、まだ十八歳だ。知らないもの、恐ろしいものと、これからたくさん向き合っていくのだろう。


 だけど、それに立ち向かえる知恵と勇気を、私の娘は持っていると信じている。


 ノシェ。

 あなたなら大丈夫。でも、無茶はしないで、困った時は遠慮なく、私達に頼ってね。


                 おわり






   ***






 メモ


 私の母は、生まれは貴族でも何でもない、魔法の研究者だった。そんな母が、王位継承者の父と結ばれるまでは紆余曲折があったのだけど、それは置いといて、城の中でじっとできずに、今でもあちこちに飛び回って、魔法の研究を重ねている。

 父に横恋慕した魔術師によって、当時お腹の中にいた私が呪いをかけられた時も、誰のことも責めなかった。そして、生まれてきた私には、定められた運命に対して、どう向き合うのかを、じっくりと教えてくれたから、私はあるがまま、呪いを負担に思うことなく生きている。


 そんな母は、一年前に突如起こった人狼に変化してしまう病についても、すぐに現地に行って研究を重ね、有識者と共に感染予防策と治療法を三カ月で見つけた。だけど、それでも安心せずに、その後の対処に忙しく、日記に書いてあった通り、帰ってくるのが遅くなってしまった。

 父が日記を初めて書いてくれたのは、昨年の十一の月の最後の日だったけれど、母は、城下町にいる時は必ず書いていた。ただ、それはいつも他の日記に紛れてしまっているので、今日の日記も、日付が変わってから気が付いた。


 私が、思い出せない記憶があるという、ありえない事態に陥り、困っていた時に、母は、上にあった言葉通りに励ましてくれた。これで私は、自分の記憶の欠けを、埋める決心がついた。

 二人の旅人について、私は全く思い出せないけれど、とても大切だと感じた人たちで、この先の旅路に幸福あれと、祈ったような気がする。そんな相手のことを、私は知りたいと思った。――本当は、すごく怖いけれど。


 記憶を取り戻せる方法については、もう見当が付いている。人目を盗んで準備もして、後は実践するだけ……明日か明後日にはできるだろう。

 母は無茶をしないでと言っていたけれど、多分、これから私がやろうとしていることは、無茶の範囲に入ると思う。だけど、誰にも言わずに決行するつもりだ。


 未知は恐ろしい――でも、その暗闇の先にある光を、私は信じる。


                 ノシェ































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