うっかり読んだ日記がとんでもなくヤンデレな件について

相葉ミト

第1話

「……なんだこれ?」


 夕日が差し込む、俺1人きりの教室。

 俺が自分の机の中から教科書やノートを取り出し、持ち帰ろうとしていた時──ピンクの、見慣れないノートが入っていた。


 その表紙には、こう書いてあった。


亜矢人あやと君観察日記』


 俺の名前だ。なんで観察されてるんだ。

 ノートの表紙も、裏表紙にも、ノートの持ち主の名前はない。


「申し訳ないけど、持ち主特定の為に中を読ませてもらいます!」


 虚無に向かって謝罪しながらノートを開く俺は、どう考えてもイタいけど、多分これが人間として誠実な行動だ、と自分に言い聞かせながら、俺はページをめくった。



4月1日

 高校に入学したのをきっかけに、日記をつけてみることにしました。

 今日は入学式がありました。

 というか言いたいこと全部インスタに投稿したから書くことない!

 『アンネの日記』では架空の友達『キティ』に対するメッセージとしてアンネは日記を書いてたの、正直言ってダサいと思ってたけど、誰かに読んでもらうって考えないと確かに日記って書きづらい。でも架空の友達に向けて書くのもやっぱりダサいから、インスタに書けないけど書きたいことあったら書くことにする。

 せっかくの日記帳だから、素敵な名前を思いついたら表紙に名前を書くことにしよう。今日はパス。


「……いや、俺観察日記のどこが素敵な名前よ?」


 口に出して突っ込んでしまった。

 内容と丸っこい字体、表紙がピンクということからして、この日記を書いたのは女子だ。

 日記の持ち主は毎日日記をつけていたわけではなく、一週間何も書かないかと思いきや、「化粧水 買う 忘れない」とだけメモしてある時もあった。


「でも、持ち主の名前が出てこねぇ! 名前書いてくれよ……」


 ただ、女子の日常というのはなかなか面白くて──名前が見つかるまで、と自分に言い訳しながら、俺は日記をめくり続けるのだった。



 ありがとう、傘を貸してくれて


 だから、よれたページに殴り書きされた文字列を、読んでしまった俺は悪くない。


 傘を貸してくれていたから、不審者に襲われそうになった時、傘で反撃して逃げられたし、騒ぎを聞きつけたパトカーに不審者を捕まえてもらえた


 ページは、まるで濡れたまま日記を書いたかのようにでこぼこだ。


 傘がないから帰りたくないって亜矢人あやと君には言ったけど、ストーカーしてきた上に痴漢されるのが続いてて、学校から出たくなかった

 傘だけじゃなくて、きっと勇気ももらえたんだ

 傘は折ってしまった→新品買わなきゃ

 亜矢人あやと君にお礼しなきゃ

 でもあまり話したこともないし、亜矢人あやと君の好きなものも知らないからどうしよう


 ──この日記を、今日から亜矢人あやと君観察日記にしよう


 傘、といえば思い当たるものがあった。

 4月末の大雨のとき、ぼんやりと靴箱の前に立っていた女子。

 傘がないから帰りたくない、と言っていたから、俺はビニール傘を彼女に貸して、置き傘の折りたたみ傘で家に帰った──ところまでは思い出せた。


「顔は思い出せるのに! 名前が出てこねぇ!」


 今は高校一年の5月で、周りはほぼ初対面。

 そんな状態で、あいさつする程度の女子の顔と名前がすぐ一致するか?


「名前がわかればそっと机に入れて帰るよ……でも黒髪ロングで、朝ドラの主演女優似の二重の黒目ってとこまでしか出てこない!」


 口に出したら名前を思い出すかと思ったが、日記の持ち主がかわいい顔をしていることが分かっただけだった。

 手がかりを求めて、俺はページをめくり続ける。


 今日は亜矢人あやと君と目が合った 笑いかけてくれた

 私にだけ笑いかけてくれたらいいのに


 今日は亜矢人あやと君と話せた

 でも笹々紀ささきと話すときの方が亜矢人あやと君が楽しそうだった 裏で悪口ばかり言うあの女の方がいいの? 亜矢人あやと


 ページをめくるたび、段々と内容が過激になっている。


「こわ……誰……」


 恐怖に俺の手が震え、バラバラっとページがめくれた。

 内容が、俺の視界に飛び込む。


 亜矢人あやと君を見れば見るほど魅力的に思えて、誰かに取られそうな気がしてくる。

 亜矢人あやと君は唐揚げが好き。数学が嫌い。体育はそこそこ。実は授業中こっそりスマホでゲームしてる。私が高校に入ってからの亜矢人あやと君を一番知ってる。でもこれだけじゃ足りない。亜矢人あやと君の全部を私だけにして亜矢人あやと君を私がいなければ生きていけない身体にして亜矢人あやと君に尽くして尽くして私以外何もいらないよって言ってもらわないと足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない


 内容の異様さに、俺は日記を反射的に取り落とした。


 バサリ、と音を立てて日記が落ちると同時に、ガラリと音を立てて、教室の扉が開いた。


亜矢人あやと君?」


 教室に入ってきたのは、絹糸のような長い黒髪で、朝ドラの女優顔負けのぱっちりした二重まぶたの美少女──琴葉ことのは文華ふみかだった。


「もしかして……この日記……琴葉ことのはさんの……ですか?」


 日記を落としたまま、俺は琴葉ことのはに聞いた。

 俺は、前に琴葉ことのはにビニール傘を貸したことがある。


「ひとの日記を勝手に読むなんて、悪い子だね、亜矢人あやと君」


 琴葉ことのはは、俺に近づいて──。


琴葉ことのはさん、顔近すぎませんか──んぐっ?!」


 柔らかいものが俺の唇に触れたと思ったら、ふいっ、と離れた。


亜矢人あやと君、これ、私のファーストキスだから」


 琴葉ことのはは、頬を染めながら、恍惚とした表情を浮かべていて。


「私の気持ちを読んだ上に、私のファーストキスも持っていった亜矢人あやと君には──責任、取ってもらうからね?」

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うっかり読んだ日記がとんでもなくヤンデレな件について 相葉ミト @aonekoumiha

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